18.冬支度 後編
前回のあらすじ:酒を取り戻せ~!
広い通り沿いに屋根が張り出していて、その下にお店がありました。机の上には木のカップと盤面のような物が置かれています。そのうちの一つにおじさんが座っていて、傍らに樽がありました。
おじさんの顔は真っ赤になっています。彼の座る机の反対側には別のお爺さんも座っていました。お爺さんは深々と帽子を被っていて、顔が見えません。
サムは一瞬立ち止まると、酔ったおじさんの方ではなく、帽子を被ったお爺さんの方に駆け寄りました。驚いている様子です。
「あんたまでいるのかよ」
「ずっと寝込んでいてもつまらん。たまにはこう云う遊びもしないと、腕が鈍る」
「あっそ。お迎えが早まるだけだろ」
「安心しろ。迎えに来てくれるような人がおらん」
「ある意味悲しい人生ですね。いい年なのに」
「かもしれん」
お爺さんは髭を揺らすように笑ってカップに口をつけました。そして壁に向かって何かを投げつけます。
「それより、話には聞いていたがこうして見ると随分異国情緒あふれる娘だ。お似合いじゃないか」
「急に父親を気取り始めたと思ったら、さっそく嫌味か」
「すまない……そんなつもりじゃなかった」
「おうおうおう、出会って早々親子喧嘩かあ? 食えねえ喧嘩はよそでやってくれや」
おじさんがサムの肩に腕を回しながら茶々を入れます。サムは頬を引きつらせて腕を払いのけました。
(あれ? あのお爺さんにお父さんって言った?)
この前グレアムのお家でお仕事している時に、遊びに来たフラン達から家族の言い方を教えて貰ったのです。そこで聞いた言葉とそっくりでした。ということは、サムさんとお爺さんは親子なのでしょうか?
(なんとなく、顔が似ていない気がするし、それに歳が離れすぎとる。どちらかと言うとおじいちゃんと孫
の方が近い感じ。あれ?? 何がなんだか分からなくなってきたんやけど……)
二人の関係について桃が考えを巡らせている間にも、三人の言い合いは続きます。桃はふとおじさんの足元にお酒の樽が転がっているのを見つけました。
近寄って持ってみると軽々と持ち上がります。中身はお腹の中に入ってしまったようでした。
(元々一つ買う予定だったみたいやし、そう怒るほどのことでもないよね)
樽に気がついたサムと目が合います。桃の様子から中身がないことを察したのか、肩をすくめました。
「Al hoca(帰ろう)」
といって手招きしてきます。諦めて帰ることにしたみたいです。酔ったおじさんがサムの後ろ襟をつかんで呼び止めます。
「おいおいおい、ちょっと待て。どうせ帰るなら的を当ててからにしてくれや」
おじさん達の座っている椅子の向こうに壁があり、同心円状の的が描かれていました。
円と円の間には、赤や青、緑の色が塗られていて、所々石の当たった跡のような小さなへこみがあります。詳しい約束事は知りませんが、真ん中に当てれば良いということだけは分かりました。
「ゲラーシム、手元が狂うからって若者に任せるな。人が悪い」
「はっ。勝ちにこだわっていると言ってくれや」
「どうせありったけの金を掛けて自分の首締めたんだろ。馬鹿馬鹿しい。いっそのこと眉間に当てて差し上げましょうか? え?」
上に投げた石を取りながら言いました。
(サムさん随分苛立っているなあ)
「冗談はやめろ」
「冗談だなんて一言も言ってないけど?」
「まあ、適当につきあってやりなさい。所詮戯れなんだから」
「酒盗まれてその上ウザ絡みに付きあわされるとか、冗談じゃねえ……あ、そうだ」
その頃、桃は呑気に的を眺めながら、昔の思い出に浸っていました。
小さい頃、幼なじみと川に石を投げ入れたことはありましたが、的当てはしなかったなあ、と。時々あらぬ方向に石が飛んでいってしまって、幼なじみや弟にひどく呆れられたのを思い出します。投げ方が悪かったのでしょうか?
