107.魔法境界に現れし月 ③
前回のあらすじ:エリ様の魔法講座? 始まる
段取りが決まり次第グレアムの家に集まるという約束をして、桃は仕事を終えて住んでいる部屋に戻ります。しかしフランとエリ、そして外でフランを待っていた護衛のスミスがついてきました。
「今思い出したのだけれど、リンも誘いませんこと?」
「本当だ。誘いましょう。来てくれると嬉しいです」
しかしエリは顔をしかめました。「えー」と声を出しながらその場でぴょんぴょん小さく飛び跳ねています。
「何か問題でもあるのかしら? 彼女を置いて出かけたらそれこそ可哀想じゃない」
(リンちゃんは後ろ向きなところがあるから)
桃もフランの言葉に頷きます。
「確かにあの子はすぐにいじけそうだけどさあ、だけどね。うーん、もしかしたら大丈夫かもしれないし~、ちょっと調べてくる」
エルフは急に走って通り過ぎた広場まで向かい、細い路地へと入っていきました。三人はその姿をただ見送ります。
「何を調べると仰るのかしら。せわしない人ね」
フランはため息をついて首を振りました。
桃の住む部屋がある三階建ての家に辿りつくと、奥まったところにある裏庭の畑でリンが苗を植えていました。白い手袋には土がついているのにも構わず、いつも来ている外套の袖をまくって額の汗を拭っています。桃達が近づいてきたことに気づいたのか、長い前髪で片目を隠している顔を上げました。刹那の間に瞳が赤く、鈍い光を宿します。そしてすかさずフードを目深に被りました。
「何を植えているのですか?」
「……ラベンダー」
「素敵ですね」
フランがリンに春のお祭りの時にドラゴンの国へ出かける予定だということを、グレアムの家で行われた会話の内容を交えながら話します。
「お嬢様、また妙なことを」
後ろで聞いていたスミスは開いた口が塞がらないようでした。
「心配かけないようにするわよ、案内してくれるエルフは腕も立つそうよ」
フランはそう口をとがらせましたが、桃は内心フランを守るという点においてエリは当てにならないだろうと思いました。友人として彼女を危険な目に遭わせたくはありませんが、今回の計画はフランが中心になっているのも事実。彼女が行かないとなればお出かけそのものがなくなってしまうでしょう。それも寂しいので止める勇気を出せずにいました。急に調べ物をしにいったという下りを聞いたリンは、淡々と
「一ヶ月は帰って来ない……と思う」
と話します。
「一ヶ月……お祭りの後です!」
「間に合わないじゃないの。仕方無いわ、ドラゴンのいる国がどこにあるかは知らないけれど、最悪私達だけでも行けるか考えてみましょう。どころで貴方、約束は覚えていて? 今度私が誘った時は来るという」
リンは顔を背けて、頷きました。
「なら来てくださるかしら」
「分かっ、た」
「わあ。人が多いと楽しいですよ」
桃は満面の笑みでリンの手を握りしめました。
「貴方は箒に乗れる?」
フランに聞かれると、首を傾げました。
「……多分。乗ったことは、ある」
「なら五本で申請しておきましょう」
リンに桃を経由して詳細を知らせるという約束をしたところでサムが仕事から帰ってきます。フランは彼に「ドラゴンは男のロマンでしょう?」、「男がグレアム一人になったら寂しいでしょう?」、「モモが心配じゃないの?」、「ご飯代と宿代は私が持とうじゃないの」といった台詞でサムを言いくるめにかかります。サムの方も「ロマンなんて人それぞれだ」、「護衛のスミスを連れて行ったらあんたの親御さんも安心するし、丸く収まるだろ?」、「自分の身は自分で守るもの。というかお前らが責任持てばいいだけのこと」と応戦します。揚句の果てに「あんたらほど暇じゃないんで、それにいつでも金で釣れると思うなよ。足元を見るのも大概にしろ」と顔をしかめました。フランは「そこまで言うなら、仕方ないわね」と言い残し、その場を立ち去りました。
その晩、桃とサムは沈黙の中で夕飯を食べます。いつも静かな食卓ではありますが、一層気まずい雰囲気。
(忙しいなら仕方ないけど。二人の仲が悪いままなのは良くない気がする)
「フランさんは、来て欲しいと思っていました。きっと楽しめるって」
「あのさあ。あの女がどう思うかはどうでも良いんだよ。ざっと来る人を聞く限り俺が行く必要なさそうだし。例えばさ、あんたはどう思う訳?」
「来て欲しいですよ。その、一人ではちょっと、行きづらいです」
「ふうん」
「帰る方法も知りたいです。でも、家事を止めて行くのも……」
「俺一人でもなんとかなるけど? ずっとそうして来たんだからさ」
(そっか、あんまりサムさんの食事のことは気にしなくても良いんや。でも、自分だけやること放りだして行くのもなあ)
「ドラゴン、見たいですか?」
「は?」
「行かないと、見られないですよ」
サムは食事を終え、桃から顔を背けて頬杖をつきます。大きなため息をつきました。
「…………ドラゴンの鱗ってさ、丈夫で、透明で、綺麗な素材なんだとさ。それでナイフを作ったらどんな感じになるんだろうな」
唐突な疑問にきょとんとしつつも、想像力を働かせて、なんとか答えを出します。
「使うのが勿体ないです」
するとサムの方が小刻みに震えました。笑っているみたいです。
「違いない。自分用の土産にするならそこそこ安い偽物の方がかえって気兼ねなく使えるかもな」
お土産、という響きに桃は顔をほころばせます。
「そこに行けば売っているのかな。ドラゴンの鱗」
「分かりません。でもありそうですね」
桃は身を乗り出すのでサムはつい仰け反りました。そして、声のトーンを落とします。
「買い物ついでに付きあうくらいならしてやってもいい」
「本当ですか」
「勘違いするな、少し、ほんの少し付きあうだけだ。四六時中あんたらといるつもりはない」
とはいえサムが一人でドラゴンのいるところにいけるはずもないので、実質一緒に行く決意をしたことを意味していました。
「お仕事は大丈夫ですか?」
「日雇いだからな。話はつくだろ。急にいなくなる奴とか結構いるから向こうも急な人手不足には慣れているだろうし」




