それは真実への第一歩
それから何回かライアンに会ったけれど、相変わらずライアンは変なままだった。
むしろ会う度に変な度合いがあがっている気がする。
そんなライアンを見て、ライアンを王にしようとしている人たちはなんとかしようとあれこれ言ってみたけれど、ライアンに響くことはなく、すべてにおいて撃沈している有様だ。
わたしもなんとかしてほしいと遠回しに頼まれたけれど、なんとかできるのならとっくにしている。むしろ、あれに付き合うわたしの身にもなってほしい。同じ言語話しているのになにを言ってるのかサッパリわからないのだから。
そんなライアンを見て、少しずつ彼の王子を王にするのは無理があるのではという声があがっている。
「ライアン様の評判が落ち始めている」
重苦しい口調でお父様はそう言った。
それにわたしも頷く。
「そのようですね。わたしも友人たちから大丈夫かと心配される回数が多くなってきました」
「それに反比例するようにジャレッド殿下の評価があがっている」
「それも耳にしております」
お父様は頭が痛いと言うように額を押さえてため息を漏らす。
その気持ちは痛いほどよくわかる。
ジャレッド様は悪い噂が絶えない、問題の多い方だ。
自分の思うようになることが当たり前だと思っているし、思う通りにならなれければ周りに当たり散らす。散財も激しく、また女遊びも同様。
勉強も運動も嫌いで、厳しくする教師たちはことごとく辞めさせられ、残った教師たちは保身のためにジャレッド様を持ち上げることに必死という有様だ。
そんな彼が国王となった日には、確実にこの国は傾くだろう。典型的な暴君となることは想像に容易い。
だからこそ、庶子であるライアンを王に望む声があがるのだ。本来なら、正妃の子がいる現状でそのような声などあがることはないはずなのに。
「不思議ですね……ライアンの評価と反比例するようにジャレッド様の評価があがるだなんて。偶然にしてはできすぎているような……」
「私もなにか裏がありそうだと考えて探ってはいるけれど……これといったものは出てこないのよねえ……ライアン様からなにかお聞きではない?」
「いえ……ライアンは例のごとく邪竜がうんたらかんたらと言うばかりで……」
そう、とお父様は残念そうに言った。
「最近、ライアン様とあなたの婚姻に反対する声が大きくなっているわ。あの状態のライアン様を迎え入れ、公爵にするのはいかがなものかとね。その声を抑え込むのも限界が近い。このままでは、あなたとライアン様の婚約も解消となるでしょう」
「……」
ライアンを父の跡継ぎとして公爵にすることに反対の声があがることは、予想していたことだったから驚きはしない。
しかし、まさかわたしとの婚約解消を迫られるほどライアンの評価が下がっていたことには驚いた。
そして──それを嫌だと思ったことにも。
なんだかんだ言って、わたしはライアンが好きだ。
彼の妻となることを受け入れて、そのつもりで四年間ずっと一緒にいた。
それが白紙となるなんて考えもしなかったし、ライアンのいない未来なんて想像もできない。
「……それは、いやです」
そう言ったわたしに、お父様は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにニコリと笑い「そうよね」と頷く。
「なら──どうすればいいか、わかっているな?」
父として(いや、母かもしれない)の顔ではなく、公爵としての顔で言う。
それにしっかりと頷いてみせる。
「はい、お父様。必ず、ライアンを説得してみせます」
わたしのその解答に、お父様は満足げに「よろしい」と言った。
説得するにしても、まずはなぜライアンがあんなふうになってしまったのかを知らなければならない。
それを知らずに元のライアンに戻ってと言ったところで、ライアンの心にはなにも響かないだろう。
わたしはお忍びで城下に降りていた。
前にライアンと一緒に城下に行ったとき、ライアンがじっと見ていたものがなんだったのか、確かめるために。
ライアンと一緒に歩いた道を一人で歩くことにほんの少しだけ寂しさを覚えた。
でも、いいの。次はライアンと一緒に歩くって決めている。これはそのために必要なことなのだから。
「くっ! 封印されし我がすてぃぐまが疼くぜ……!」
不意にどこかで聞いた台詞を耳にし、足を止める。
振り返ると、二人の男の子がどこかで見たポーズを決めていた。
「邪竜の目覚めが近い……奴が完全に目覚める前に倒さなくては……!」
「ちげーよ! そこはもっとこう! こんな感じでやるんだよ!」
「こ、こう……?」
「そーじゃなくてさぁ!」
こう! こうだよ! と必死にもう一人の少年にポーズを伝授している。
わたしにとってはどう違うのかがわからないけれど、彼らにとってはなにかこう……迫力? 雰囲気? みたいななにかが違うのだろう。
……いや、それは今は置いておいて。
「だからー!」
「あの……」
声をかけると、男の子たちが一斉にわたしを見る。
あからさまに不審そう。それも仕方ない。突然声をかけられたら誰だって不審に思う。
「……なに?」
「君たちがさっきからやっているのって、いったいなんなの?」
「はあ? おねーさん、これ知らないの?」
遅れてんなぁ、どこの田舎もんだよ、と文句を言う少年に内心ムッとする。
こう見えて貴族のお嬢様なんですけれど!
