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10.酒場での交渉

前回のあらすじ:こんな再開は嫌だった

もう少しサム視点が続きます。


 週末の夜は普段以上に騒がしい。仕事帰りに夕食がてら宴会を楽しむ人が増えるからだろう。サムも近所の酒場に顔を出すのが習慣となっていた。酒場と言っても目当ては酒ではない。彼は酒の味を好まなかった。一番の目的は掲示板にある仕事の依頼を見に行くことである。


 盗賊ギルドでも仕事の斡旋は行っているが、怪しげなのも多いのが現状。ギルドの依頼を受け続けると、いつか犯罪者に仕立て上げられそうな気がして、足が遠のくようになった。既に片足突っ込みかけているのに、わざわざ行く必要はないと思っている。


 一方、サムが今向かっている酒場はギルドに所属していない店主が切り盛りしていた。かつてはギルドに所属していたらしい。詳しい事情を彼は聞かされていないけれども、袂を分かつことになる事情があったのだろうと察せられた。


 その為だろうか、幾分かまともな仕事が揃っており、時にはここ、ロッジ地区の外からも依頼が来る。単発の仕事が多く、さほど稼ぎにはならないが、この地区の外に関する情報収集も兼ねてこなす分には丁度良かった。


 古めかしい酒場の扉を開けると、ミグランの煙たさと酒の臭いが迫ってくる。薄暗い店内は、小さな窓から差し込む光と蝋燭の灯りだけが頼りだ。


 入ってすぐの所に細長い引き出しのついた荷物置きが佇んでいる。殺傷沙汰にならないよう、剣をしまっておく為のものだ。


 サムは、一応持っている中で一番大きなナイフだけ入れておいた。いつも使っている上から二番目の引き出しに。


 荷物置きの隣にある掲示板をざっと眺めてみる。薄い石の板に書かれている方ではなく、木の枠に打ち付けられた紙切れに顔を近づけた。できるだけ綺麗な紙を探す。綺麗であればあるほど、それだけ依頼主が裕福だという証だからだ。


 サムは、桃に従事させる仕事を探しに来ていた。しばらくの間家賃が免除されるとはいえ、一人で二人分の生活費を出し続けるのは辛い。このままでは物乞いをして過ごすことになってしまう。誰でもできる仕事で構わないから、せめて自分の食費くらいは稼げるようになって欲しいと思っていた。


 掲示板にあるのは、体力仕事か専門的な仕事が殆どで、桃にできそうな仕事はほぼ皆無だった。


(薬や道具の被験者なら実入りも良いけど、下手に怪我したり病気になられたらかえって損。どうせ後始末は俺だからな)


 珍しく、夜に開いている店の依頼も来ている。それを見てサムは首を傾げた。このような店はギルドと繋がりが強く、ここの酒場では扱わないようにしているイメージがあったのだ。知り合いから頼まれたのかもしれない。


(あの地味な見た目で鈍くさいんじゃ、めかし込む仕事も無理だろ。これは最終手段にとっておこう)


「おーい、サム君!」


「あ、グレアム。もう来ていたんだな」


 サムに向かって手を振る男、グレアムが席に座っていた。サムは掲示板に背を向け、明るい茶色の髪をした男の向かい側に腰掛ける。グレアムは、作業着のような服を着ていて、朗らかそうな顔立ちをしていた。しかし、その表情はくたびれている。


 ここ二、三年は週末にこの男と食事をするのが習慣となっていた。サムの友人達――特に二人の食事風景を店員として見ているミック――には「たかっているんじゃないの?」とからかわれることもしばしば。実際にごちそうになっている日が大半だ。


(まあ、嫌になったら自分の分位は払えと言えば良いだけだろ)


 とはいえ今日もありがたく頂く気満々であった。


「今週もお疲れー」


 グレアムが疲れた笑顔でサムに話しかける。


「お疲れさん」


「飲み物はジュースでいい?」


(大体いつも同じ飲み物なのに、毎回聞いてくるのは何なんだ)


