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14.お仕事はじめました ④

前回のあらすじ:セクハラ、ダメ、ゼッタイ

今回はサム視点です。

(何でモモがああなったか一応聞き出しておくべきだったか)

 

 盗賊ギルドの顔色を伺ううちに一ヶ月近く彼女を家に入れていたサムだったが、彼女の方から嫌になって出て行くのなら寧ろ好都合。彼女を探し出して原因を探り、説得するのも億劫になって家に戻ってきた。


(どこに行こう知った話じゃない。彼女が自分の意思でやったことだろ。保護者じゃあるまいし、監督責任を問われることもないはずだ)


「ああ、ようやく解放された……思ったより早かったな」


(そう。もう彼女と住む必要は無いんだ)


 背伸びをした時に漏れた声が、狭い部屋に空しく響く。こういう時に限って、彼女の残した荷物や、サムのベッドから藁を分けて作った寝床が目についた。


(荷物は一月くらい取りに来なければ質に入れればいい。ベッドだって元通りにするだけだ)


 お腹が空いてきたけれども、何故かご飯を用意する気になれなかった。扉を叩く音がする。甲高くうざったい女の話し声がした。フランだ。碌な用事では無いだろうと思ったサムは、居留守でも使おうかとしばらく無視をする。


「ちょっと、サム。中に入るのを見ていましてよ!」


 逆に扉を叩く音が大きくなった。あまりにも五月蠅いので仕方無く出る。やはりフランとその従者がすまし顔で立っていた。


「何の用ですかあ?」


「ハンカチを返しに来たのだけれど、モモはいないの?」


「いないけど」


「すぐ戻ってくるかしら?」


「さあ、戻って来ないんじゃないですかね。勝手に出て行ったんで」


 フランが思いっきりサムに顔を近づけ、眉を上げる。一歩後ろに控えている従者も首を傾げていた。


「貴方、何か酷いことしていないでしょうね? どうして出て行ったのか詳しく聞かせなさいよ」


「あんたには関係ない」


「そうかもしれないわ。でも、そこいらの夫婦喧嘩とは違いましてよ。あの子の故郷は遙か遠くの地。ねえ、スミス、貴方も心配でしょう?」


「は、はあ」


 スミスと呼ばれた従者は曖昧に首を縦に振った。背が高く、引き締まった体つきをしている。革の鎧を身に纏っており、腰に短剣を下げていた。ぼーっと立っている様に見えるがそれとなく周囲にも気を配っている様子。前は急に入ってきた為、サムの方もなりふり構っていられなかったが、できるだけ従者との衝突は避けたいと思っていた。


(この女にはさっさと帰ってもらわないとな……)


 スミスはスミスで、腕は立っても彼女の押しには弱いらしい。いっそのこと家から一歩も出さない位に毅然とした態度で接して貰いたかった。


「で、何があったのよ」


 髪に塗った椿油の香りが漂って来そうな程顔を近づけてくるフラン。サムは顔を引きつらせて一歩下がる。仕方が無く、手短に経緯を話した。とはいえ、グレアムの家に行ったら、血の気の引いた桃が飛び出してきて、そのまま逃げていったことしか話しようがない。


「もうあの子働いているの?」


「お嬢様より若いのに、立派なことです」


 さりげなくスミスが口を挟む。


「悪かったわね」


「別に良いんじゃないですか? こっちはその日暮らすだけでも大変なだけなんで」


 口が過ぎるぞと言わんばかりに従者が睨み付けてくる。


(事実だから仕方無いだろ。口先だけのおべっか使いなら他にいくらでもいる。嫌ならここに来なければ良い。寧ろ来るな)


 と言わんばかりに睨み返した。


「まあいいわ。貴方の言うことが本当ならグレアムを問いたださなきゃいけないじゃないの。というか、何で会った時に聞かなかったのよ」


「興味ないから」


「貴方ねえ。モモが勝手な理由で勝手なことをする子じゃないこと位分かるでしょう?」


「さあ、ろくに話したこともないのに」


(そりゃ、あんたよりは身の程をわきまえているだろうけどさ)


「逆にあんたがそういう根拠はどこにある?」


「女の勘よ!」


「…………呆れた」


「とにかく、グレアムの家に向かいましょう。もう日が暮れてしまったら探せなくなるわ」


 意気揚々と女が歩き出す。いつの間にか彼女の肩に茶色っぽい毛の狐が乗っていた。女が狐に一言二言話すと、軽々と肩から飛び降り、走っていった。


「スミス、引っ張ってでも彼を連れてきなさい」


 命令された従者が複雑な表情で目配せする。フランの横暴さを分かってはいるのだろうと察する。彼を気の毒に思わなくもないサムは、軽く付きあうことにした。


(あのちんちくりん、どこへ行きやがった?)


