■第十六話■ 黒幕、そして任務終了
一方、その頃。
「はぁ……はぁ……」
空蝉時雨は、無機質な通路を駆けていた。
気付けば蓮太郎達とはぐれ、見知らぬ通路の真ん中におり、オーク兵の一団と遭遇し戦闘になった。
それらは何とか退けたが、自分が完全に孤立してしまっている事に気付く。
寄る辺の無い状況の中、彼女は自身の《刃》――《絡新婦》を、それこそ蜘蛛の巣のように周囲に張り巡らせた。
それは、彼女の《絡新婦》の応用技。
壁や天井、床、そこに走る振動を感知し、周囲の状況を探るという技術だ。
これにより、一際激しい戦闘が行われている場所を、下階から感じ取る事に成功。
その地点に向かって、彼女は向かっている最中だった。
「蓮太郎……無事でいてくれ」
脳裏に彼の姿を思い浮かべながら、時雨は呟く。
その瞬間。
「お、なんだ、まさか生き残ってるとはな」
「ッッ!」
真後ろ。
ほとんど、背中越しだった。
突如、背後から発生した声に、時雨は俊敏に反応する。
気配を感じた次の刹那には、腰の小刀を抜き、振り抜いていた。
「っとぉ」
その攻撃を、相手は軽やかな体捌きで回避する。
互いに距離を取る様に跳躍――通路の端と端に各々着地した。
(……馬鹿な)
時雨は内心で動揺する。
どうやってこの距離まで近付かれた。
否……この男、いつの間に現れた?
時雨の前に立つのは、浮薄な雰囲気の漂う男だ。
黒色の長髪に、細身の眼鏡。
外見こそ中性的だが、どこか信用ならない気配を放っている。
「ふぅん……ま、今回はこっちの完敗ってところか」
一方、その男は、時雨から視線を切り、通路の奥を見ながらそう呟く。
「仕方が無ぇな。黛の奴も、とっとと逃げりゃいいものを、禁止ページにまで手ぇ出して自爆しちまったようだし」
なんだ……何の話をしている。
油断無く構えを取りながら、時雨は男の口ずさむ言葉に神経を注ぐ。
今正に、重要な言葉が紡がれている可能性もある。
「異能暗殺者が収集し、闇の世界に渡らないように封印しようとしていた【魔道具】……奪い取った、その内の一つをわざわざ与えてやったんだが……ま、器じゃなかったってことか」
「貴様……」
その発言に、時雨は眉間を顰める。
「つーわけで、俺は退散させてもらうぜ。ここにはもう用は無ぇし」
「逃がすと思うか?」
発言の端々で理解した。
この男もまた敵。
しかも今回のターゲットとなった黛の裏に隠れた……いや、上に立つ何かの構成員の可能性が高い。
速やかに投降させる必要がある。
判断と同時、時雨の《刃》が発動した。
空間を煌めき、跋扈する数本の糸。
それが相手の体に絡まり、全身を拘束する。
――糸が絡まると同時に、相手の全容が八つ裂きになった。
「!」
切り裂くはずはなかった。
否――肉体とは思えぬほどの硬度であったため、思わず切り裂いてしまった。
だが、それもそのはず。
切り裂かれた男の体は、まるで霧のように、空中に霧散して消失したのだ。
「これは……幻覚?」
どのような理屈が働いているのかわからないが、幻覚だ。
時雨は瞬時、自身の周囲に蜘蛛の巣のように糸を張る。
防御のための結界である。
「……この力を使って、我々を分断したのか?」
「ご名答。ああ、そう身構えるなよ。俺も、もう撤退するから」
どこからともなく、男の声が聞こえてくる。
「じゃあな、次に会う事はもう無いだろうけど。名前くらいは名乗っといてやるぜ。俺は、雷同だ。あばよ」
その言葉だけを残し、空間には静寂が戻った。
時雨は糸を解く。
思いがけない遭遇だった。
どうするべきだろう。
おそらく、今回の黒幕に逃げられたようだ。
追うべきか?
「……いや、どこに逃げたかもわからない相手を追っても、無駄骨だ」
今はともかく、先に進むしかない。
判断を下し、時雨は目的の場所に向かって疾駆を再開した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
――……そして、数分後。
目的の場所へと辿り着いた時雨は、その光景を前に瞠目する。
「これは……」
《暁の船》地下施設。
その奥底に現れた、一際広い空間。
そこに、巨大な塊が鎮座していた。
植物のように見えるが、体の至る部位がどす黒く変色し、腐り始めている。
どうやら、すでに決着がついているようだ。
そして、その塊の前に佇む少年が一人。
「……蓮太郎!」
時雨はその少年の正体に気付き、駆け寄る。
彼は左手に日本刀を持っている。
刀身まで漆黒の黒色に染まった日本刀だ。
だがよく見ると、徐々に、その刀身の色が普通の金属のものへと戻りつつあるようだ。
「……蓮太郎?」
その背後まで駆け寄ったところで、時雨は改めて声を掛ける。
彼はゆっくりと、その場で振り返る。
「時雨! 無事だったか!」
いつも通りの天見蓮太郎だった。
先刻、一瞬だけ彼らしくない気配を感じたが……どうやら杞憂だったようだ。
「よかった、これで全員誰も欠ける事無く合流できた」
「全員……」
時雨が見ると、鬼寺と零の姿もあった。
零は壁際に横たわり、安静な状態を保つような姿勢になっている。
スーツも襤褸切れと化している姿から、おそらく相当疲弊しているのだという事がわかる。
「蓮太郎、一体、何があったんだ?」
「この植物は、ターゲットの黛が【魔道具】を用い召喚した【魔界】のモンスターだ」
蓮太郎の手中から《刃》が消える。
そして、髪を掻きながら、彼は言い辛そうに告げる。
