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■第十八話■ 時雨と睡とこれから



「来たか、蓮太郎」



 蓮太郎が利用している、いつものボロボロの修練場。

 到着すると、既に時雨が待っていた。

 いつも通りの衣装。

 マジメな彼女は、蓮太郎との特訓時には必ずこの恰好を欠かさない。



「次の任務が入ったら、また獅子原校長から連絡が来る予定になってる」

「ああ、次の任務も、私が同行できるかはわからないが、特訓に関しては欠かさず進めていこう」



 時雨は胸を張り、意気込みを見せる。

 彼女も、蓮太郎の師匠として気合が入っているのかもしれない。

 蓮太郎には、これから任務に臨んでいく上で、鍛錬を積まなければならないことが多くある。

 剣術、遁術、そして《刃》の探求は勿論。

 それに、今回は即席で時雨と零に協力を要請したが、今後は任務の規模や内容によって、人材を選定し、もっと多くの人間を指揮しなければならない時が来るかもしれない。

 学園内の生徒の情報や、能力を調べて熟知しておく必要もある。

 課題は山積みだ。



「よし、ではまずは日課の素振り千本からだ」

「あれ……素振りは500回じゃなかったっけ?」

「何を甘いことを。行く行くは【アサシン】の頂点を担う者として、これからはもっと上を目指さねばならないのだぞ。この私も、ビシバシ行くからな」



 どこか楽しそうに頬を紅潮させ、時雨は言う。

 彼女も、教え子の育成に楽しさを見出してきたのかもしれない。

 まぁ、自分だからいいけど……もしも将来的に教師を目指すのなら、あまり今の内からスパルタ思考にならない方がいいのでは?

 と、思う蓮太郎だった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇




「ふぅ……疲れた」



 今日の時雨は、かなり気合が入っていた。

 今回の任務の成果で、蓮太郎がこの上ない評価を受けたことも、そして参加した彼女自身の評価も上がった事も、彼女のやる気を促進させる一端だったのかもしれない。

 ともかく、疲労の溜まった体を引き摺り、蓮太郎は修練場から寮へと帰る。



「お帰りなさいませ、兄さま」



 木造平屋の宿舎、天見家の兄妹が暮らす一軒家。

 居間に上がると、既に夕食の準備を終えていた睡が出迎えた。



「おお、旨そうだな」

「いただきますの前に、まずは着替えと手洗いをしてくださいね」



 まるで母親の様に、睡は言う。

 まぁ、今の天見家にとっては、睡が母親のようなものだ――と、蓮太郎は率直に思った。



「いつもよりお帰りが遅く、心配していましたよ」



 着替えを終え、準備を整え、蓮太郎は食卓に着く。



「空蝉様と特訓を交え、鍛錬を積むのもいいですが、あまり体を酷使し過ぎると取り返しのつかないことになりかねませんよ」



 茶碗を並べながら、睡はくどくどと蓮太郎に言う。



「わかってるよ……あ、そうだ、睡。ちょっと話しておかなくちゃいけない事があるんだ」

「はい?」



 夕餉が並び終わったタイミングを見計らい、蓮太郎は睡へと告げた。

 卓袱台を挟み、二人は向かい合う。



「昨夜の任務の話なんだけどさ」

「……ええ、聞いております」



 睡は、どこか目線を伏せるようにして、そう答える。



「既に、学園内でも噂になっておりますゆえ」

「え? あ、そうなんだ……」



 流石は【暗殺者】の学園。

 話が広まるのも早いものだ。



「最初、兄さまが任務に行くという話を聞いた時には、半信半疑でしたが……本当だったのですね」

「ああ、それで報酬が入ったんだ。また通帳を確認しておいてくれ」



 箪笥の一番上の棚を指差す蓮太郎。

 通帳、印鑑はそこに仕舞われており、基本的に家計として睡が管理している。



「獅子原校長から事前に聞いてたんだけど、結構な額なんだ。これからは、もっと豪勢なものも食えるし、ああ、そうだ、お前のお小遣いも増やせるぞ」

「まったく……睡はそんなこと気にしていません」



 ぷいっと、そっぽを向く睡。

 しかし、その頬は桜色に染まっている。

 睡の事を思う蓮太郎の発言が、恥ずかしく、嬉しいのだろう。



「それと、もう一つ伝えておきたいことがある」



 そこで一転し、蓮太郎は真面目な表情となる。



「このまま任務を続けていけば、真相に辿り着けるかもしれない」

「え?」

「父さんの汚名を晴らせるかもしれないんだ」



 その言葉に目を見開く睡に、蓮太郎は語る。

 昨夜、任務中にあった出来事。

 時雨が遭遇したという、謎の男の事を。



「そんなことが……」

「ああ、父さんは、異能暗殺者(アサシン)を裏切ってなんていない」



 あくまでも推測だが。

 だが、少なくとも、可能性がゼロではなくなった。

 それだけで、とても大きな事なのだ。



「その事が証明できれば、裏切り者の汚名を晴らせれば、俺達の……天見家を再建できるかもしれない」



 裏切り者の汚名を拭い。

 覚醒した力で、名を挙げる。

 決して、この世界のトップに立とうという大それた目標は抱かないが……それなりの実績を残せれば、天見家の処遇も良くなるはずだ。

 自分の勝手で家族のままとなった睡にも、嫌な思いをさせずに済む。

 そう、蓮太郎は考えていた。



「……兄さま、その任務には、睡も参加できるのでしょうか?」



 そこで、少し黙っていた睡が、意を決したように呟いた。



「睡……」

「睡も、お力になりたいのです……天見家の汚名を返上するために、力を行使したいと思っています」



 彼女の真っ直ぐな視線を受け、蓮太郎は眉尻を落とす。



「ありがとう。その時が来たら、助けてもらうよ」



 そして二人は、夕食を平らげる。

 一日頑張って鍛錬に耐えた体に、満腹が合わされば眠くなる。

 食器の後片付けを二人で終え、蓮太郎は早速就寝に入ろうとした。



「兄さま」



 すると、睡に服の裾を摘ままれた。



「……今夜は、久しぶりに一緒の寝床で寝てもよろしいでしょうか」

「え?」



 振り返り見下ろすと、睡の俯き加減の顔が見える。

 いつもしっかり者の彼女が、今は、年端も行かぬ少女の顔をしている。



「昔の様に……なんだか、今日は、そんな気分なのです……い、嫌ならば決して無理強いはしません」

「………」



 というわけで、蓮太郎はと睡は、この夜一緒の布団で寝る事となった。

 といっても、枕を並べるのは数年ぶりの事だ。

 昔、子供だった時に比べ……今の睡の成長した体が……特にアンバランスなほど豊満な胸が、一晩中腕に押し付けられる形となってしまった。

 仕方が無いとは言え、蓮太郎はその夜、熟睡する事ができなかったという。




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