「『邪竜滅殺伝』っていう本がぼくたちの間で流行っていて、これはこの主人公の真似をしているんです」
わたしに文句を言った無礼な少年に演技指導を受けていた少年が丁寧に教えてくれた。
この子はとってもいい子だ。
「そうなの。教えてくれてありがとう」
ニコリと笑ってお礼を言うと、教えてくれた少年は照れたようにはにかんだ。可愛い子だ。もし次に会えたらお菓子をあげよう。
「おねーさん、今から『邪竜滅殺伝』手に入れようとしても無駄だぜ。どこの本屋言っても売り切れだからな! おれたちだって回し読みしてるんだぜ」
「そうなのね……」
そこまで人気があるとは。
生意気だけど有益な情報をくれたこの子にも、今度会ったらお菓子をあげよう。
だけどわたしはこう見えて公爵家の者。
本の一冊くらい、家の権力を使ってなんとか手に入れてみせよう。
わたしは彼らによくお礼を言って、家へ戻った。
そして早速その本を手に入れようと、手はずを整えようとした。
しかし、その本は意外なところで入手できた。
「『邪竜滅殺伝』ですか……? 確かそのような題名の本を旦那様も購入されていたような……」
……お父様が持っているらしい。
執事の情報を元にお父様のところへ行くと、お父様はにんまりと笑った。
「意外と早く辿り着いたのね、サーシャ」
「お父様……もしや、ライアンがその本の主人公を真似ていることに気づいておられたのですか……?」
「当たり前よ。ライアン様は市井のことに造詣が深い……ならば、市井で流行っているものに影響を受けたのではと考えたの。まあでも……どうしてライアン様がこの真似をしようと思ったのかはわからないままだけど」
はい、とお父様は十冊くらいをわたしに手渡した。
ずんとした本の重みに腕が震える。
自慢ではないけれど、わたしの腕の筋肉は本を二、三冊持つのがやっとなくらい貧弱だ。今まで筋肉を鍛えようなんて考えたことすらないのだから当然だ。
いや、問題はわたしの腕の筋肉量ではない。
この本の多さだ!
「お、お父様……この本はいったい……?」
「それすべてが『邪竜滅殺伝』よ。全十巻。結構面白いから頑張りなさい」
シリーズものなんて聞いていない。
しかし、文句なんて言えるわけもなく、腕をフルフルとさせながら、か細い声で「かしこまりました……」と答えるのがいっぱいいっぱいだった。
なんとか一人で(手伝おうとしてくれた使用人もたくさんいたけれど意地で断った)『邪竜滅殺伝』を部屋まで運んだわたしは、部屋に引きこもって本を読んだ。
本の内容はライアンが語ったままだ。
大昔に『邪竜』と呼ばれた魔物を封印した勇者が現世に転生し、今度こそ邪竜を倒すために強敵と戦い、聖なる力を身につけ、旅の途中で出会った仲間たちと共に邪竜を討ち滅ぼすというもの。
涙あり笑いあり友情あり切ない別れありのすごい大作だった……挿絵に描かれている主人公がとても格好よく、子どもたちが真似をしたがるのも頷ける。
特に聖剣を手にするところで、主人公のために命を投げ出して強敵に挑んだ戦士の話は泣いた。最期まで格好良かった。
ハンカチを手に最後まで読み終わったわたしはパタン……と静かに本を閉じ、目を閉じた。
……面白かった。もう一度読み返そうかな……ってそうじゃない! 感動に浸っている場合ではない!
クワッと目を見開き、もう一度『邪竜滅殺伝』の表紙を眺める。
最後まで読んでみて(最初の一冊でもわかったけれど)確信する。やはりライアンはお父様の言う通り、この主人公を真似ているのだろう。
問題はなぜこの主人公を真似し出したのか、ということだ。
格好良かったっていうのも多分にある。理由の半分くらいはこれで間違いない。四年間付き合いのあるわたしが断言する。ライアンはそういう人だ。
だけど、残りの半分がわからない。
いくらライアンといえども、ただ格好良かったからという理由だけで真似をすることはないだろう。もっと別の理由があるはずだ。
この主人公の特徴といえば、痛々しい言動。それも終盤になるにつれてだいぶ改善されていくけれど、最初の方は酷かった。それが格好良いらしいけれど、わたしにその魅力はよくわからない。
あとは……前世で邪竜を封じるときに呪われたせいで、その呪いが痣となって体に現れだし、それを隠すために全身包帯だらけにしてたくらい、だろうか。ライアンもそれを再現しているようだったし。
……うん? あざ?
とある可能性が思い浮かび、わたしはすぐさま情報収集をするために、あちこちに手紙や指示を出す。
それで得た情報で、わたしの疑念が確信に変わる。
わたしはライアンに手紙を書き、彼と会う約束を取り付けた。




