当の本人は気づかない
お父様に言われた通り、わたしはライアンにこまめに手紙を書いた。
当たり障りない内容の手紙を送り、さりげなくなにか変わったことはないかと尋ねる。
それに対するライアンの回答は、
『最近は右目だけではなく、体のいたるところに邪竜の呪いの証である痣が浮かぶようになってしまった……ヤツが復活するのも近いのかもしれない』
だとか、
『近頃、いたるところから視線を感じる。恐らくオレが邪竜を封じた勇者と気づいた魔界の者たちが密偵を送り込んでいるのだろう……ここもいずれあの時と同じように荒れるのかと思うと胸が痛む』
だとか、
『約束の時が刻一刻と迫っている……サーシャ、オレがオレでなくなったときは、構わず逃げろ』
だとか、そんな痛々しいものばかりだ。
ちなみに二つ目の視線とやらは、お父様がつけたライアンの見張りのものだと思われる。
そもそも魔界ってなんだろう。悪魔とか怪獣とかゾロゾロいるのかな。
約束の時とやらも気になるけれど……たぶん、邪竜の封印うんぬん関係のやつだろう。
オレがオレでなくなったときって、今じゃないだろうか?
本当にライアンはどうしてしまったのだろうか。
これは手紙だけではなく、実際に会って確かめるべきなのでは……という気がしてきた。
思い立ったら即行動がわたしのモットーだ。
さっそくライアンに返事を書き、次はいつ会えるのかと尋ねる。
すると、『左腕にある聖痕が疼いて今は誰にも会えない』だの、『しばらく魔界の者に気づかれないように身を潜めなくてはならない』だの、よくわからない答えばかりが返ってきた。
それで二ヶ月近くのらりくらりと躱され続け、さすがのわたしも堪忍袋の緒が切れた。
いい加減にしろや、という内容を貴族的に婉曲な物言いで書き連ね、ようやく明後日に会う約束を漕ぎ着けた。
前に会ったとき、しばらく会えないかもしれないと言われたけれど、まさかあれから三ヶ月もの間会えなくなるとは思わなかった。それもよくわからない理由で。
ライアンに会ったら絶対に文句を言ってやる。
そう意気込んでいたわたしだけど、実際にライアンに会ったらそんな気持ちは遥か彼方に飛んでいってしまった。
なぜなら、ライアンはとても痛々しい姿に成り果てていたからだ。
「ラッ、ライアン、どうしたのそれ……!」
ライアンはあちこちに包帯が巻かれていた。
額、首、腕……そして疼くと言っていた右目──ではなくなぜか左目に眼帯がされていて、とても痛々しい。
どんなことをしたらそんな怪我ができるのかと思うくらいに、ライアンは立派(?)な包帯男に成り果てていた。
「やあ、サーシャ。見苦しい姿ですまない」
「それは全然構わないけれど、その包帯……」
「ああ、これか。これは邪竜との戦いに備えて密かに特訓をしていたときにね……オレには邪竜と戦うためにとんでもない力が眠っていたようなんだ。その力を使った結果がこの有様さ……」
フッと芝居かかった口調と仕草をするライアンは、前に会ったときと変わらず胡散臭かった。
わたしは呆然としてしまって、「はあ」と答えるのがやっとだった。
というか、それ以外になんて言えばいいのかわからない。
「この力を制御できるまでは怪我が絶えないだろう……これはそう、いわば巨大な力を手に入れるための代償……だからこれからもっと見苦しい姿になるかもしれないが、なにも心配する必要はないんだ、サーシャ。これは神がオレに与えた試練なのだから……」
「はあ……」
「ちなみに、この右手の包帯は聖痕を隠すためのカモフラージュだ。……おっと、見たいなんて言ってくれるなよ。これは邪竜との戦いまでは誰にも見せてはいけないという定めになっている……それを破ったら、オレは邪竜を再び封じることが不可能になってしまう」
「はあ」
聞いてもいないのに勝手に語り出すライアンにわたしはぽかんとしてしまう。
ライアンの言葉がなにひとつ頭に入ってこない。おかしいな……そんな難しいことを言ってるわけでないはずなのに。
右手を額に当て、左手はお腹に回し、なんとなく腹の立つ笑みを浮かべながら、邪竜がうんたらかんたら、セイントフォースがうんたらかんたら、スティグマがうんたらかんたらと語るライアンを見て、わたしは彼が遠くの世界の住人になってしまったかのような気がした。
……もちろん、物理的な意味ではなくて、精神的な意味で。
なおもわけのわからないことを語り続けるライアンの話を遮って、わたしは尋ねた。
「というわけで、邪竜はまだ復活していないんだけど、その邪悪な力で魔界の者たちを使役して──」
「ねえ、ライアン」
「うん? なんだ?」
「なにか、嫌なことあった?」
ライアンはわたしの質問にきょとんとした顔をした。
「嫌なことって?」
「誰かに……なにか、言われたの?」
「……」
ライアンは一瞬真顔になったけれど、すぐにニコリと笑った。
「まさか。そんなわけないだろ? だって、オレは今王子だし」
オレに悪口を言える奴なんていないよとライアンは笑う。
それはそうだ。ライアンに直接悪口を言える人なんてそうはいない。
「ジャレッド様とは最近お会いしていないの?」
「いや。ジャレッド様……兄上とはお会いしていない」
「じゃあ、ザラ様は?」
「ザラ様も同じだよ。サーシャはなにを心配しているんだ? お二人とも庶子であるオレによくしてくださっている。サーシャが心配するようなことなんてなにもない」
そう言ったライアンはわたしのよく知るライアンの顔で、さっきまでわけのわからないことを言っていた彼とは別人のようだった。
それと同時に、これ以上踏み込んでくるなという無言の圧みたいなものも感じて、わたしは「それならいいの」と笑うことしかできなかった。
そんなわたしをライアンは変な顔をして見つめ、言った。
「サーシャ、なんか今日、変だぞ? なにか変なものでも食べたのか?」
「……」
ライアンにだけは言われたくない。
そう言いたいのをぐっと堪え、無言で彼の足を踏みつけた。