 と思っても口には出さない。良く言えば優しくて、悪く言えば臆病な彼の性格によるものだろうと受け入れている。


「何食べたい? 俺はスパイスのスープにしようと思うんだけど。今日のおすすめなんだって」


「基本おすすめ以外の料理出ないだろ」


「まあまあ、リクエスト出せばそれっぽいの作ってくれるかもしれないし」


 店長の気まぐれでその日のメニューが決まる代わりに、そこそこの値段で美味しい料理が食べられることで評判だった。サムが辺りを見渡すと、隣の席の客も微かに黄色を帯びたスープを飲んでいる。


 何を頼もうか考えているうちに、ふと、脳裏に聞いたことのない歌を口ずさみながら鍋をかき回している少女の姿が浮かんだ。家に住み着いている桃の姿が。


(別に俺がどこで何を食べていようと関係ないだろ)


 首を横に振って考えていることをかき消そうとする。流石に人の目がある酒場に彼女は連れていけない。かといってグレアムの誘いを断るのも不自然になると思い、一人でいくことにした。しばらく待って帰って来なかったら、先に食べているだろうと予想して。


(本当に食べて、いるのか……? いつもどうしていたっけ? あーあ、なんでこんな時に思い出すんだ。食欲が失せてくるだろうが)


「…………今日は飲み物だけでいいや」


「え、ホントに良いの? もしかして具合悪かったりする?」


 グレアムが身を乗り出す。心配そうな顔をしているので申し訳無く感じられた。


「大丈夫。まだ腹減ってないだけ」


「珍しいね。いつもタダ飯だからって、がっつくのに」


「そうでもねえだろ」


 グレアムは、まあいいかと不服そうにしているサムを軽く受け流し、注文を済ませた。


「サム君、さっき掲示板見ていたけど、またお仕事探してるの?」 


「まあな」


「でもこの前、荷運びの仕事が安定してきた、って話していたよね」


「その仕事はまだ大丈夫なんだけど、色々ありましてですね……そっちはどう?」


「先輩が新人君を教えるのに忙しくてさ、遠出の仕事がまた増えそうなんだよね。泊まり込みも続きそうだし」


 大きなため息をつくグレアム。彼は荷物や手紙を運ぶ仕事を四、五年は続けている。王様が国中に置くような組織なので、簡単に休むことはできないが、その分毎日一定の給料を貰え、いきなり辞めさせられることもない。


「大変だな」


「大変だよ。何が大変ってその間親父一人になることだね」


「親父さんって、画家の?」


「画家、まあそうかな。あの人家事とか絶対しないから。何日も家を空けたあかつきににはどうなっているか。あー想像するだけで疲れてきた」


 グレアムは父親によって散らかった部屋を想像したのか、頭を抱えている。


「はーい。麦酒とジュースよ。スープはもうちょっと待っててね」


 その時、店主自ら飲み物を運んで来る。


(ミックの奴、そういえばちょっかい掛けてこないな。サボってんのか)


 サムは店内を見渡してほっと胸を撫でおろした。ミックがグレアムに桃のことをばらしてしまうという事態は回避できそうだ。


 店主は相変わらず女の様に丈の長いドレスを着て、伸ばした髪を巻いている。話し方まで女みたいだった為、最初にあった時は度肝を抜かれたものだ。最近は流石に慣れてきて気にせず話せるようになっていた。


