47.魔女の部屋お片付け作戦 ②
前回のあらすじ:魔法使いの部屋の散らかり率は高いと思う。
次の日も夕方にリンの部屋へ赴き荷物の整理。数日後の休日にリンの部屋へ来た時には、いよいよ箪笥や棚の中にも手をつけることに。ぐちゃぐちゃになった服は綺麗に畳み直して下の服、上の服、肌着と分けて詰め直します。いつも来ているローブだけは壁に掛けておくことにしました。
棚には本と小さな壺がびっしり。壺には作り貯めた薬が入っているらしく、色々な匂いが混ざってツンと鼻を刺激します。貴重な薬を捨ててしまうのは勿体ないですが、中には古くなったものや、液体が垂れて容器や棚にこびりついているもの、腐りかけているのか変色したり異臭を放ったりしているものまであったのです。
棚を綺麗にするため古くなっているものやすぐに作れる薬は捨て、壺を洗います。特に希少価値の高い薬はしっかり栓をして埃を払いました。棚の汚れはタワシでこすったり小刀で削ったりして落とします。本来の木の色を取り戻したところに薬や香り袋、乾燥させた草木をまとめて置いてみました。うって変わって爽やかに。
こうして箪笥や棚を整頓していくうちに机の上に溜っていた「要るもの」が減っていきます。
「うん、綺麗です」
「おおー」
「次は台所ですよ」
桃が部屋の奥を見やると、竈を取り囲むようにお皿や調理道具が山積みに。桃は紐でたすき掛けをして邪魔な袖をまとめると、次々とお皿を洗っていきます。桃が1つ目の桶で汚れを落とし、リンが二つ目の桶ですすいだあと、綺麗な布の上に置いて乾かします。
食器に混ざって放置されていたパンや野菜を見つけると真っ先にまだ食べられるか判断、カビの生えたものは「要らないモノ」を入れる麻袋へ。外は段々肌寒くなってきているのに、汗ばんできます。
「休みますか?」
台所の片付けが終わると少し遅めの昼食を食べることに。台所を汚してしまうのが嫌だったのでサムの部屋へリンを連れて行きます。お湯を沸かしている間、外で弓の練習をして居るサムを呼びに行きましたが、既にご飯を食べていたみたいです。
「お茶はいかがですか? リンさんも一緒に。その、彼女の台所が使えなくて」
「あっそ。後で行くから、淹れておいて」
「冷めますよ?」
「別に良い」
と素っ気なく言われたので、リンと二人でチーズ入りの麦粥を口にしました。疲れた体にチーズの塩気が染み渡ります。一服したら再びリンの部屋へ。荷物とゴミで溢れていた部屋が漸く床の掃除ができるまでになりました。
二人は竈の灰を掻き出して袋にまとめ、箒で床を掃いていきます。一通り掃き終わり、ゴミが溜ったところでリンが袋の口を縛り外へ出ようとしました。家から少し歩いたところに、ゴミを集めておくところがあるのです。月に三、四回街のお役人が来て燃やしてくれるのだと桃は聞いていました。
「私が行きますよ」
リンは外へ出るのが嫌だろうと思った桃は袋に手を伸ばします。リンはかぶりを振りました。
「大丈夫……、これ以上は。なんか……申し訳ない」
「そんな、良いですよ」
「ううん。本当に……人、いない道だから。大丈夫」
そうして桃は一人リンの部屋に取り残されたのです。床拭きをしておこうと桶に水を張り、雑巾を数枚入れて、一枚固めに絞ります。先に棚を軽く拭いておこうと思い、背伸びをして丁度本が並べられている辺りに手を伸ばすと、一冊落としてしまいました。その場に屈んで手に取ります。
厚手の革でできた、燃えるように赤い表紙の本。ざらざらした模様が浮かび上がってきて、消えかかった金色の文字がその歴史を物語っていました。
(何の本なんだろう。気になるけど人のやし、とにかく戻さなきゃ)
すると閉じてあったはずの本がひとりでに開きます。パラパラと勝手にページがめくれていき、本全体がぼんやりと白い光に包まれました。赤い円の様な模様が浮かび上がります。ゆっくりと周りながら大きくなってきて――ぬらぬらとした巨大な頭、ぎょろりとした黒い目が現れました。
桃はとうに本を手放して棚の向かいにある寝床まで逃げ込んでいます。円は桃が手を広げた位の大きさまで膨れあがっていました。頭、体、そして短い手足と尻尾。黒っぽい皮膚は湿っているのに、炎のような光を纏っています。
(熱い!)
焼けるような痛みが肌を刺し、空気が揺れ、魔物の鼻の穴からは灰色がかった煙が漏れ出ていました。入り口まで走って行き、扉の取っ手を握りしめました。前後に動かしても開かず、目の前が真っ暗になります。
(え、なんで? どうして開かへんの? でも……逃げちゃうとアレが一人で部屋にいることになっちゃうし。だめ、熱い。とにかく開けなきゃ。外に出なきゃ……)
息を吸い込む度に熱気が喉を焼き、声を上げることもできません。小さな窓が目に飛び込んできます。ふらつきながら向かっていきますが、そこから出るには高すぎました。飛び跳ねてやっと下の枠に手が届くような所に取り付けてあったのです。
ただそこからは冷たい風が入ってきました。つま先立ちをしながら必死でその風に顔を当てようとします。巨大なトカゲのようなイモリのような姿をした魔物が、一歩一歩と近づき、口を開きました。喉の奥に溶かした鉄のような何かが煮えたぎっています。
熱風が彼女の髪からうなじにかけてにかかります。燃えるような痛み。魔物が今にも火を吐かんとする一方で、桃は頭の芯から冷えていく様な感覚を覚えました。
(私はもう、ここで焼かれるしかないんや。きっと)
桃はその場で正座をしました。何も手立てがないと悟った先にある諦めの境地に立っていたのです。苦しみに耐えながら、ただ終わりが来るのを指折り数えるような気持ちで座り続けています。家族、友達、同居人……色々な人の顔が瞼の裏に浮かびます。
(親より先に逝くなんて、本当に親不孝な娘やったなあ。ごめんなさい……)
乾いたはずの体から、一粒の涙がぽろり。
ガタガタと音を立てる扉。
桃の頭上を勢いよく通り過ぎていく影。
魔物が口をつぐみ、熱風が止みました。フクロウが部屋に入ってきて魔物の鼻面に蹴りを入れたのです。




