40.木イチゴ畑のふたり ②
前回のあらすじ:食べ物意外を渡す発想がない件
暫くその手つきを眺めていたところ、横を向いたリンが桃に気がついたのか、はねるように立ち上がり、一歩、二歩と後ずさります。
「ごめんなさい」
驚かせるつもりの無かった桃は畑から少し離れて頭を下げます。リンは桃の様子を伺いながらといった感じで少しずつ元いた場所に戻り、収穫作業を再開しました。
(折角会えたからもっとお話したいけど、何て声を掛けたらええんやろ)
話しかけられることも無かったので、小さく肩を落とす桃。畑の前に座り込み、リンの様子を眺めています。目の前には根元まで赤く染まった実。段々こうしているのもいたたまれなくなってきて、手近にあった実をもぎ取り、置いてあった籠に入れてしまいました。勝手なことだというのは分かっていたのですが。
(いっそのことはっきり言ってしまった方がええんかなあ)
「私、手伝いたいです」
思いきってそう伝えてみると、リンは体を縮め、首をブンブンと振りました。
「あ、いやー。その…………申し分けない」
拒絶しているというよりは、恐縮している様な雰囲気にも思えましたが、内心迷惑だったのかもしれません。桃はすぐに立ち上がり、畑から距離を取ろうとします。
「あ、あの」
すると、少し大きな声を出したリンに呼び止められました。木イチゴの入った籠を持ち上げ、桃に差し出してきます。
「……食べる?」
「え?」
(これ食べたいから近づいてきたと思わせてしまったんやろか。悪いことしてまったなあ)
咄嗟に首を振りかけましたが、黒い服を着た少女は籠を差し出したり引っ込めたり。真顔で口をつぐんだままですが、その仕草は戸惑っているように見えました。
(遠慮したら余計困らせてしまいそうな感じやなあ)
とぼんやり思った桃は、思い切って受け取ってみることにしました。
「ありがとう」
と笑みを浮かべて一つ艶やかな木イチゴを口に運びました。プチプチとした食感に、甘酸っぱい香りが広がります。果物を食べたのは久しぶりなので、一層甘く感じられました。
「ん~美味しいです!」
興奮気味に話す桃の声を聞いたリンは、首を振りながらうつむきます。また耳の辺りが赤く染まっていました。恥ずかしいとそうなってしまうのでしょう。リンはそそくさと畑に戻ってしまいます。桃はこのまま部屋に戻ってしまおうかと思いましたが、貰ってばかりではどうも居心地が良くありません。
せめてお手伝いをしようと決めた桃は彼女の反対側に座り込み、真っ赤に熟れた木イチゴを摘んでは籠にいれていきます。リンは特に嫌がるそぶりをすることはなく、淡々と作業をしていました。
籠に半分くらい入った木の実。そのまま食べるには少し多いでしょう。
(どうするんやろう?)
聞きたかった桃は知っている言葉の中で何と言うか必死で考えます。口にしたのは
「何、作るのですか……?」
という言葉。リンは目を泳がせながら
「……ジャム」
と答えます。パン屋さんでみたことがあるような気がしますが、殆ど口にしたことのない食べ物です。そして、木イチゴからどんな風にジャムが出来上がるのか気になってきました。
「見たいです。ジャム」
桃は無意識の内にそう呟いていたのです。リンは籠を持って立ち上がり、階段に向かって歩きながら
「良い……けど……」
と囁きかけてきました。
「本当ですか!」
目を輝かせている桃に驚いたのか、首を縦に振ったり横にふったり不思議な動きをし始めるリン。階段の一段目に足を乗せたまま立ち尽くしてしまいました。
「ありがとうございます」
とすかさず頭を下げ、階段を上るように促します。そのままリンの後ろをついていきました。部屋の中は以前来た時と同じように薄暗く、鬱蒼としています。リンが慌てて床に落ちている衣類をベッドの上に放り投げ、他のものを端に寄せ、どうにか通り道を作ろうとしていました。ものを動かす度に埃が舞い上がります。くしゃみをしそうになりながら、
(普段はどうやって歩いてるんやろ……)
と、漠然と考えていました。桃も手伝いたい衝動に駆られましたが、結局、床に置かれ埃を被りそうになっていた木イチゴの籠を持ち上げただけ。人の物を勝手に触ってはいけないような気がしますし、何より一度手をつけ始めたらピカピカになるまで止まらなくなりそうでした。それくらい酷い有様だったのです。
奥で鍋を取り出しているリンの元へ木イチゴを運んで行きます。部屋の中は案外涼しく感じられました。鍋に移し替えるとリンが壺を取り出し、中に入っていた金色の蜂蜜をたっぷり入れます。大きな木のさじで木イチゴと蜂蜜を混ぜ合わせると、竈の上に鍋を置きました。
すると、ボワッと音を立てて火がひとりでに灯ったのです。何事かと思ってリンを凝視する桃。若干顔を背けた様にも見えますが、彼女は何食わぬ顔で鍋をかき回しています。その様子にも驚くあまり、桃は尋ねるタイミングさえ失ってしまいました。
水っぽくなったかと思いきや、徐々に木イチゴの形が崩れグツグツと煮たってきました。交代しながら灰汁を取り、混ぜていきます。
甘酸っぱい香りが辺りに漂ってきて、桃は一口舐めてみたい衝動に駆られます。きっとリンも同じ気持ちでいるだろうと思ったその時、ある考えが浮かびました。悩んでいたリンへのお礼が思い浮かんだのです。それは、ジャムに合うような食べ物。
(パンならすぐに持って来られそうやなあ。いくらあっても困らないやろうし。けど折角自分で買うんな
ら、サクサクしたお菓子とか、あのチーズ?って言うんかな? ちょっと乳臭いあの食べ物とかの方がええんかな?)
「Wee, scat riu senat tey hasclif ?(あの、好きな食べ物は何ですか?)」
木べらを動かしながら尋ねてみます。いっそのこと聞き出してしまった方が互いの為になると考えたのです。鍋の中身は少し粘りが出ていて、お店で見たジャムに近づいているようでした。
「Wee…….(えー)」
鍋を覗き込んでいたリンは、小さくそう呟いたきり黙り込んでしまいます。
(なんか言い間違いでもしてまったんやろか)
不安が募る中、聞こえるのは薪のはぜる音だけ。それが一層二人の間に流れる微妙な空気を浮き彫りにしていました。
リンが鍋に手を伸ばします。桃が木べらを渡して後ろに下がると、竈の上から鍋を引き上げました。水気が飛んでいて赤黒いジャムが出来上がっています。桃は今のうちに容器を出しておこうと辺りを見渡すと、外が暗くなっていることに気がつきました。そして、窓から吹き込む風に乗って
ボーン、ボーン、ボーーン
と鐘の音が聞こえてきました。思っていた以上に時間が経っていたのです。早く帰って寝ないとサムに怒られる上に明日起きられなくなってしまいます。
「あのー」
焦りを覚えた桃は申し訳なさげにリンの顔を伺います。振り返った彼女は窓を横目にこくりと頷きました。
「ごめんなさい、えっと、楽しかったです!」
何度も頭を下げると、必死で床に転がったものを避けながら小走りで家に帰りました。




