■第十九話■ 山王からの因縁、再び
翌日――。
異能暗殺者の未来を担う、若者達を教育・育成する学術機関。
東郷学園。
その校舎へと続く正門周りは、今日も登校中の生徒達で賑わっている。
寮に住む者もいれば、家から直接通っている者。
生徒によっても、その家庭事情は様々だ。
そこで――。
「おい、見ろよ」
登校中の生徒の一部が、何かに気付き、声を上げる。
彼等の目線の先には、石畳の道を歩き進む一人の女子生徒がいた。
スカートからすらりと伸びた足、艶やかな菫色の髪。
カッターシャツに収まりきらない程の巨乳。
整った顔立ちに、意思の強そうな目元が特徴的な彼女は――空蝉時雨。
「きゃあ、時雨様!」
「相変わらず、今日もお美しいわ……」
一部の女子生徒達が色めき立っている。
優等生で眉目秀麗な彼女は、この学園内でも有名人である。
嫌でも注目を集めてしまうのだ。
「……む」
そこで、それまで普通の様子で歩き進んでいた時雨が、何かに気付き、歩調を早める。
どこか緊張したように自身の衣服や髪の乱れを気にしながら、自分よりも先を歩いていた彼に、声を掛けた。
「おはよう、蓮太郎」
「ああ、時雨。おはよう」
彼女が朗らかに挨拶をしたのは、黒髪の、別段周囲から劣るような顔立ちではないが、それでも際立って目を引くわけでもない、そんな男子生徒。
その彼の姿を見て、それまで時雨に見惚れていた者達も、ざわつきを起こす。
時雨が特定の男子生徒に声を掛けるという時点でも大事件なのだが、その声を掛けた自分が問題なのだ。
彼――天見蓮太郎は、周囲に発生した異様な空気に気付く。
「えーっと……なんだか、注目を集めちゃってるな」
「そうか?」
特に意にも介していないように、時雨が小首を傾げる。
すると、そこで。
「おはよう」
小柄な女子生徒が、時雨とは反対側から蓮太郎に近寄って来た。
「零、もう体の方は大丈夫なのか?」
「問題無い。異能暗殺者の医学薬学は世界一」
と、よくわからない返答を返す彼女は、朽木零。
先日の任務で蝕まれた神経毒は、完全に後遺症も無く治療された様子だ。
零の登場も重なった結果、周囲のざわつきは、更に一層強くなる。
「……あいつが、例の薄血の」
「空蝉時雨と朽木零も一緒だぞ」
「やっぱり、噂は本当だったのか……」
ひそひそと呟かれる言葉の中を、歩き進む三人。
なんだか居心地の悪さを覚える蓮太郎に対し、時雨と零は特に何とも思って無さそうだ。
時雨は慣れ、零は性格柄、だろうか。
「蓮太郎、次の任務はいつ?」
と、右隣の零が聞いてくる。
「また、私を同行させて。頑張るから」
「まだ任務の内容は不明だ。その時にならないとわからない以上、約束はできないぞ」
時雨がぴしゃりと言う。
「うん、まぁ、その時が来たら前向きに考えて――」
と、そこまで言い掛けて、蓮太郎は気付く。
校門から校舎へと繋がる道の途中。
そこで蓮太郎達の前に、立ちはだかった存在がいた。
立てられた白髪に、鋭い目付きが特徴的な、背の高い男。
頬に湿布が貼られている。
そして彼の後ろには、数名の手下達が控えている。
「……山王」
「よう、天見」
男――山王咢人は、口端を吊り上げながら蓮太郎を見据える。
「しばらく見ねぇ間に、ずいぶんと偉くなったみてぇだな」
以前までと変わらない、見下すような口調と態度。
お山の大将然としたその人格は、〝あの一件〟を経ても変わらないようだ。
「それに、任務に参加した? どうせ、目付役の後ろに引っ付いて、こそこそ逃げ回ってただけだろ」
山王は蓮太郎に対し、高圧的に突っかかって来る。
彼にとっては、前回の敗北などもう過ぎた事なのだろうか。
それとも、だからこそ威圧せずにはいられないのか。
「生きて帰れただけでよかったな」
「あんな目にあっておいて、随分でかい口が叩けるな、山王」
そこで、蓮太郎の左隣。
時雨が、冷酷な目線を携え二人の間に割り込んだ。
その行為に、山王が双眸を鋭くする。
「なんだよ、時雨。テメェだって、偉そうな口叩ける立場でもねぇだろ。俺に足も出ず無様な姿晒したテメェがよぉ」
「………」
先日の一戦を引き合いに出し、山王が煽る。
「あの時のこと、この場で詳しく語ってやろうか? 聴衆もいることだしな」
「好きにしろ。何なら、もう一度再戦するか?」
対し、時雨は冷静だ。
凛然とした声音で、山王に真っ向から挑む。
「私は構わないぞ。二度同じ轍を踏むほど、学習能力が無いわけではない。窃盗した【魔道具】も失った貴様が、次にどんな小細工を弄するつもりかは知らないが、今度手も足も出ず敗北するのは貴様の方だ」
時雨の見下すような視線に、山王は舌打ちを返す。
「山王咢人」
そこで、不意に零が口を開いた。
「蓮太郎にコテンパンにされ、救急医療センターに搬送。それから丸一日昏倒。目覚めてからは、事の顛末を知ると取り巻き達に当たり散らし、更には山王家から失態に叱責を食らう始末。はっきり言って情けない」
「アァッ!?」
どこから調べてきたのか。
無感動に事実を述べる零に、山王が声を荒らす。
空蝉時雨と朽木零。
言ってもこの二人は、【アサシン】の世界の中でも、上位に名を連ねる名家の出身……いわば、周囲から一目置かれる存在だ。
そんな二人と、同等の立場の山王が朝から校門前で喧嘩沙汰になっているとなれば、嫌でも注目が集まる。
蓮太郎は嘆息する。
今や、彼等の周囲には人だかりが出来上がっていた。
「……んだよ、お前ら」
時雨と零、二人が蓮太郎を守るように並び立つ。
それを前にし、山王が気後れしたように喉を鳴らした。
「時雨……テメェだって、少し前までは天見の事を見下してやがったろ」
「それは、私が彼を正当に評価できていなかっただけだ」
そこで、周りに出来上がった生徒達の中から、声が聞こえてくる。
「なぁ、さっきの話、やっぱり本当だったのか?」
「山王の奴……天見に負けたのか」
「で、朝から当たり散らしてるの? 情けない奴」
「でも、天見もやるよな。空蝉さんを守るために立ち向かったんだろ?」
「実は、かなり強かったって……」
「実力を隠してたのか」
「父上から聞いたけど、任務に同行した鬼寺様が、かなり高く評価してたんだってよ」
「本当かよ、あの厳しくて有名な鬼寺様が?」
ざわざわと広がる言葉の中、山王は忌々し気に蓮太郎を睨む。
そして舌打ちをすると。
「チッ! ……行くぞ!」
状況に狼狽している手下達を引き連れ、そそくさとその場を撤退する。
その後ろ姿に対し、時雨と零は、ふんっ、と鼻を鳴らす。
「朝から気分の悪い奴、気にしないで蓮太郎」
「いいよ、慣れてるし」
むしろ、今のような状況の方が慣れない部分もあるが。
零に言うと、蓮太郎はさっさと前へと進む。
「早く行こう、授業が始まる」
頷く時雨と零とともに、蓮太郎は校舎へと向かって歩き出す。
この物語は、ここで一旦完結となります!
応援いただき、ありがとうございました!




