表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/208

48.魔女の部屋お片付け作戦 最終話

前回のあらすじ:サラマンダーが出たよ。両生類の方じゃないよ。

 魔物が口をつぐみ、熱風が止みました。フクロウが部屋に入ってきて魔物の鼻面に蹴りを入れたのです。そのことに桃が気づいた頃には、もう杖を携えたリンが目の前に立っていました。


 床にある本が開いていて、大きな円が浮かび上がり、魔物が尻尾からそれに吸い込まれていきます。杖の先で魔物の顔をぐいぐいと本の中に押し込んでいました。


 魔物は顔を振りながらもがいていましたが、吸い込まれる勢いには勝てなかったのか、ついに姿を消してしまいました。段々光の円が小さくなり消えていきます。あれほど熱かったのに壁にも床にも煤の跡は無く、本だけが残っていました。リンがそれを拾って閉じると、紐で二重に巻いて縛ります。


 すぐさま桃の所に駆け寄ってきて頬に手を当てて顔を覗き込んできました。


「…………良かった」


 リンは近くに止まっていたフクロウに一言話しかけると、桶を持って部屋を出て行きました。戻って来た彼女は汲んできた水で桃の体を冷やし、あたふたしながら棚にしまった鍋を探し出してお湯を沸かし始めます。


 それを待つ間、片付けた棚の中をあさり、火傷に効くのであろう薬を塗ってくれました。見たことのない葉っぱを煮出したお湯を飲んでいると、喉の痛みが引いてきて、声が出るようになってきます。


「リンちゃん、さん。ありがとう」


「……ごめんなさい」


「ううん。私が悪いんです。触ったから」


「違うよ」


「あれは何だったのでしょうか?」


 苦いお湯を飲み下しながら尋ねます。あの恐ろしい姿を思い出すだけで身震いがしてきました。


「サラマンダー。えっと、火の精霊。が閉じ込めてあって……そもそもあいつがこんなの置いておくから悪いんだ」


 途中から早口になりながら、机の上に置いてあった例の本をひっつかみ、桶に残っていた水の中へ沈めてしまいます。


「え、良いんですか?」


「どうせ乾く。これくらいはしておかないと」


「は、はあ。ところで、どなたかと一緒に住んでいるんですか?」


「昔は、住んでた……り、住んでなかったりした。禄でもない奴だよ。こんな本、他にもあるんだ。何が起きるか分かんないから不用意に動かせない」


「でも、いつもは何もないのでしょう?」


「うん……それは、その……」


(なんで襲ってきたんやろ。うちがリンちゃんみたいに魔法を使えないこと分かってたんかな? 不思議やなあ。そうだ、不思議といえば)


 桃が辺りを見渡すと先ほどまでいたはずのフクロウが見当たりません。


「あれ? フクロウさんは?」


「ああ。アレは気にしなくて……」


 何か言いかけたところで、リンが机に突っ伏してしまいます。


「リンちゃん……さん? 大丈夫ですか?」


 背中を揺するとむくりと頭を起こします。


『全く。雑な紹介の仕方は辞めていただきたいものだね』


 一段と低い声といい、流暢な話し方といい、そして何より話している言葉が桃の故郷の言葉になっているところといい、明らかに様子がおかしくなっています。


(リンちゃんがこっちの言葉で話せる訳がないのに。まるで別人やん。どうなっとるん?)


「リンちゃんだけど、りんちゃんやないってこと?」


『まあ、そうだな』


「え、なんでこっちの言葉で話せるん?」


『別に君の国の言葉で話しているつもりはないさ。私はこの体で話せる範囲で話すし、君は君の聞きたいように聞いているだけ』


「あ、あの誰、じゃなくてどちら様でしょうか?」


『まずは君から名乗ったらどうだい?』


「は、はい。私は椙北桃といいます。よろしくお願いします!」


 混乱している桃は居住まいを正して頭を下げました。すると彼女は


『ふふ、あはははは。本当に名乗るのか』


 お腹を抱えて笑いだしたのです。こんな意地の悪い笑い方をするリンは初めて。やはり違う何かに乗っ取られているかのようです。


(自分が名前を聞いてきたくせに)


 ムッとしている桃に顔をぐっと近づけてきます。


『この街の人達があだ名で呼び合っている理由を知っているかい? 例えばこの女の名前がリンだけではないことは想像がつくだろう? 実際に本名はもっと長い』


「はあ。呼びにくいからですか?」


(確かに言われてみればサムさんやフランさんやリンちゃんにだって名字があるはずなのに、聞いたこと無かった。そういえばグレアムさんのお父さんは名字で呼ばれていたことがあったような。何やったっけ)


『言った通り利便性の問題もあるだろう。けれど一番の理由は呪い除けの為さ。本名を魔女や魔物の類いに知られると一気に掛かりやすくなる。大体の魔女は名前を媒介にして呪いを掛けるからね』