「あら、スープは一人分としか聞いていなかったけれど、良かったかしら?」


「ありがとう、パトリックさん。でも大丈夫です。彼、食欲ないみたいで」


「一番食べ盛りなのに? お腹に優しい物でも作ってあげようか」


「いえ、結構です」


「遠慮しないで。食欲無くなったら終わりなのよ人は」


「家に残ってたのを思い出しただけなんで、本当に大丈夫です」


「なんだ、最初からそう言ってくれれば良かったのに」


 グレアムが口をとがらせる。勿論、店主を帰らせるために適当な理由をつけただけである。

案の定店主はあっさり引き下がる。モモはどうしたとか聞いて来ないか警戒していたが、特に何も言われなかった。


「で、親父さんがどうしたんだっけ。あんたが家を空けることなんてそれこそ何度もあっただろ。何を今更」


「そうやって言うけどさ、溜まった洗濯物や洗い物を片付けるの大変だったんだよ。俺もそんな得意な訳じゃないしさ。あーあ、可愛いお嫁さんでもいたらなあ、いる人羨ましいなあ、綺麗に縁談まとまったんだろうなあ。縁談、ん? 縁談……あ、頭痛くなってきた」


 一気に麦酒をあおり、頭を抱えて机に打ちつける。


(自分で自分のトラウマを抉るなよ)


 グレアムは二十歳を過ぎており、ちょうど結婚適齢期。ところが、なかなか縁談がまとまらず焦っていた。


(悪い奴じゃないんだけどなあ)


 近くに座っていた客が、ぎょっとした顔で二人の席を見ていた。サムは気にしないでくれ、と心で叫びながら曖昧に笑いかける。


「そんでさ、父さんが家政婦でも雇ったらどうだって言い出したんだよね。縁談まとめるよりこっちの方が早そうだってさ。あーあ、半分くらいはお前のせいでまとまらないんだよって、言ってやりてえなああ」


 あっという間にカップ一杯飲み干して大きな音を立てながら置いた。


(今日は無理矢理でもこれ以上酒を飲ませないでおこう)


 できれば早く帰ろうと思っていたサムだったが、この調子では長居することになりそうだ。


「そりゃ俺だって悪いよ。魅力的やないことぐらい分かっているけどさあ、お父さんがいるのはちょっと……って何度も言われたんだからな。この耳で聞いてるんだからな!」


(たまーにこうなるからなあ。ちょっと泣きだしてるし)


 周囲の視線が一層鋭くなってくる。記念日を祝うつもりなのか、珍しく奥さんを連れてきた大工の男に至ってはカップを持つ手が震えていた。彼が怒鳴り込んで来る前にスープが来ることを祈った。


「おいおい、落ち着けって」


「店主さん、麦酒もう一杯下さい!」


 グレアムがカップを持ってカウンターに行く。


「えー、何て言った?」


 という店主の声が奥から聞こえて来た。サムはカップを取り上げ、慌てて止めに入る。


「マスター、深酒になりそうだから酒はなしで、ミルクかジュースに」


「大丈夫だよ」


「動けなくなったときに運ぶのは誰だと思ってるんですかねえ。勝手に追いはぎに遭ってくれても俺は構わないんだけど?」


「はいはい。お代わりはなんか適当に淹れておくから。戻るついでに、スープ持って行って」


 カウンターに置かれたスープとバスケットに乗ったパンを持って席に戻る。スパイスたっぷりというだけあって、赤や黄色、緑の混ざった不思議な色に野菜や豆が浮かぶ。そしていかにも辛そうな臭いが漂ってきた。


 グレアムは、スープにパンをつけて食べているうちに落ち着いてきた様子。彼はこういう辛い物が好きらしい。酒場に来ると頻繁に頼んでいる。サムにはその好みが理解できない。


「さっきはごめん」


「別に。自分が恥ずかしいだけだから良いんじゃないか?」


「そんなこと言うなよ!」


「ところで、家政婦の話、ちょうど良い奴がいるんだけど?」


「え、どんな子?」


 身を乗り出すグレアムに向かって大きく頷く。モモを働かせるには丁度良い内容だ。家事ならば彼女でもできるだろうし、グレアムは温厚な性格だからトラブルも起きにくいはずだ。あわよくば住み込みの家政婦という名目でそのまま彼に引き渡してしまえるかもしれない。


「若い女だ。俺より少し年下かな」


(色々訳ありだけど)


