31.甘いお店を探しに ②
前回のあらすじ:噂を頼りにお店を探すよ。
明くる日の早朝に二人は出発しました。近所の人はまだ寝ているのかあまり人が通っていません。一人二人、お爺さんやお婆さんが散歩している位です。たまに羽のついた首飾りを握りしめた人が真っ直ぐどこかへと向かっていました。
手がかりが無い中、二人はまずどちらに進むべきか悩みます。腕を組みながらサムが口を開きました。
「どうせ街の中だ。そんな遠くはないだろ普通。店一つ行くために街を出るか? 泊まったとは聞いてないし」
やはり彼の言っていることの半分以上が分かりません。
「えーっと」
「街の中だと思う」
戸惑っている桃を見かねたのか、簡単な言葉に言い直してくれました。今度は「街の中」という言葉がはっきりと聞こえました。確かに、お嬢さんが行って来られる場所と考えれば近くにあるはず。しかし、街の外に行く用事がすでにあり、その途中で見つけたという可能性もあると桃は考えました。
「理由がありました、かも……他に」
サムが首を傾げます。今回は流石に言葉が足りなかったようです。彼女は
「パン屋のお嬢さんが行く、街、外」
とあれこれ言葉を付け足してみました。すると「ああー」とサムが声を漏らしました。
「菓子屋に行くのが目的じゃなくて、出かけた先でたまたま見つけただけってこと?」
なんとなく言いたかったことを代弁してくれている感じがします。桃は何度も頷きました。
「なるほど。けど確か五日位前に行ったって話してたな」
と言って手の平を出しました。五という数字を指で示しているのです。
「あら。それなら私、会いました」
その日だったかは覚えていませんが、ここ最近は何度もパン屋のお嬢さんを見かけていました。桃は比較的早く仕事が終わるので、帰り道にパン屋に立ち寄ることもできるのです。するとお嬢さんは遠出をしていないことになります。
やはりお店は街の中にあるのだと予想して、二人はあちこち探し始めました。まだお店の開いていない広場の周囲を一軒一軒見て回ります。そうしていると、家の前を箒で掃いていた女の人に話しかけられました。爽やかな香りがその人から漂ってきました。香油を塗っているみたいです。
「あなたたち、どうしたの?」
「えっと、えっと、探しています、お店」
「行ったことのある人は、場所を教えてはいけないっていうお菓子屋があるそうなんですが、ご存じですか?」
サムさんがすらすらと事情を説明します。
「うん、聞いたことはあるね。よく知らないけれど。そんなのでお店やっていけるのか気になっていたのよ」
「さあ、どうでしょうね」
サムが肩をすくめます。女の人は箒で地面を掃く手を止めて、身を乗り出しました。
「で、まさか行くつもりなの? その店」
「この人が行きたいって言うから仕方無く。散歩のついでみたいなものです」
「若いのに散歩なんて渋いね。ま、頑張って」
二人の話は早口過ぎて聞き取れなかったものの、励まして貰ったような気がしたので、「ありがとうございます」と軽く頭を下げると、女の人も会釈で返してくれました。
サムは桃の袖を引っ張ります。次に行くという合図です。二人が歩き始めると、女の人が手を振りその姿を見送っていました。
広場を出て、建ち並ぶ家々の中に店が無いか確かめながら通りを歩きます。サムが一言呟きました。
「じゃあ、少なくとも娘さんの作り話ではないってことか」
(作ったお話って何のことやろ?)
一瞬疑問に思いましたが、今はお店を見つけ出すことに集中することにしました。太い道も、細い道も、賑やかな所も静かな所も、目を皿のようにしながら確かめてゆきます。
ある細い道を歩いていると、ひときわ暗くて狭そうな路地が横に伸びていることに気がつきました。こんな所でお店を開いてもお客さんが来なさそうな場所です。
とはいえ見逃してはいけないと桃が足を踏み入れた時、急に首元に襟が当たって苦しくなり、後ろの方へ引っ張られてしまいました。振り返ると、サムが後ろの襟をつかんでいます。
「やめとけよ。ほら、あれ」
彼が顎を向けた方には、なにやらうごめく人影が。暗くてはっきりとは見えませんが怪しい人達が集まっているみたいです。更に、空中で何かが揺れています。時々糸くずのようにひらひらしたものが日に当たって光りました。
「人狼がいるだろ? しっかり見てろよな」
(へえ、この街には狼男さん、あ、女の方もいるかもしれないので、狼人間さんでしょうか……? だからってそんな言い方せんでもええやん)
「私、見る」
「何を今更」
本当はちゃんと見えました、と伝えるつもりでしたが、言い方を間違えてしまったようです。
さて、動いていたのは人狼の尻尾でしょう。桃が故郷にいた頃は、獣の耳を持つ人ははぐれた子どもを連れ去ってしまうと聞かされたものでした。ここの人狼さんも同じようなことをするのだろうかと心配になります。そもそも人の姿をしているとはいえ、噛みつかないとも限りません。
「野良犬も怖いけど、狼ももっと――」
「だから言っただろ。ほら」
もう一度サムが袖を引っ張ります。桃だって危険なのは十分分かっていますが、なんだがこのまま通りすぎるのは惜しい気がしていました。
