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9.ある青年の憂鬱 再び

前回のあらすじ:暫くサムの家に居座ることになった。

今回はサム視点のお話です。

 桃がサムの家に住み着き始めてから一ヶ月近く経とうとしている。本来ならば秋祭りの時に出る店の手伝いや、ちょっとした見世物で冬の生活費を稼ぎたいところだ。


 しかし、彼女を一人置いていくと何が起こるか不安で仕方がなかった。普段なら大人しくしているだろうが生憎お祭りの日。気になって外に出るかもしれない。結果サムも殆ど家を出ずに過ごす羽目になってしまった。


 しかも、最近やけに彼の家に人が来るようになった。桃が気になってひと目見に来たのだろう。サムは迷惑で仕方が無かった。


(追い返しても沸いてくるから虫みたいだ、いや、虫に失礼だな)


と誰かが来る度に思っていた。彼女が体調を崩している時は、人に見られたくないだろうに来てやるなよ、とかえって同情したくなった。


 唯一サムがまともに感じられたのがパン屋の娘。昔着ていたという服を持ってきてくれた。桃はいかにも異国風という感じの服を着ており、着替えが無いと困るだろうと考えたのだろう。


 ところが体型が全く違うため、持って来た服はとても着られそうになかった。仕方が無く毛布代わりにしていたのだが、最近は体調も落ち着き、家にあった裁縫道具にも慣れてきた様子。せっせと仕立て直すようになった。


「針、糸、針……えー、あー」


 桃が急に布を見せながら「何?」と物を尋ねてくるようになった。


(フランの所にいた狐か……? あいつだけは意思疎通が図れているみたいだったからな)


「weerthy (布)」


 ここのところ頻繁に物を指さしては何、何、ナニ? いちいち答えるのは面倒だが、言葉を覚えようと必死なのは理解できる。早く覚えてくれないと文句すら伝わらない。


「アーシー」


「weerthy!」


「エーシー?」


「だから……はあ」


 ところが中々覚えられない。というより上手く話せておらず、奇妙な言葉になってしまっていた。「ありがとう」という言葉に至っては、一回聞いただけでは何と言おうとしているか聞き取れない。「布」も既に三回位聞かれているが毎回、「ウァ」の所が「ア」になり、「スィ」のところが「シ」になっている。


(いつになったらまともに話せるようになるんだ……?)


 先が思いやられ、サムは頭が痛くなりそうだった。


(できればあの女に押しつけたかったんだよなあ)


   ***


 およそ一年前のこと。サムが賭場で働いていたある日、豪奢な服を着た男が娘を連れてやってきた。雇い主がやけに下手に出ていたため、相手が身分の高い人だということがすぐに分かる。貧民街の賭場と有力者が繋がっているのを垣間見た瞬間だった。


 娘は賭け事の類いが興味無かったようである。何のために来たのか分からないという顔で店を一周していた。そしてカードの置かれた卓に座っては少し遊び、盤の前に座っては駒を適当に並べ……という風にあちらこちらを冷やかして回っていた。来たら相手をしなくてはならないだろう。


(何で連れてきたんだよ、気が散るんだけど)


 とサムは心の内で毒づいていた。


 いよいよ彼女がサムの近くまでやってきた。流石に酔っ払った客の喧噪は見せられないと判断したのか、一部の常連客しかいない店内は静かである。普段ならカードを配ったりする彼も流石にその日はすることが無く、適当に机や道具を拭いていた。


「ねえ、少し来て下さりませんこと?」


 あからさまに気取った口調で顔を近づけてくる娘。揺れた髪からは花の香りが立ち上ってきて、彼はむせかえりそうになった。一番近くにいる従業員に軽く目配せをすると、相手も頷いてきた。「仕方ないから付きあってやれ」と言っているような顔つきである。サムは嫌な予感がしながらも彼女についていく。案の定、店の外まで連れ出されてしまっていた。


「一体どちらへ行かれるおつもりで?」


「そうねえ。街を案内して頂戴よ」


「お断りします」


「なら、一人で行くことにするわ」


 そう言ってフランは手の甲を口元に当て、勝ち誇った様な笑みを浮かべた。彼女を一人街に行かせたところで、万が一のことがあった場合はサムに責任が来ることになる、と暗に脅しをかけてきたのである。


 仕方が無くその日は彼女と貧民街であるロッジ地区を巡って過ごした。店に戻って来たとき店長に怒られたことは言うまでもない。その日は彼にとって散々な一日となったが、街の有力者の娘であるフランとは二度と会うことはないだろう。そう考えると随分気が楽になったものである。


 まさか、さらに困った人と一緒になって再会することになるとは夢にも思って居なかった。


 フランと桃はいつの間に出会ったのか親しくなっており、二人まとめて家に帰らせれば厄介払いができると考えていた。ところが、護衛であるスミスが桃を預かるには主人の許可がいるという言葉を聞いたとき、思い出してしまったのである。桃は盗賊ギルドから押しつけられた少女であることを。


(ギルド内部の人間に預けたのは、街の有力者達に知られたくなかったからだ。このまま押しつけたらギルドの連中に何をされるか分かったもんじゃない。リスクが大きすぎる)


 押しつけるだけならもっとリスクの低い相手が居るはず。サムは自らの申し出を引っ込めることに決めた。結局、意思疎通もろくにできない少女と、またしばらく一つ屋根の下で暮らす羽目になったのである。


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