■第十七話■ 十二家の亀裂
――……任務の翌日。
東郷学園――校長室。
「以上が、今回の任務の結果報告になります」
椅子に腰掛けた、東郷学園校長――獅子原季子を前に、蓮太郎は昨夜の任務の報告を行っていた。
「ご苦労様」
報告を終えた蓮太郎に、獅子原は落ち着いた声で労う。
「入手した【魔導具】は、鬼寺君から異能暗殺者統括本部へ引き渡され、保管という形となったわ。まだ研究が必要だけれど、場合によっては、今後の【アサシン】の強化に充てられるかもしれないわ」
【魔道具】――【異界の扉】
【魔界】のモンスターを召喚できるという力は、かなり強力なものだ。
野放しにしては問題だが、きちんと管理された下で行使される力となれば、これ以上にない抑止力となるだろう。
「奪還は無事成功。ターゲットの黛元徳が死亡したことにより、彼がどのようなルートで【魔道具】を入手したのか、その具体的な話は聞き出せなくなったのは残念だけれど……」
「はい、それに関しては、時雨から話を聞いています」
蓮太郎は、時雨が任務の途中で遭遇したという、怪しい男の件を出す。
おそらく、蓮太郎達を分断した《刃》を使う張本人。
そして、黛に【魔道具】を与えたという者達の一人。
何らかの組織に所属しているのか、どれほどの規模なのか、それはわからない。
「名前は、雷同……と名乗ったそうね」
「はい」
「今のところ、その名前に聞き覚えはないわ。無論、その人物が仮名を名乗った可能性の方が高いと思われるけれど」
しかし、貴重な情報と思われる。
【魔道具】を収集し、一般人に譲渡し、悪事に手を貸す組織が存在する。
その事実を突き止める切欠となったのだから。
「結論から言うと、今回の任務はほとんど成功と言っていいわ。想定以上の成果よ」
微笑みながら、獅子原校長は言う。
「報酬の方は、今日中に支払うよう指示しておくわ。本当にご苦労様、天見君」
「それを聞いて安心しました」
安堵の表情を見せる蓮太郎。
これが初任務……一体、どのような評価を受けるかわからなかったため、ずっと緊張した面持ちになってしまっていた。
報酬も出ると言っている。
明日はご馳走だな……と、蓮太郎は我が妹、睡を思い浮かべながら内心でニヤニヤする。
「ええ、私も安心したわ」
獅子原校長が、そこで髪を掻き上げながら呟いた。
「これで、反対派の連中を頷かせるための上積みが一つできた」
「……?」
彼女が不意に呟いた言葉に、蓮太郎は疑問符を浮かべる。
「反対派?」
「ええ……先日話した事は覚えているかしら? 私をはじめ、【アサシン】を束ねる大本家――十二家の者達の多くは、貴方を我々異能暗殺者の未来を担う、重要な人材であると判断した、と」
蓮太郎は頷く。
正直、分不相応の期待を掛けられているというか、いまいち大袈裟に評価されているとは思うが、彼女は確かにそう言っていた。
「でも実を言うとね……十二の家の中には、君がこの先、【アサシン】の世界で上へと昇っていくことを良しと思っていない者もいるの。
「それは……まぁ、そうだとは思いますが」
天見家という八等分家の出身。
昨日まで、薄血頭領と揶揄されていた立場だ。
そんな、しかもまだ年端も行かない未熟者の【アサシン】が、やがて自分達の上、頂点に君臨する……などと言われて、納得する者の方が少ないだろう。
「貴方にミッションへ臨んでもらうのには、貴方の成長のためという点以外にも、この反対派の者達に対して、実績を積み納得させるためという理由もあるの」
「なるほど……」
「……中でも、遠く貴方に血を汲む、龍堂家と己義家が対立している」
「え……」
父方の血筋……龍堂家。
母方の血筋……己義家。
この二つが対立していると聞き、蓮太郎は思わず瞠目する。
「言わずもがな、大本家の中でも初代から血を引くこの二家の発言力は大きい。更に他の十家も同じように分かれ……六家と六家……賛成派と反対派は、今のところ五分といったところよ」