もっとこう――肩を大きく振って――。
モモの手の平に小指の爪ほどの石が乗せられました。知らないうちにサムが隣に来ており、的に向かって投げる仕草をします。
「おお、嬢ちゃんが投げてくれるのか。いやー嬉しいねえ。ヒューヒュー」
おじさんが顔を一層赤くしながら声を弾ませていました。
(え? これ、うちが投げるの? けどもし誰かに当たってまったらどうしよう。でも、嫌だってどう言えばいいか分からないし……えいっ。あ、投げてまった!)
半ばやけになりながら思いっきり投げましたが、石は的に届かないまま床に落ちていきます。
(ああ、的の外にすら当たらないんや……)
桃は頭を抱えてその場にしゃがみこみました。
「ああ、惜しい、惜しいよー」
失敗したのに何故かおじさんは嬉しそうです。一方、サムは「下手」とばっさり切り捨て石を拾いに行きました。
石を持って戻ってきたサムが戻って軽く投げます。すると、吸い込まれるように真ん中に描かれた小さな円の中に当たりました。
(わっ、すごい! ちゃんと当たった!)
桃は飛び跳ねて拍手します。サムはちらりと横目で彼女を見ましたが、顔色一つ変えずにまた拾いに行きました。おじさんも握り拳を突き上げます。
「おっしゃ、これで俺の勝ちだな!!」
「え? 今のは無効じゃないのかい? 君の番はあの娘さんが投げたんだから、次投げたのは私の分だろう?」
「は? お嬢ちゃんは壁に当たってないから無効。あいつが当てたのが俺の分だ」
「いやいやいや、さっき私が当てられなかった分を有効だと言ったのは君なんだから。筋を通して貰いたい」
「それを言うならよお、もっと前にお前が二回投げたやつ、アレも無しにするからな」
サムが誰の代わりに投げたのかについて、おじさんとお爺さんが喧嘩を始めてしまいました。
(私がちゃんと当てていれば丸く収まっていたんやろか……申し訳ないきぶんやなあ)
「いや、ちょっと試しに投げてみたくなっただけで。お前らの代わりをしたつもりは微塵も無いんだけど」
「おい、投げたもんは点に入れなきゃいけねえだろ、なあ」
「折角君が当てたんだからね、勿体ないよ」
「はあ。もう勝手にしろ。俺は帰る」
サムが来た道を戻って行くのでモモは追いかけました。足の長さが違うのか、早足でついていくのがやっと。家に帰ったら買い物の片付けをしなくてはなりません。
今日は色々な人と出会い、ちょっとしたことに巻き込まれた忙しい日でした。
あのお爺さんとサムが知り合いなのは伝わってきましたが、結局どういう関係なのでしょう? 親子ならなぜ一緒に住んでいないのかも不思議です。
(村の中にも大人になって家を出る人がちらほらいたけど、この人もそんな感じなんかなあ)
荷物を片付けながら、モモは話を聞いてみることにしました。
「おじいさん、お父さん?」
サムは一回、物を片付ける手を止めて、あからさまに険しい顔を向けました。触れて欲しく無かったみたいです。ヒヤヒヤしながら答えを待ちます。
彼はただでさえ言葉が通じないのに、不機嫌になると、どこが駄目だったのか教えてくれないまま黙り込んでしまうのです。それに護身用の小刀を肌身離さず持ち歩いている様子。
(怒って振り回されたりでもしたら)
想像するだけで身の毛がよだちます。幸いなことに悪い想像が実現することはありませんでした。
「…………Nor.(違う)」
長い沈黙ののちに、歯切れ悪そうに答えたからです。
(なら、どうしてお爺さんは息子って言ったんやろ? うちの聞き間違いかな? まだまだ勉強が足りないみたい)
サムにお爺さんのことは聞かないことと、もっと言葉を覚えることを心に決めて、モモは朝飲んだスープの中身を継ぎ足す為に野菜を取り出しました。




