16.お仕事はじめました 最終話
前回のあらすじ:安心安全と思えるまで待つしかなかった
目を覚ますと空が白み始める頃でした。冷たい風が体を刺し、体を震わせます。井戸で水を汲んで火を起こして、朝ご飯を作らなくてはいけません。今日はいつもの倍、人がいるので沢山作らなければ。
かじかむ手をさすりつつ部屋に入り、桶を取り出します。三人とも床に寝転がり、寝息を立てていました。フランの腕が、スミスのお腹の上に乗っています。彼が苦しそうにしていたのでどけてあげました。
凍り付く手と戦いながら顔を洗い、こぼさないように水を運び終えると竈の火起こしを始めます。火種に息を吹きかけていると、いつのまにか隣にサムが座っていました。起きてしまったみたいです。
「Cra loe nel neut dup sneiz uf.(あんた、部屋の中に入れたんだな) 」
昨日の出来事を諸々思い出し、色々な感情が一気に押し寄せて来ます。サムが何か言っていたような気がしますが、とても聞き取れる状態ではありません。桃が慌てて逃げだそうとします。彼がそれを止めようと腕をつかみかけて、桃が手を振り払いました。
(あ、今叩いちゃったかも)
二人が顔を見合わせます。咄嗟のことでお互い何が起こったのか整理がつかず、瞬きを繰り返していました。確かに腕を捕まれたあの一瞬、とても嫌な気持ちがしたのは確かだったのです。
「Bib loe’d veu.(俺が悪かった) Wee, baar.(えっと、ごめん)」
「いえ、あの、ごめんなさい」
サムは肩をすくめて火打ち石を拾い上げ、火起こしの続きをします。棒で薪の形を整えながら、桃を手招きしました。
「Cra’y pold.(寒いだろ)」
桃はおそるおそる竈の前に座り、お湯が沸くまでの間二人並んで火に当たっていました。
その日桃はフラン、スミスと一緒にグレアムの家へ出かけました。グレアムが、心配そうな顔をして扉を開きます。父親もグレアムの後ろから顔を出していました。
「ご、ごめんなさい」
早速勇気を振り絞って昨日の非礼をわび、頭を下げます。グレアムは大きく首を振りました。そして優しげな声で話しかけて来ます。狐が何と言っているのか教えてくれました。
『自分達が悪かったのだから気にするな、此方こそ申し訳無かったとのことだ。しばらくは休んでも良いし、早めに帰っても良いらしい』
「あ、ありがとう……ございます。ごめんなさい」
お父さんの方は、一旦いつもの部屋に行きましたが、すぐに戻って来て、一枚の紙を渡します。そこには桃とそっくりな女の子の立ち姿が色鮮やかに描かれていました。
『お詫びの印だそうだ』
「これ、貰って良いんですか。綺麗な絵……」
それを見ていると、胸がざわつき鼻の奥がツン、としてきます。
『持って行くといい。そうそう、言い忘れておったな。あの者は絵を描く仕事をしておる。どうも仕事に行き詰まり悩んでおったところ、おぬしの絵を描こうと思ったらしい。もうあのようなことはせぬと言っておったぞ』
「は、はい」
できればもう忘れてしまいたいのですが、それでお仕事が上手くいったのなら良かった、そう思うことにしました。
『今日は我々もしばらくいるつもりだ。少しは気が楽になるだろう』
「はい。とてもありがたいです。お二人ともお忙しいでしょうに、すみません」
『案ずるな。どうせおぬしに付きあわずとも他で遊び歩いていただろうからな』
今日は狐たちのお言葉に甘え、一緒に居てもらいました。そのおかげかその日は何事もなく時が過ぎていきます。そしてフラン達と別れた後も怯えることなく家に帰ることができたのです。
ところが、折角の綺麗な絵なのに辛いことを思い出してしまいそうで、じっと見ていることができません。
笑ってこの絵を見ることができる日を夢に見ながら、布に包んで棚の中にしまい込みました。




