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104.エルフの先生が来た 最終話

 エルフの女性が部屋に戻ったところで、桃は鍋を手にサムの部屋に向かいます。夜風に当たると段々と頭を整理することができてきました。


(エリっていうエルフさんは、行動とか言葉で上手く伝えられなかっただけで、とてもリンちゃんのことを想っている人なんやろうなあ。その気持ちが届いていなかったからリンちゃんは傷ついちゃって、嫌いなんじゃ無いかって思ってまって、あの人を遠ざけるような態度を取っていたんかな。ちょっとすれ違っているだけで、多分、お互いを想い合っとる)


 かけ違えたボタンを直すように、二人も仲直りして一緒に笑える日が来るといいなあ、と思いながら階段を上ると、扉の隙間から灯りが漏れているのを見つけました。サムはもう戻っていたみたいです。


「遅くなりました」


 机の上に沢山の切れ端を出して、胸元に飾るリボンを作っていたサムが顔を向けました。


「ご飯ありますが、もう食べましたか?」


「ちょっとパンを食べたけど、食べる」


 そう言って彼は立ち上がり、腕で押し出すようにして箱の中にリボンを片付けていきます。桃はそのまま竈へ鍋を温めにいきました。


「お腹いっぱいじゃないですか?」


「大丈夫」


「作るって言えば良かったですね」


「確認しなかった俺も悪い」


 今日はやけに穏やかな気がします。温まった鍋をそのまま机に置いて、サムはお粥を頬張ります。桃も少し分けてもらいました。パンの熱さに火傷をしそうになり、慌ててハフハフと口の中を覚まします。


「昼にゲラーシムの家に行ったんだけどさ」


「はい」


 サムが話しかけてきたので、桃は居住まいを正します。


「リンが食べたっていうやつ、今朝、誰かから貰ってきたものかもって話してた。昨日の夜誰かと飲みに行った帰りのことだろうけど、覚えてないっぽい」


「へえ。なら、一緒に行った人が持ってきましたか?」


「そうなるよな。誰と飲んだのかも覚えてないらしくて、隠してるかもしれないけどさ。一緒に行きそうな人に聞いてみたんだ。ジョージ――嵐の日の後、行った家にお爺さんがいただろ? あの人とか」


「サムさんのお父さんですね」


 サムは昔、少し離れたところに住んでいるお爺さんのところにいたそうです。病気を患っているらしく、今でも時々様子を見に行っていますが、なぜ別居しているのかは知りません。一度だけゲラーシムと的当てを楽しんでいるところを見たことがあります。あの二人なら一緒にいてもおかしくないだろうな、と桃も感じました。


「違うって……まあ、いいや。後はギルドで一番偉い人とか、その息子とか、話が聞けそうな人には聞いた。でも皆一緒にいなかったってさ。リンに渡して欲しいって書いた紙も見たけど、それは金を払って、別の人に書かせたものっぽい」


 なんだかんだサムも心配していたんだ、とほっこりする一方で、ある疑問が浮かんできました。


「どうして書いて貰ったって分かるのですか?」


「誰にも言うなよ」


 サムが声を一層潜めて顔を近づけます。桃は力強く頷きました。口の重さにはそれほど自信はありませんが、話の拙さは誰もが認めるところ。言いたいことさえ上手く伝えられないことがしばしばあるのに、秘密にしたいことまで上手く話せる気がしません。


「誰が書いたか、知られたく無い文字を、お金をもらって書く人がいるんだ。皆、その人の書いた文字を知ってる。誰に頼まれたか、その人に聞いてはいけない。そういうこと」


 サムがゆっくりと説明してくれます。サムの言っていることを桃なりに整理してみました。


「えっと、つまり、分からない?」


「うん。今はまだ」


 サムは肩を落として食事に戻ります。お粥も冷めてきて、サムは鍋を持ち上げて一気にかきこみました。桃も首を傾げます。それと同時にゲラーシムの知り合いである可能性が高いということが、貧民街に生きる人々のほの暗さを物語っている気がして、鳥肌が立ってきました。


 サムは食べ終わった鍋を桶に入れて、瓶の水を注ぎます。


「そもそも、本人の部屋の前に置けばいいのに……」


 とサムがぼやいたのを聞き、桃は「本当だ」と膝を打ちました。


(なんで、わざわざゲラーシムさんに渡したんやろう。そういえば、リンちゃん宛の荷物がうちらの部屋に間違えて届いていたこともあったっけ。リンちゃんの部屋の場所ってあんまり知られてないんかな?)


 机を拭きながら考え込む桃、桶のところで鍋を洗っているサムの後ろ姿を見やります。彼は目の前の鍋に集中しているはずなのに、どこか遠くを見ているような気がしました。


   ***


 二人の朝は早い。空が白み始める頃には目を覚まし、軽い朝食を済ませます。そして後片付けと身支度を同時進行で行っている間に、突如耳を塞ぎたくなるほどの重い音と、板が割れるような破裂音が響き渡りました。


 即座に二人が外に出て辺りを見渡すと、二階から一階にかけての階段に色白で長身の人影が横たわっています。二階の扉は大きく開け放たれ、風に揺られて開いたり閉じたりしていました。その度にギギギという不快な物音を立てます。


 ボサボサになった銀髪がふわふわと浮かび、下着がちらつくのも構わないで生成り色をした膝丈まである服を着ていることから、女エルフであることが分かります。


 二人は階段を降りて体を起こしに行きました。


「大丈夫ですか」


「へーきへーき」


 桃達が手を貸すまでも無く、彼女は自分で体を起こし、階段に腰掛けます。はがれ落ちた板のかけらがパラパラと地面に落ちていきました。


「こんな朝からお宅で何があったんですかね?」


「もうさ、あの子すっごく怒りっぽいんだよ。もしかしてさ、昨日具合が悪かったのって、毒を飲まされたとかじゃなくてさ、例のアレのせいだったのかな」


「例のアレ……あっいや」


 サムが口をつぐんだのを見て、桃は「例のアレ」が月のものを指していることを察します。エルフの女性は体を反らして、黄色がかった瞳を桃に向けました。


「ま、さっきのは冗談だけどね。でも、気をつけた方がいいよ、めっちゃ機嫌悪い上に、魔力の制御も効かなくなるから。ああいうときはそっとしとくのが一番」


「できていないからこうなったんですよねえ?」


「そういうこと」


 エルフはちらりと舌先を出します。そしてサムの足を掴みました。彼はふりほどこうとしますが、しぶとくついてきてなかなか離れません。


「だからさあ、今日の夜、君の部屋に泊めてよ」


「嫌です」


「いいじゃん」


「狭いですから」


「エリは狭いの平気。三人なら寝られるって」


「俺は勘弁願いたいです。モモも嫌です」


「えっ」


 勝手に断言されたことに桃は耳を疑います。


「ほら、こっちは良いよって言ってる」


「言ってない」


「そんなあ、人助けだと思ってさあ」


「近所迷惑な人を泊める趣味はありません」


「えええええ、いいじゃああああん。しかも迷惑って言った~」


 そんな押し問答が、出発時間ギリギリまで繰り広げられていたのでした。


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