「黛は、このモンスターに捕食され死亡したみたいだ。残念だが、捕縛任務は失敗だ……」
「……そうだったのか」
「すまないな、指揮官の俺がもっとしっかり状況を見定められてたら、もっとましな結末になってたかもしれないのに」
「そ、そんな事は!」
「待て、天見」
そこで、鬼寺が動く。
彼はヒュドラの残骸の中に進むと、死肉の狭間に腕を突っ込み、何かを取り出した。
「それは……」
「全くの失敗、というわけでもない」
鬼寺が取り出したもの、それは、一冊の本だった。
【魔道具】――【異界の門】。
【魔道具】ゆえに特殊な作りだったからなのか、偶然か、消化されず無事だったようだ。
「【魔道具】の回収には成功した。これで、此度の任務には意味があったと報告できる」
「そうか……それは良かった」
安堵する蓮太郎。
そんな蓮太郎を、鬼寺は静かに、しばらく見て。
「天見、この任務の当初、俺の言った言葉を覚えているか」
『お前の実力を見定めさせてもらい、ありのままを季子様に報告する』
鬼寺は厳正な意思を持って、そう言った。
「やはりお前は、まだ未熟だ。全体を通しても、判断や行動に所々ムラがある」
「………」
「だが、今回、お前が任務を継続すると判断し、更に急激な力の成長を起こした事で、難敵を退け、皆が無事に任務を終える事が出来た」
鬼寺の表情が、そこで和らぐ。
「お前の成長が楽しみだ」
「……鬼寺さん」
「話は以上だ。とっとと撤退するぞ」
鬼寺の言葉に、蓮太郎と時雨は向き合い、笑顔を浮かべる。
蓮太郎は、まだ体が自由に動かない零を背負い、その後に時雨が続く。
かくして、天見蓮太郎が指揮を務める初めての任務は、終了となった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
《暁の船》の隠れ家を出て、岩肌が並ぶ山間。
鬼寺は通信機器を片手に、報告作業を行っていた。
『了解。後処理のための部隊をすぐに派遣するわ。負傷等の治療も、その際に行ってちょうだい』
「かしこまりました、任務に関する報告は、改めて学園に戻った天見の口よりさせます……季子様」
鬼寺は通話の相手――獅子原季子に、そこで言う。
「此度の任務で、天見の中に眠るもう一つの力が目覚めました……白と黒、原初の【アサシン】の力……覚醒を果たしたというわけです」
『ええ』
「当初は半信半疑ではありましたが、天見蓮太郎……本当に、この異能暗殺者を……いえ、闇の世界に君臨する器の持つ者なのかもしれません」
『そう……私はそう信じているわ』
獅子原は、低く真剣な声音で言う。
『そのためにも、乗り越えなくてはならない障害はまだ多く存在する。私達で支えるのよ』
◆◇◆◇◆◇◆◇
「大丈夫か? 零」
山間。
支援部隊が来るまで、ここで待機する形となった。
最もダメージの薄い時雨が、部隊の到着を発見するために高台で見張りとなっている。
そして蓮太郎と零は、岩肌に腰を下ろし休憩していた。
「支援部隊が来れば、もう大丈夫だ。きちんと治療も受けられる。おそらく、後遺症も残らないだろう」
「……うん」
零は間近で、蓮太郎を見上げて言う。
「ごめんね、蓮太郎。迷惑かけて」
「それはもういいよ」
零の言葉に、蓮太郎は苦笑する。
「俺は、零が無事で良かった」
零の姿はボロボロだ。
彼女の装束であるスーツは切り裂かれ、蓮太郎に貸してもらった上着で身を包んでいる状態である。
零は、その生地をギュッと握りしめる。
「本当に……怖かった」
そして、己の心を呟き始めた。
「あの植物と対峙した時、恐怖に包まれて、頭の中が真っ白になってしまった」
体の自由が奪われ、装備を剥ぎ取られ、絶望で未来を塗り潰される。
その記憶に、零は身震いする。
「私は、【アサシン】の任務の持つ過酷さを、ちゃんと理解していなかった」
「……零」
「でも、これはきっと良い経験」
そこで彼女は、蓮太郎を真っ直ぐに見上げる。
恐怖は味わったが、心は折れていない。
「生きて帰ってこられたなら、次に生かせる。この任務に参加させてくれて、そして助けてくれて、ありがとう蓮太郎」
彼女は思っている事をそのまま口に出す、表裏の無い性格だ。
その直線的で無垢な言葉に、蓮太郎は破顔し、そして返す。
「ああ」
「これからもよろしく、蓮太郎」
「ああ」
「好きだよ、蓮太郎、大好き」
「ああ……………………………え?」
一瞬、零が何を言ったのか理解できず、蓮太郎は呆けてしまった。
一方、零も、自分の感情をあまりにも素直に喋ってしまった事に、自分でも理解が追い付かず……。
直後、顔を発火しそうなほど赤く染めた。
「嘘、嘘嘘嘘、今のはジョーク、冗談、ギャグ、シャレ、ユーモア」
「あ、ああ」
バタバタと手を振って、必死に取り繕う零。
そんな彼女に、蓮太郎も動揺しながら返す。
やがて支援部隊が到着し、負傷者の治療と現場の後処理が大規模且つ迅速に展開を始める。
こうして、今回の任務は一応の終焉を迎えるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ブックマーク、感想いただけてとても嬉しいです!
もしも、面白いかも、続きが読みたい、とちょっとでも思っていただけたなら……。
↓下の評価欄からポイント評価、感想等をいただけると、とても励みになります!
何卒、どうぞよろしくお願いいたします!