「ちなみに……反対派に回ったのは」
「龍堂家よ」
まぁ……仕方が無いといえば、仕方が無い。
自分達の立場を脅かすと言われている、胡散臭い存在が自分なのだ。
その扱いは、甘んじて受け入れるしかない。
「……ところで」
報告は終わり、蓮太郎は校長室を後にする。
一礼し、扉を開けたところで、後ろから獅子原校長に声を掛けられた。
「記憶には無い? あなたの父が、貴方に対して何か【魔道具】を使ったとか……そういった記憶は」
「……俺の力が覚醒したのには、【魔道具】が関わっていると?」
「その可能性は、否めないわ」
覚醒……と呼べば奇跡のような力だが、あまりにも恵まれすぎた力だ。
そんな力がいきなり目覚めるなど、やはり理由があると見るのが当然だろう。
「今のところ、特には記憶にありません」
しかし、蓮太郎の頭の中には、そんな記憶は無い。
……無論、可能性がゼロであるとは、言い切れないが。
◆◇◆◇◆◇◆◇
校長室を出た蓮太郎は、廊下を進む。
現在日中の東郷学園敷地内では、各教室や施設で授業が行われている。
蓮太郎もいくつかの授業を専攻してはいるが、座学以外の実技に関しては、現在は時雨とのマンツーマンが主のため参加していない。
……というより、今更顔を出すのも居心地が悪いので出るのに気が向かないというか。
今まで参加を拒否していた人間が、当たり前のような顔をして授業に出て来ても、周りに嫌な顔をされるだろうし。
「……いや、いつまでもそれじゃいけないな」
時雨との授業が一段落したら、一般の実践訓練へ出る事も考えよう。
そう思いながら校舎内を進みつつ、蓮太郎は記憶を想起する。
先程の校長室で、獅子原が語った話の内容を。
『貴方の父親が収集していた【魔道具】は、【魔道具】の中でも高名な錬金術師の作成した【ベリエッタ・シリーズ】と呼ばれるもの』
獅子原校長が言うには、かなりレアリティーの高い代物らしい。
『総数は全てで、88種……ナンバリングがされているわ。ちなみに、今回回収した【異界の窓】もその一つ。№は58番』
『その【魔道具】の一部が、父が異能暗殺者を裏切ったという事件の騒動の中で、紛失したり、今も横流しされているというわけですね』
それらを回収するのが、自分の役目だ。
そう蓮太郎は考える。
その案件を追っている内に、もしかしたら父の裏切りと死の真相に近付けるかもしれない。
淡い期待ではあるし、自分の願望もあるかもしれないが。
少なくとも、父は【アサシン】を裏切ってなどいなかったのかもしれない。
【魔道具】を収集していたのは、悪の手に渡るのを防ごうとしていたからではないのだろうか。
昨日、時雨が遭遇した雷同という名の男……その男が零した情報を頼りにするなら、そうともとれる。
父は、【魔道具】を収集し、それは【魔】に横流ししていたと言われている。
薄血と呼ばれ、疎まれ不満を覚えていたからだ、と。
でも、本当は悪人に渡らないように封印しようとしていたのでは?
それを感付かれ、裏切り者に仕立て上げられたのでは?
父の裏切りの真相は明らかになっていない。
死亡したという事実だけを教えられて、そしてすべてが終わった。
そもそも、それ程希少価値の高い【魔道具】を、どうやって父が集められたのか?
〝薄血頭領〟の父が。
きっと、協力者だっていたはずに違いない。
「………」
謎は深く、すぐに究明できるものではないかもしれない。
だが、決意は固まった。
自分は異能暗殺者の頂点に立つつもりはない。
そもそも、そんなのおこがましい。
でも、この任務を続けて行けば、父の死の真相を探り、汚名を晴らせるかもしれない。
そのために命を懸けるのは、惜しくない。
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