11.お仕事はじめました ①
前回のあらすじ:婚活は辛いよ
明くる日、桃を連れてグレアムの家に行く。彼の家も城壁の外だが、サムは違い職人の集まる地区にある。みすぼらしい格好だと目立ってしまうので、できるだけ新しい服を着て行くことにした。彼女の服は現在二着しかないので、仕立て直した方の服を着させる。
故郷から着てきた普段着と印象ががらりと変わるので、サムは何も言わなかったけれども感心していた。
二人は門に繋がる広い道を渡って、絵筆の描かれた看板が並ぶ通りに入る。この辺りは絵描きや画材屋が並び、他の通りと比べると家の色彩も鮮やかだ。扉に絵を描いたり、窓際や庭も綺麗に飾り付けしてあるのを横目で眺めたりしならグレアムの家を探す。
やがて羊の絵が描かれている看板が見えてきた。グレアムの家だ。
(名字がシェパード(羊飼い)だからだな、多分)
サムは看板を見上げて腕を組み、モモは不安そうにきょろきょろしている。
扉を叩くと程なくしてグレアムが出てきた。黒い髪をした少女を見るなり一歩、二歩と後ずさる。
「え、君が言っていたのってその子?」
「そうだけど」
グレアムは軽く屈んで桃と目線を合わせ、笑いかけた。
「お、おはよござます、名前、モモです」
彼女は慌てて深々とお辞儀をし、たどたどしく挨拶をする。
「僕はグレアム、よろしくね」
「ぐ、ぐら? えーっと」
「ぐ、れ、あ、む」
ゆっくり言って貰っても名前が聞き取れなかったらしく、すまなさそうに首をかしげている。
「多分、そのうち覚えるだろ。遠いところから来たみたいで、ここの生活にまだ慣れていないんだ」
「そっかあ、大変だね。名前って案外難しいし。僕だっておじいちゃんやおばあちゃんに名前教えて貰っても分からない時あるからなあ」
「へえ」
感情の一切籠もっていない相づちを返されたグレアムは、ばつが悪そうにしている。
「とにかく上がってよ。奥でゆっくり話そう」
二人は遠慮がちに中へ入り、奥の台所まで通された。
「え、一緒に暮らしてるの!? ずるいよ君」
サムがこれまでのいきさつを簡単に話すと、グレアムが身を乗り出した。お茶の入ったカップが揺れる。
(話の通じない人間よりかは犬の方がよっぽどマシだ)
喉まで出かかった言葉をどうにか飲み込んだ。
「お礼は彼女のお金だけど、その子は君の家にいる……もしかして、また俺から巻き上げようとしてる?」
「勿論」
「そこは否定しようよ」
「相場の半分以下でたかられるか、高い金払って他の家政婦雇うか、これまで通りお前が家事をするか、縁談をまとめるか、お、四つも選択肢あるぞグレアムさん、選びたい放題だ」
指を四本立てて目の前で左右に振ってみせるサム。グレアムは頬を引きつらせた。
「どれも難易度高いんだよ。モモちゃんの生活の足しになると思えば一番最初のかなあ」
「ちなみに、そこから紹介料を引かせていただきますけどね」
「やめてあげてよ。ただでさえ余り払ってあげられないのに可哀想じゃん」
「どうせしばらくは買い物もろくにできないんだし」
何も知らない桃は、サムの隣に座ったまま興味深そうに部屋を見渡していた。二人の話が途切れる度に何か聞きたそうな顔でサムを見る。その視線に気がついていながら、説明するのが面倒なサムは彼女を無視し続けた。
「その分貯めておけばいつか好きな物が買えるようになるかもしれないよ。君には君の仕事があるんだから」
「とりあえず、ファイペルの日と、フィリジエルの日を除いた週八日、一日銅貨六枚で。時間は三時課
(午前九時)位からあんたが帰ってくるまででどうだ。それか、夕飯の片付けまでやらせた方がいい?」
「暗くなると危ないから、僕が戻るまでで良いよ。帰りが遅くなりそうな日はどうしようかな。中途半端な時間だと分かりにくいから、九時課(午後三時)の鐘で終わりってことにしようか」
「了解。内容は買い出し以外の家事全般ってことでしばらくは」
「うん。掃除と洗濯、食器の片付けと、あとは父さんの昼ご飯を用意してくれるとありがたいかな。掃除も、外と父さんの工房はこっちでやるから。掃除や洗濯とかは毎日じゃなくていいし」
「そうだ、親父さんにはこのこと話してあるのか?」
「一応」
「ご挨拶しておきたいんだけど」
「それもそっか、どうせ話を聞かないだろうと思っていたんだけど、呼んでくるね」
グレアムは席を立って、父親の名前を呼びながら玄関の隣にある工房の方へ向かって行く。少しの間待っていると、のそりのそりと髭を無造作に生やした男がやってきた。背が曲がっているせいか、グレアムより背が低く見える。軽く契約の内容を話し、桃が頭を下げると、グレアムの父親は眠そうな目をしながら「どうぞよろしく」と一言。すぐに工房へ戻っていった。
「最近、新しい仕事が行き詰まっているみたいなんだ、機嫌悪くてごめん」
「いや、別に大丈夫。忙しい時に悪かったかな」
「割といつもあんな感じだから、気にしないで」
その後、家中を見て周りながら、道具の場所や使い方について桃に説明していく。道具を見せては名前を言い、グレアムが実際に使っているところを見せる。時には触らせることもあった。
彼女は分かっているのかいないのか、熱心に頷きながらグレアムの話を聞いていた。
時間はあっという間に過ぎていき、説明が終わる頃には日が沈みかけていた。早速次の日から桃を連れて行くと話して二人は帰宅する。サムは久しぶりに晴れやかな気分だった。
(これで生活の足しになるし、自由にできる時間も増えてくるはず)
あとは、問題を起こさないでくれることを祈るばかりだ。