 グレアムの家にたどり着くと、本人はどこかへ行ったまま帰ってきておらず、彼の父親だけが工房で作業をしていた。


「おじさま、久しぶりですわ」


 フランが声を掛けると、筆を置いて彼女を見上げる。


「おお、何年ぶりかな。ますます美人になった」


「私はいついかなる時でも美しくてよ。今も昔も変わりませんわ」


(うわあ、自分で自分の容姿褒めるんだこいつ)


 なまじ整った顔立ちしているだけに腹立たしい。


「ところでおじさま、グレアムとモモは?」


「モモ?」


「ここで働いていると伺いましてよ」


「家政婦のことか? なんか急に二階へ上がっていったかと思ったら走って家を出て行ったけど、帰っていないのかね」


「ええ、来てないですね」


 サムが手短に返す。


「あいつは、怒って出ていったな、年頃の娘の服を脱がせるなとか言って」


「ちょっとおじさま、それは逃げ出して当たり前よ。グレアムが怒ってなかったら私がひっぱたくところでしたわ」


 お嬢様それは流石に、と言いたげな視線をスミスが向けている。フランは気に掛ける素振りすら見せない。


「お嬢さん、お嬢さん、絵描きの家に来たならモデルの一つや二つやるのは仕方無いと思うがね」


(言いたいことは分かるけど、そんな仕事があるとは考えつかなかったな)


 絵描きの言い分も、フランやグレアムの言い分も理解ができる。だが桃を働きに行かせた人サムとしては複雑な心境。会えて意見を挙げるとすれば今の俺の労力に対する賃金も要求したい、といったところだろうか。


「あのね、そういうのは苦手な子が多いのよ。この麗しい私と同じだと思ってはいけなくてよ」


(あんたは脱がされても構わないと言っているように聞こえるんだが?)


 スミスに肩を叩かれる。彼が指差す方を見やると、紙に桃に似た人物の絵が何枚も置かれて居た。彼女が来ていた服だけの絵もある。


(なるほど、あの絵を描くためだったのか)


「とにかく、グレアムとモモを探してくるから、ちゃんと謝って下さいな」


 相手は机に向かったまま気のない返事をする。もうフラン達の方を見ていない。行きましょう、と二人の青年に声をかけてフランは踵を返す。スミスが一言父親に声を掛けた。


「すみませんが、灯りだけお貸し願えませんか」


「ん。その辺にある」

 

 サムとスミスは小さな箱形のランタンと油を探し出し、竈の火を移した。そして父親に向かって軽く頭を下げ、彼女の後に続く。


(あの人は、あくまで俺の推測に過ぎないけど、反省も後悔もしないんだろうな。あえて言うなら、地獄の絵を描くために娘を火の中や水の中に入れられるタイプだろ。ああいう親と一緒にいれば、息子は嫌でも丸くなるんだろうな……)


 家を出て早速、従者がフランに囁いた。


「探すとおっしゃいますが心当たりはあるのですか? もう暗いですしお戻りになった方が」


「大丈夫よ、誰かの家に泊めて貰うから」


「それが望ましくないと申し上げているのです」


「だからって放っておけないでしょう? モモがどこへ行ってしまうか分からないじゃないの。グレアムは彼女を見つけない限り延々と探し回りそうな人よ。二人とも危険に晒されてしまうわ」


(闇雲に探しても俺たちまで危なくなるだけじゃねえかな)


 考えなしに探そうと言い出すほど馬鹿ではないと信じたいのだが、彼女に策があるとはにわかに信じがたい。かといってサム自身も思い当たる場所が思い浮かばなかった。


 何かないかと考えを巡らせていると、とがった耳の狐が木の陰から顔を覗かせているのが見えた。狐に指示を出していた光景が頭をよぎる。獣がそれほど当てになるとは思えないが、あの狐は使い魔だと話していた。超常的な力を何かしら持っているのだろう。それに犬は鼻が効く。狐も犬もそれほど変わらないと仮定すれば、手がかりになり得るのではないか?

 

 フランが狐に気づいたそぶりを見せると、しっぽを向けて走って行く。彼女は「来なさい」とだけ言って狐を追い始めた。ランタンを持った二人は走ると火が消えてしまうため、早歩きで追いかける。


 人が歩いていないところを選んでいるかのように、足場の悪い道ばかり走る狐。途中でフランが立ち止まったり、通るのに手間取ったりしていた。膨らんだスカートとつま先が細くなっている靴では思うように動けなかったのである。彼女を手助けするために足止めを食らうスミス。狐も時折待っていることはあるが、彼女達はなかなか追いつけない。


 フランと従者に付きあっていたら見失いそうだと判断したサムは、二人を追い越して狐を追うことだけ考えることにした。



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