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21.病と出会い、そして夢を見る ③

前回のあらすじ:あてにならない地図×方向音痴=やばい

 雪でほとんど視界が閉ざされ、どこが道でどこが庭なのか見分けがつかなくなっています。地図には簡単な看板の絵が描かれていました。


しかし肝心のそれが雪で見えません。家の壊れ具合からロッジ地区を出ていないことだけは予測がつきました。


 このままでは家に帰ることすらできなくなってしまいそうです。サムは今どうしているのでしょうか……。


(こうしてうろうろしている間に、更に悪くなっとったら……)


『ねえ、アナタ薬を探しているの?』


 突如高い声が聞こえてきました。しかも聞こえるはずのない故郷の言葉で。近くに人は見当たりません。一体誰がどこにいるのでしょうか?


『ここよ、ここ』


「うわっ。え? え?」


 声がまた聞こえたと思ったら、真後ろに人が立っているではありませんか。桃よりずっと背が高く、温かそうな毛糸の帽子を被り、温かそうな毛皮の服を着た女の人です。


赤みがかった栗色の髪が肩あたりまで伸びていて、鼻筋は高く、少し緑っぽい色の目をしています。とても儚げな顔立ちです。先が雪に埋まっていますが、杖のようなものを持っていました。


(狐さん以外にも故郷の言葉が分かる人がいたんだ)


『アナタのフルサトの言葉なんか知らない。ただ、頭に直接話しかけているだけ』


(頭にちょくせつ?)


 訳が分かりません。彼女の頭にはハテナが浮かぶばかりです。


『アタシの口元を見てみたら?』


「あ、動いていないのです! どうやって話しているのですか?」


『だから頭に直接……もういいわ。アナタって鈍いのね』



「すみません」


『そんなことより、アナタ薬が欲しいんじゃないの?』


「あ、そうなんですよ」


(あれ、薬のことこの方に話したっけ? あれ?)


 彼女は大きくため息をつきました。


『ようやく気がついた? アナタの考えていること全部分かるの。ねえ、取引しようよ。アナタに風邪の薬をあげる。その代わり……』


「その代わり……? あ、この首飾りですか? 人からのもらい物なのですが、構いませんよ。足りなければここにお金も。今はこれくらいしか持っていませんが、えっと」


 と言って桃はいそいそと首飾りを外し、懐から銅貨でいっぱいになった革袋を取り出した。


『そんなのいらない。ただ、アタシについてきて欲しいだけ』


「え? うちに? なんでまた」


『アナタを探している人がいる』


「そんな方がいらっしゃるのですか? 私まだここに来て間もないので知り合いもそんなにいないのですが……」


(強いて言うなら、サムさんとか、グレアムさんとか、フランさんとかでしょうか?)


 しかし、フランなら自分で探しに来そうな気もします。しばしば桃の家に来ていたのですから。


『来る? 来ない? 風邪の人、助けたいんでしょ』


「あ、はい。勿論。行きます」


 すると彼女は桃の手首を強く握りしめ、どこかへと向かって進みます。少し歩くと賑やかな通りに出ました。妙に甘ったるい臭いが漂ってきて、騒がしい声が聞こえてきます。一見華やかに見える建物が密集していました。


色鮮やかで、とても寒そうな格好をした人が艶めかしい声で人を呼んでいます。目をぎらつかせた男の人も歩いていて、少し怖い雰囲気を漂わせていました。


 前から白い髪をしたおじさんが肩をいからせてこちらへやってきます。避ける気配はありません。よく見ると、以前お爺さんと的当てをして、サムのお酒を飲んでしまったおじさんでした。また顔を赤くして、少し酔っているみたいです。


(たしか、げらーしむさんってお名前だったはず。ここの人って時々難しい名前をしているし、名前かどうか分からない時もあるから大変)


「おい、姉ちゃん」


 女の人が立ち止まります。


「そうそうそこのカワイコちゃん。わるいが、お嬢ちゃんの手を離してくれねえかなあ」


「貴方たちが“保護”しているから? でもお断り」


 二人は、ピリピリした様子で話しています。女の人の声がはっきりと聞こえました。これまでより低く感じます。


「賢いねえ。ここらの人間じゃなさそうだが」


「アナタの考えていること、なんでもお見通し。取引に使いたいんでしょ。この子を」


「そうさ、上の考えはよくわからんが、お嬢ちゃんのことを知りたい奴はそこそこいるらしい」


「高く値をつけてくれる人待っててもさ」


 桃の眼下に銀色の刃が煌めきます。研ぎ済まされた刃がのど元に突きつけられました。女の人が持っていたのは斧。雪に隠れて刃の部分に気づいていなかったのです。桃の胴体は背後に回った女の人の腕でしっかり固定されてしまいました。


「こうなっちゃったら意味ないよ?」


 ゲラーシムは両手を挙げて首をふります。


「確かに一理ある。けどなあ、忘れて貰っちゃ困るぜ」


 指を鳴らす音が聞こえました。するとどこからともなく刃物を携えた人々が数人現れ、桃を抱えた女の人を取り囲んでしまいます。


 そしてゲラーシムが目にもとまらぬ早さで女の人に迫り、手首をひねります。彼女は突きつけていた斧を足元に落としてしまいました。


「……今、何も……読めなかった」


「頭で考えながら動いてるようじゃ、戦場で生き残れないからなあ、え?」


「なるほどね。そういえばおじさん、誰の命令かって聞かないんだ。良い取引になるかもしれないのに」


「興味ねえなあ。難しいことは分からねえって言ってるだろ」


「この子もろとも口封じする気なのに? アナタ、冷たいのね」


 桃は、女の人の首筋に小刀が当たりそうになっているのを見てしまいました。そして、自信の背中辺りが妙にちくちくします。女の人の腕に一層力が入り、桃のお腹が苦しくなってきましたが、動いては駄目と言い聞かせます。


「いやあ、姉ちゃん達に手を上げるのは心が痛むもんだ。なあ、お前さんが今倒れて困るのは誰か、よく考えた方が良いぜ」


 女の人は桃から手を離し、斧を拾い上げて一薙ぎします。囲んでいた人達が慌て斧を避け、側を離れると、女の人は輪を抜けて雪道を走っていきました。


 立ち尽くしている桃に、ゲラーシムが手を伸ばします。桃は一歩後ずさりしました。体が震えるのは寒さのせいだけではないでしょう。


(お姉さんは私に薬をくれると言ってくれて、でも斧で切られそうになっちゃって。それで、えっとおじさんは助けようとしてくれたのでしょうか? でも、この人の合図であつまった人達も小刀を持っていましたし。分からなくなってきました……。)


 ゲラーシムが足元から何かを拾い上げます。薬屋さんまでの地図が書かれた紙切れでした。お姉さんに捕まったときに落としてしまったようです。


(そうだ、今度こそサムさんのお薬を買いに行かないと!)


 桃はサムが風邪を引き、薬が必要だということを咳の真似と身振り手振りと分かる範囲の言葉で必死に伝えました。ゲラーシムは頷くと桃の腰に手を回しあっという間に担ぎ上げてしまいます。


桃は降りようと抵抗しますが、冷え切った体に力は入らない上に体格差がありすぎて、結局薬屋に立ち寄り、家に帰るまで下りられませんでした。

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