「へえ。そうやったんや」


 思わず素直に納得しかけてしまいます。リンの体を借りた何かが桃の耳元で囁きかけてきました。


『今日は特別に聞かなかったことにしてやってもいい。できるだけ本名は名乗らないことをおすすめするよ。とくに私のような悪魔と呼ばれる者の前ではね』


 ニタリと口角を上げる表情が不気味でありながらどこか妖艶さを帯びています。


「あくま? 貴方は悪い人なんですか?」


『さあ。人間は勝手だからね。自分達にとって都合が良いときは神様の使いである天使と呼ぶし、都合が悪くなれば悪魔と呼ぶ。そんなものだろう?』


(また難しいこと言う。そもそもリンちゃんの体を乗っ取っているんだから良い人な訳ないやん)


 なんだかはぐらかされているみたいで、気分がよくありません。そもそも何故わざわざリンの体を乗っ取る必要があったのでしょうか? そしてリンの意識はどこにあるのでしょう。このままの状態が続いたら彼女はどうなってしまうのか、不安がこみ上げてきました。


「あの、リンちゃんは無事なんですか?」


 桃は問い詰めるような口調で尋ねます。


『私が離れれば元に戻るさ。長いこと居続けたらどうなるか分からないけどね』


「ならさっさと出て行って下さいよ」


『つれないな。折角はじめましての挨拶をしようと思ったのに。フクロウ姿のまま話しかけたら気味が悪かろうと気を遣ったのだから感謝しても良いくらいではないか?』


(すでに狐さんとお話してまったし。もうフクロウさんがしゃべりだしてもそこまで驚かへんよ。ってあれ?)


「貴方、いつもリンちゃんのところにいるフクロウさんだったんですか?」


『そうとも。ようやく気づいたのかい?』


 桃は開いた口が塞がりません。


「言ってくれな分からへんよ。なんで悪い悪魔がリンちゃんの側にいるん? なんか悪さしに来たん?」


 悪魔は口元に袖を当ててクスクスと笑い声を立てました。


『だとしたらどうするのかい? 火の精霊一つ追い払えなかった君が。私に勝てるとでも?』


 桃は返す言葉がありませんでした。裾を握りしめる手が白くなっています。先ほどからずっとからかわれているというのに、リンを助けることも言い返すこともできません。


『まあ、生憎君の言う悪さをするつもりは当分ないね。ここにいるのも単なる契約。彼女の魔力を頂く代わりに何かと手助けをする、というね』


「だったら、部屋の掃除くらい助けてあげたら良いんやない?」


 今度はリンの姿をした悪魔が黙る番でした。机に肘をついて髪をかき上げると大きなため息をつきます。


『――この部屋の物があるべき所にあった試しがない。部屋の掃除と言ったって綺麗な状態を知らなきゃ物を動かしようがないだろう?…………おかげでこれからはもう少しマシになりそうだ。もうあんな埃っぽいのは懲り懲りだからね』


 そのままリンは力が抜けたかのように床に寝転がってしまいました。桃は頭を打たないように受け止め、引きずるようにしながら寝床へ運んでいきます。夕飯までまだ時間がありそうです。仕上げの床磨きをしながらリンが目を覚ますのを待っていました。


 夕暮れになって漸くリンが起き上がりました。桃は先ほど薬湯をつくってもらったときに沸かしてあったお湯を飲ませます。


「リンちゃん、大丈夫ですか?」


 寝ぼけている様子でしたが、ゆっくりと頷いています。


「あ、あのフクロウさんが……その」


 体が乗っ取られたことをこの国の言葉で説明することができずにいる桃を、彼女はぼーっと見つめていました。


「ごめんなさい……ストラスが……迷惑を」


(すとらす、はフクロウさんの名前かな)


 そんなことよりも、どこかたどたどしい話し方を聞いて、リンが無事だったことを確信します。桃は目尻に涙を浮かべながら。


「良かったあ」


 と彼女の手を握りしめたのでした。



   ***



 その夜、夕飯を食べながらサムに今日あったことを話していると眉根を寄せていました。


「あのさあ、なんでリンの家、行くの?」


 と尋ねられます。友達になりたかったという気持ちはあるのですが、どう説明したら良いか分からず首を傾げる桃。桃の周りにいる人は年上の人や、身分の違う人が多いように感じていました。自分と同じような場所に住む、同年代の女の子……それがリンだったのです。その間に彼は手早くご飯を食べ終えて、お皿を片付け始めます。そしてこう言い放ちました。


「はっきり言うけど、会うのは辞めた方がいいと思う。危険すぎる」


 確かに怖い思いを何度もしたのは本当のこと。彼の言うことは尤もです。


(だからっていきなり避けるようなことできへんよ。可哀想やん。あの子が学校にいた時、お友達はいたんやろうか。もしかしたら一人ぼっちやったのかも。相談相手が一人でもいたらもっと楽しくお勉強できたかもしれない。うちが話しかけなくなったらまた一人部屋に籠もってまったりせんやろうか。考えすぎなんかなあ)


 桃はどこかで会った時には話しかけるだろうな、という予感がしていました。一方でサムの忠告をありがたく思っていたのです。


「ありがとう。心配してくれたのですか? 私のこと」


「別に。俺に火の粉が飛ぶようなことはするなよってだけ」


(なんだ。気に掛けてくれたんかなって思ったのに)


 桃は肩を落として器に残っていたスープを飲み干したのでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