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20.病と出会い、そして夢を見る ②

前回のあらすじ:おばさん呼ばわりされたのは熱のせい。きっと、多分

 次の日になっても、治るどころかますます酷くなっているようでした。顔色は更に悪くなり、咳がひっきりなしに続いて息をするのも苦しそうです。水を飲ませようとしても咳き込んでしまって口の中に入らないのです。たった二日三日で、体も痩せていっているような気がしました。


Olねえ……ゲホッ……sie、E……ゲホッゲホッ……dac?(俺、死ぬのかな?)」


「大丈夫、大丈夫でやから。うちがなんとかするから、ね」


 熱く弱々しい手を握り締め、故郷の言葉になっているのも構わずまくし立てます。彼が何を言っているのかは分かりません。咳とかすれた声で聞こえないのです。でも彼が弱気になっていることだけは痛いほど伝わってきました。


(貴方がいなくなったら、うち、どうやって生きていけばいいの?)


 サムの頬に大粒の涙が落ちてきます。彼は震える手でそれを拭いました。近くにお医者さんもいない、薬もない、精のつくものを食べさせることもできず、布団も毛皮の羽織り二枚が限界。外は雪に閉ざされています。この街では生きる気力を失ってしまったらもう死ぬしかありません。桃も彼もさらに辛い状況に置かれている人達もまた、執念だけで冬を乗り切ろうともがいているのです。


(やっぱりお医者さんを呼んで来なきゃ。せめて薬だけでも)


 桃は羊毛の羽織りを一枚被り、ありったけのお金を集めます。竈の火を消す代わりに水とスープを枕元に置きました。毛皮の靴を履き、部屋を飛び出します。膝下くらいまで雪が積もっていますが、幸い雪が降っておらず、視界は保たれています。肌を刺すような寒さに一瞬で凍りついてしまいそうですが、サムはもっと辛い思いをしているのです。


(大丈夫、まだ行ける)


 桃は一歩、一歩雪道を歩き始めました。滑りそうになりながら階段を降りると、次は足が抜けなくなってしまいます。半ばかき分ける様にして進んで行きますが、手は感覚がなくなり、早速冷たい空気を吸うのも嫌になってきました。すべてを覆い尽くす程真っ白な雪景色の中、一人当ても無く歩きます。雄大な自然の中にいる少女はあまりにもちっぽけな存在でした。


 無情にも十二課の時を告げる鐘。桃の耳にも微かに聞こえてきます。空気が澄んでいるのか、いつもよりはっきりとした音色を響かせていました。道路の雪は少し溶けていて、くるぶしの上くらいにきています。このとき、ようやく靴がきつくなっていた理由が分かりました。雪が入ってしまわないようにする為だったのです。


 さて、桃はお医者さんの居場所を知りません。薬屋さんに行ったこともないのです。家に置いて無いということは、とても高価な代物のはず。今更ながら、家族や幼なじみが持たせてくれた荷物をこちらへ持って来られなかったことが悔やまれます。


(栗ちゃんがくれた薬の中に、熱冷ましがあったはずなのに。たわけやなあ、うち。全部懐に入れておくべきやった)


 まずは近くの酒場へ向かいました。長年住んでいる人なら、何か知っているかもしれません。しかも一度中に入ったことがある場所なので気が楽だったのです。少し雪がちらついてきました。


 酒場の扉は固く閉ざされていて、灯りもついていません。今日は開いていないようです。念のため扉を叩いてみると、誰かの返事が聞こえてきました。


 ほっと胸をなで下ろしながら待っていると、三つ編みにした長い髪を肩にたらし、膝下丈のコット(チュニック)を着た、大柄な人が出てきます。肩幅の広い所とか、角張った顔つきとか、髭を剃った跡がある感じがどことなく男みたいでした。


 混乱するあまり、話しかけられていることに気がつきません。肩を捕まれそうになり、ようやく我にかえります。


(あ、薬ってどうやって言うんやろ……すっかり忘れてました。とりあえずサムさんが風邪を引いていることを伝えんと)


「あ、えっと、サム」


 といってケホッと咳の真似をしてみました。


「Aa, Sum? Bib‘ik u fibc.(あらサムが? それは大変ね)」


 酒場の人の声色と手で口元を押さえる仕草から、風邪だということは伝わったみたいです。次に桃は薬研で薬をすりつぶし、カップで飲む動作を精一杯してみます。すると相手は目を伏せて首を横にふりました。


(これだけじゃ分からないんやろか、それとも薬が無いってこと?)


 酒場の人は一旦奥へ行ってしまいます。訳が分からず立ち尽くしていると、一枚の紙切れと首飾りを持って戻ってきました。そこには地図らしき物が。


「Sneiz haroh ot norb ipel.(これじゃ足りないかも)」


 そして何か呟きながら首飾りを掛けてくれます。銀色の細い鎖と、真ん中で輝く青くて大きな宝石。もしかして、地図に描かれている場所に行けば薬が買えるということでしょうか。


(でも、この首飾りは何やろ?)


 綺麗な宝石を貰っても嬉しくありません。薬を代わりにくれるのなら、今すぐあげてしまいたいくらいです。サムが風邪なのは、先ほどのやりとりで分かったはず。


(あれ、まさか、もしかして、これを代金の足しにってこと? こんなことしてもらって良いんやろか……)


 桃は深々と頭を下げました。目の前で青い宝石が落ちそうな勢いで揺れています。


「ありがとうございます!」


「Das tek zicad crasg.(神の加護があらんことを)」


 桃は泣きそうになりながら酒場をあとにしました。地図の描かれている通りに広場に出て、右へ曲り、左へ曲がり、足が再び埋まりそうになっても進み、段々雪が激しく降るようになってきても構わず歩き続け、


――ついに自分がどこにいるのか分からなくなってしまいました。

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