(こういうところにあるから、パン屋のお嬢さんはお店の場所を教えられんかったんかも)
と考えていたからです。
「お店、あるかもしれないです、ここ」
「ねえだろ、流石に。人狼のたまり場に開いたって潰されるだけ……。けどうん、まあ、一理あるかもな」
サムが何度か頷いています。桃の説得でもう少しこの道を調べる気になった様子です。人狼達はまだ二人に気づいてはいません。サムは道路を覗き込むようにして様子を伺っています。ここを通るには彼らを追い出す必要がありました。じっと相手が動くのを待っていたら、日が暮れてますます活気づいてしまいます。それにずっとここにいる二人組なんて、傍から見ても不自然です。
既に毛皮を首から提げて、派手な化粧をしている人が、此方を横目で見ています。視線に気づいた桃は段々恥ずかしくなってきました。その女の人に気がついたサムが呟きます。
「野良犬も怖い、か。ひとつ試してみるか」
そして小さく手を振ってその人に話しかけました。何かを頼んでいるみたいです。相手は首を傾げながら鞄から入れ物を取り出し、蓋をあけます。すると辺りに花の甘いにおいと、ツンと鼻の奥に刺さるような臭いが伝わって来ました。
サムは上着のポケットから取り出した布の切れ端に入れ物の中身、香油をつけました。入れ物を女の人に返し、軽く礼をして戻ってくると、すぐさま持っていた布を路地に投げ入れました。
彼は桃の袖をつかんで走り、近くにある別の道に逃げ込みます。すると香油の匂いに驚いた人狼達が路地
から逃げ出してしまいました。せわしない足音と、人々のどよめきが二人の耳にも入ってきます。騒ぎが落ち着くまでじっと隠れていました。
静かになったところで先ほどの道路に戻ってみると、もぬけの殻になっているではありませんか。まだ香油の臭いが漂っていたので、桃は思わず袖で鼻の辺りを覆いました。
(そっか、きっと狼人間さんも強い匂いが苦手なんやろうなあ。犬も狼も対して変わらないって、おっ父も言っとったし)
「やっぱり、奴らは鼻が効くからな」
サムが道端に落ちていた布を拾います。桃が一軒一軒立ち止まりながら狭い通りを歩きました。奥に周囲より一回り大きい家があり、そこで突き当たりになっています。暗く見つかりにくい袋小路になっている為に、人狼のたまり場になっていたのです。道の両側に建つ家は全て確かめましたが、店はなさそうでした。
(サムさんに余計なことをさせちゃったかも)
桃は気が重くなりながら来た道を戻ります。途中、暗い足下に、きらりと光るものがありました。つまみ上げ息を吹きかけると、白く、石のように固いものであることが分ります。
(こんなにも薄いのに。不思議やなあ)
形は丸く、表面が波打っています。僅かに路地へ差し込んでいる光にかざしてみると、紅、黄、緑、青、紫と虹のように色が変わっていきました。
「わあ、綺麗」
「sharec……!」
いつの間にかサムも覗き込んでいて、聞き慣れない言葉が彼の口からこぼれ落ちました。
「それは何ですか?」
「海に住んでいる動物の家みたいなもの、かな。身を守るために固いものの中に入っているらしい」
(うみ、固い、家……?)
桃はふと、固い殻を背負って進むカタツムリを思い出しました。面白がって触ると、ぐるぐる巻きの中に入ってしまう小さな生き物。あれと似たようなのが海にもいると彼は言うのです。
「うみ。ずっと西に行く、大きな水たまり?」
「そう。どっちかと言えば、陸が水に浮かんでいるんじゃないかと俺は思うけどな」
「見ました?」
「見たことある」
「すごいですね」
桃は山に囲まれた村で育ちました。もしかしたら小さい頃に幼なじみが教えてくれていたかもしれませんが、覚えていません。だから、ここに来て初めて海のことを知ったのです。
「見たい」
「あっそ。けど何でこんな所に……? ああ、塩だ」
「塩? あっ」
すぐ側にある家の窓辺に、塩の塊が三つ置いてありました。ほんのり赤みがかっていたり、青みがかっていたり、緑色だったり。普段は砕いて使っているので何とも思っていませんが、改めて見てみると宝石みたいです。
「ここで塩の裏取引をしているんだろうな。あの人狼が関わっているかは知らないけど」
「とりひき?」
「やったら駄目な売り買いってこと。塩は偉い人が良いよって言わないと売れないんだ。まあ何でもそうなんだけどさ。塩は特に厳しいらしい」
(今、駄目な売り買いって言っとった。この人いつもいつも、ぎりぎりまで値切って、すぐ安いお店を見つけてくるのに、お塩だけはいつも同じお店で買ってたもんなあ。お給料無くなるって文句は言っとったけど)
「塩を運んだ時に紛れ込んだのかもしれないな」
ここへ塩を運ぶことの是非はさておき、遠い海からはるばるやってきた。そこに浪漫を感じずにはいられません。
「……素敵です」
「そうか? ま、とにかく目的の店は無かったし、さっさと出ようぜ」
石のように固くてキラキラしたものを大切にしまった桃は、大きく頷きます。裏取引をしている場所だと知ったらますます怖くなってきました。
二人は小走りで路地を出て、人の波に乗りながら歩いていきます。日が高くなってくるにつれて、人通りが活発になります。周りが五月蠅くて歩きながら店を探すのが難しくなってきました。




