51.インチキ占い師の怪しい薬 ③
「あれ、もう効果が出ているんじゃねえの?」
目を細め、声を弾ませるミック。サムはお酒を飲んだ訳でもないのに顔を赤くしています。不安になった桃は彼の元へ駆け寄りました。
「悪い物ですか?」
「そうだな。そんなことより、あんたは平気?」
「え?」
「痛いとか、変だなってとかない? 飲んでおけよ、お茶」
といってサムは店主にお茶を二杯頼みました。店主がすぐに持って来てくれます。
「あ、ありがとうございます」
「具合が悪かったらすぐに言え。俺を狙っただけだとは思うけど」
「は、はい……」
いつもと全く違う彼の態度に桃は戸惑うばかり。
「変な物を持って来ては知り合いに試そうとする趣味の悪いやつなんだ。いつも仕事ほっぽり出しているく
せに、こういう時だけ居やがる」
「そりゃあ、店員だし。仕事しないと怒られるし」
「仕事中なら変な物入れて遊ぶなよ」
「だって、お客さんまだ少ないもん」
「つまり、今は暇だって言いたいんだな」
「まあね」
「なら一杯飲む位の時間はあるよな。飲めよ、責任取ってお前も飲んでみろよ」
サムはミックの口元にカップを押しつけます。サムは随分と気が動転している様子。やはり飲みたく無い何かが入っていたのでしょう、ミックはどうにかカップを遠ざけながら小声で諭しはじめました。
「良いのか、俺にそれを飲ませると何の薬かうっかり話しちゃうかもよ。知らないでいてもらった方が傷は浅く済むはずだ。だから離して」
「ふうん。……で、結局中身は何なんだ。判断はそれからだろ」
「えーしょうがないなあ」
拒めば押し問答が続くだけだと悟ったのか、ミックはサムに耳打ちします。聞かされた方は眉を潜めました。カップをカウンターの空いている席に置き、ミックの体を抑えていた手を離します。ミックは解放されてホッと胸をなで下ろしていました。
「趣味が悪い。で、解毒できるのとか持って無いわけ」
「無いよ。そんな都合良くあるわけないじゃん」
「ふざけるな」
「まあ、きっと一晩寝れば元通りになるって。大丈夫、大丈夫」
「はあ、こんなのが出回ってるって本当にろくでもない街だよな」
サムがため息をつきます。
「ま、そういう所だからね。ここは」
「買っていくお前が一番おかしい」
「そりゃどうも」
声を潜めていたせいか、
「お酒もう一杯下さいな!」
「リンゴ酒を二人分、あとミートパイも」
と叫ぶ声が響き渡っていた為なのか、二人のやりとりが桃の耳に届くことはありませんでした。
「ほらミック、これ運んできて」
店長になみなみと注がれたお酒を押しつけられた彼は、片手でカップを二つ持ち、もう片方の手にお皿を乗せて器用に運んでいきました。サムと桃が席に戻ると、グレアムが心配そうに顔を覗かせます。
「具合はどう? なんか危険なものが入っていたって聞こえたけど……気がつかなくてごめんね」
「そんなヤバい物じゃないから。気にしなくていい」
「でも、変です」
「どんなところが?」
「えーっと……」
グレアムの問いかけにどう答えようか頭を巡らせていると、女の人の声が再び聞こえてきました。かなり大きな声です。
「最近イイ男に巡り会えないのよ、どいつもこいつも貧相なの。ひ、ん、そ、う。この私に言い寄るつもり
ならもっと筋肉をつけるべきだと思いませんこと? せめて腹筋をバキバキに割って、肩幅をもっと広くしてから出直してきなさいっての!」
「まあ、筋肉質な人って、格好いいわよね。細身の王子様タイプもそれはそれでアナタに似合うと思うわ
よ」
女の人は店主さんと話をしています。
「……じゃない?」
グレアムが桃に話しかけてきましたが、叫び声にかき消されて聞きとれません。
「今、何て」
「後ろを見てごらん」
グレアムの言うとおり声のする方を見てみると、カウンターに波打った金色の髪をした女性と、革の鎧を身につけた男が並んで座っていました。紛れもなく、フランとスミスです。二人とも酔っているのかほんのりと顔を赤らめて、普段より饒舌になっています。
「片腕で私を持ち上げられないような軟弱な男と寝て何が楽しいものですか。どうせなら美女と野獣の美女でありたくてよ」
「やだ~ワイルド~。素敵だわ~。それなら隣の彼なんか結構いい線言ってるんじゃ無いの?」
「辞めて下さい。ご主人様の娘に手を出すなんて、冗談じゃありませんよ。それに、幼い頃から拝見しているので、あまり女性として見ることができないというか、妹みたいな感じですね。強いて申し上げるなら」
「私だって貴方となんか願い下げよ。なにより筋肉が足りないわ。もっと胸板が厚くて、腹筋が綺麗に六つ
割れている人がいいの」
「そこですか」
「勿論」
会話が盛り上がっていく三人の側には真っ青になったミックが。彼はサムの元へ走ってきます。額に冷や汗を滲ませていました。
「ねえ、どうしよう」
「何が」
「お姉さん達が飲んでいるお酒にも入っちゃったかもしんない……」
一瞬四人の間に沈黙が訪れます。
「それって、サム君が飲んじゃったって言うよく分からない薬」
頷くミック。フランは街の偉い人の娘。そのことが街の人に知れ渡ったら大変なことになることは想像に難くありません。
「死刑だな」
「えー。俺やだよお。まだ死にたくない。母ちゃん残してなんて行けないし、俺、これが終わったら結婚する予定だったんだ」
そう話すミックの目には涙が浮かんでいます。
「まだする気無いくせに」
バッサリと切って捨てるサム。
(サムさんは大丈夫って話していましたし、ミックさんも悪気があった訳ではなさそうですが。もし危ない薬だったら早く店長さんやフランさん達に知らせてお医者さんを呼ばないと)
「あの、入れた物、何ですか?」
「そうだよ。まずはそれを教えてくれないと」
桃とグレアムが尋ねます。正体が分からなければ対処のしようがありません。
「それは――」
答えようとするミックの口をすかさずサムが塞ぎます。
「サムさん!」
「君、フランやミック君が大変なことになるかもしれないのに」
「別に入れたことを黙っていればいいだけだろ。幸いあっちはあっちで盛り上がっていて俺たちの話は聞こ
えてないみたいだ」
「けど」
言いかけるグレアムを遮ってサムは言い放ちます。
「それに、薬の正体知られる位なら、ミックが死のうがあの女が倒れようが関係ないね」
「そこまでして言わせたくない理由があるの?」
グレアムが尋ねます。桃もそれを知りたいと思っていました。困っている友達を差し置いてでも言えない理由が桃にはどうしても見当たりません。
「そりゃあ、恥ずかしいからに決まってるだろ!」
「ええ……」
桃とグレアムは、呆れてこれ以上何も言えなくなってしまいました。
「あら、貴方達もいらしたの。声を掛けて下されば良かったのに」
間の悪いところに、フランとスミスが桃たちの席へ向かってきます。ミックは逃げるようにカウンターへ戻っていき、桃たちも慌てて椅子に座り直しました。