「ん? まだ子どもじゃない?」


 そう尋ねるグレアムは身を乗り出している。実は興味津々なのだろう。サムも思わず口角を上げる。


「それに、君、いつのまにそんな知り合いができたの? 信じられないんだけど、大丈夫? 親御さんに怒られたりしない?」


「親はいないから安心しろよ」


「え、それは逆に心配、というか若いのに悲しいね」


(グレアムが想像している「いない」とは違うだろうけど)


 サムは、桃の家族が居るのかどうかということさえ興味を持っていなかったことに今更気づく。


「まあ、君が紹介してくれるって言うなら、会ってみてもいいかなあ」


「なら決まりで。近いうちに連れてくるよ。いつが良い?」


「うーん、明日の朝、礼拝所から帰るついでとかどうかなあ。その子の予定次第だけど」


「そいつの予定は気にしなくていいから」


(いつも俺の家にいるんだから。いつ連れ出そうがこちらの勝手だ)


 話がまとまりそうになった所で、サムはカップに残っていたジュースを飲み干す。


「本当に大丈夫?」


「おう」


「じゃあ、明日の朝に。そうだ、家政婦ってことはお礼を出さなきゃ行けないよね。相場ってどれくらいか

知ってる?」


「大体、一日銅貨十から十二枚位じゃねえの」


「結構するんだ。俺が休みの日は良いとして、毎日それだけ出すとなると大変だなあ」


 グレアムが普段どれくらい稼いでいるのかは流石に把握していない。まともな商業ギルドの職人は、自分の三、四倍給料を貰っていると聞いたことがある。彼の場合はもう少し多いと仮定して、一日に銅貨三十枚位だとサムは思っていた。


 だが、おそらく家政婦を雇っているのは裕福な人達。グレアムが躊躇するのも無理はない。ただ、サムにとっては桃に金を稼がせる絶好の機会。相場を多少下回ったとしても逃す訳にはいかなかった。


「彼女仕事探しに難航しているみたいだったから、半額位でも引き受けてくれるかもしれない」


「それじゃあ、足元見ているみたいで悪いよ」


 その反応を見てすぐに、話の持って行き方が悪かったと後悔する。半額と言えば気が楽になるか思ってのことだったが、グレアムが結構なお人好しであることを見落としていた。


(かえって気に病ませたかも。流れは悪くないからこの辺りで切り上げるか)


「ま、細かいことは明日話し合えばいいだろ」


 グレアムはそうだね、と言ってお代わりのジュースを飲み干した。


 いっそのこと桃のことを話してしまえば納得してくれるだろうか。しかし、周りには人がいる。どんな人が話を聞いているのか分からない。これ以上続けるのを諦めることにした。


店の外に出ると空が藍色に染まっていた。流石に秋祭りを過ぎるとかなり冷えてくる。そろそろ上着を引っ張り出す頃合いだろうか。


「じゃ、また明日」


「うん。その子にもよろしく伝えておいてね」


「分かった」


 帰っていくグレアムの足取りがしっかりしていることを確かめてから歩き出す。程なくして家に着き、扉を開けると熱気が流れ込んできた。


 パチパチと燃える竈、仄かに照らされている小さな部屋。その真ん中にある机の上には二人分のスープとパンが並ぶ。手をつけた跡もなければスープの湯気も出ていない。桃は船を漕ぎながらご丁寧に膝を並べて座っていた。


(馬鹿なんじゃねえの、こいつ。なんでわざわざ待っているのかな)


「おい、起きろ」


 肩を叩くと、彼女はびくっと体を強ばらせて上半身を起こした。黒く大きい瞳を一層丸くしてサムを見つめている。驚いたのはこっちだと言ってやりたくなった。


「あ、サムさん、お、お帰りなさい、ごはん!」


「ただいま」


 満面の笑みを浮かべる少女を前にして、サムはこれ以上何も言えなくなってしまった。


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