34.魔女の瞳 ①
前回のあらすじ:ドワーフの好物は光るもの
桃達が住んでいる建物の裏には小さな庭があります。そこには近所の人が共同で使う井戸や厠があり、よく人が集まって井戸端会議をしたり、木陰でのんびり休んだり、子ども達が追いかけっこで遊んだりしていました。
最近、その一角にいつのまにか小さな畑ができており、瑞々しい葉が揺れ、綺麗な花をさかせるようになっていました。庭の中でも桃達が住む建物のすぐ側です。
桃は井戸へ水を汲みに行くついでに、その畑を眺めるのが好きでした。雑草らしきものが生えているのを見つけて、つい抜いてしまったこともあります。広さも違えば植えてある植物も異なりますが、どことなく故郷の田畑を思い出されました。皆で稲を植えたり、稲刈りしたり、脱穀して散らばった籾をかき集めたりといった記憶や、新米で握ったおにぎりの味さえ蘇ってきます。畑の様子を伺っている間は懐かしさに浸ることができました。
桃とサムは畑を作っておらず、一階に住んでいるゲラーシムはあまりこういうことはしなさそうな印象。だからきっと二階に住んでいる人が育てているのではないかと桃は考えていました。桃はまだ二階の住人と会ったことがありません。扉が開いている所さえ、見たことがないのです。
綺麗なお花を育てているのはどんな人だろうかと想像しては、会ってみたいと常々思っていました。
そんなある日のこと。桃はいつも通りグレアムの家で作った夕飯のお裾分けを持って仕事から帰ってきました。すると玄関の前に籠が置いてあるのを見つけます。手紙も添えられていました。お届けものみたいです。荷物を置いたあとにそれを拾い上げます。
(きっとサムさん宛のやね)
であれば触らずにおくべきです。帰りを待っている間にスープに具を足しておくことにします。彼は今日、遅くなると話していたので、一層疲れて戻ってくるはずです。買い物に行ったばかりなので、食材にもまだ余裕があります。
(精をつけてもらえるように、お肉を多めにしようかな)
スープを温め直し、持ち帰ったニシンの煮付けとささやかな付け合わせの野菜を皿に取り分けました。ところが、段々籠が気になってきました。小さめにパンを切り分けている間にも、中身を見てみたいという欲求は膨れあがっていきます。
(ご飯は作っとかなあかん。集中、集中)
と自分に言い聞かせます。それでもちらちらと目の端に映る籠。にらめっこをしているうちにサムが帰ってきてしまいました。泥を落とすブラシを持って出迎えます。
汚れた上着を脱いで着替えが終わると、ようやく食事にありつけます。パンをスープにつけていると、サムが籠を指差して尋ねてきました。
「何これ」
「あそこにありました」
玄関の前に置かれていたことを、身を乗り出して伝えようとします。ふうん、という気のない返事が返ってきました。そして、布の上にあった手紙を拾い上げてまじまじと見つめながら一言。
「これ下の人のだ」
「げらーしむさん?」
「違う、一階下。ゲラーシムは二階下だろ」
と言って指を一本立てるサム。
(一階下……って会ったことのない人やん!)
心の中がざわめいてきます。誰かが間違えて桃達の家の前に置いてしまったのでしょう。早く荷物を届けなくてはいけません。この機会に会ってみたい、という気持ちはあります。
(けど、まだスラスラ話せないのに、ちゃんと荷物を渡せるんかなあ?)
そう考えると彼に任せた方がいいような気がしてきました。
「私が渡しますか?」
「うーん」
サムも魚の骨を取りながら考え込みはじめます。スープを飲みながらじっと答えを待つ桃。魚をあらかた食べ終わったところで、ようやく彼が口を開きます。
「俺、明日早い。モモ渡して」
言葉を区切りながらはっきりと話しているものの、どこか奥歯に物が挟まっているような口ぶりです。朝が早いのは桃も同じですが、違和感の理由を突き止められないまま大きく頷きました。明日、グレアムの家に行く前に届けよう。そう決めて寝床に入ります。
(どんな人なんやろうなあ。あれだけ綺麗な花を育てている人やもん、きっと良い人なんやろうなあ。そうだといいなあ)
いつもはすぐ寝つける桃ですが、今晩は妙にそわそわして寝返りを何度も打ってしまうのでした。




