■第十四話■ 【魔道具】と触手植物
零が苦無を握り、黛と対峙する。
通路の途中――上下左右を囲まれた空間だ。
黛には進路は無く、かと言って後退も許されない。
完全に追い詰めた。
「く、こうなれば……」
そんな状況下、黛が手にしたのは一冊の本だった。
「……?」
零は眉を顰める。
その本――表紙を構成する厚い皮は、何の動物のものかはわからない。
古めかしくボケた色合いの表紙に綴られているのは、この国のものとは違う言語圏の文字。
それは、【魔界】の言葉だ。
「それは……【魔道具】」
「ああ、その通りだ」
黛はほくそ笑む。
追い詰められた今、敵は自身の奥の手を出してきた。
敵は【魔道具】を持っている――その情報は聞いていた。
その詳細に関しては不鮮明な部分が多かったが、本のような形をしているという話はあったのだ。
ゆえに、零は警戒を怠ることはなく、むしろ強める。
考えている間に、黛は開いたページに指を這わせると。
「オン・ベオバル・ザド・フサルマギコ・ベラベス!」
呪文のように唱えられた言葉。
瞬間、開かれた本から光が差し、黛の眼前を駆け巡る。
まるで、レーザーポインターの光が乱舞するかのような光景の後――その場に、二体のオークが現れていた。
「ふふ……【魔道具】――【異界の扉】。こいつだけは、絶対に渡すわけにはいかない」
やれ――と、黛が二体のオークに指示を出す。
だが。
「シッ――」
それよりも早く、零が先手を打っていた。
放たれた苦無が二つ、オーク達の額をそれぞれ貫き、一瞬で屠る。
「ぐ……」
歯噛みする黛を前に、零はその手の中の【魔道具】をもう一度見る。
あの【魔道具】、どうやら【魔界】の生物を召喚する力を宿しているらしい。
「ここに来るまでに守衛に当たっていたオークの兵隊達は、その力で召喚したんだ」
確かめるように、零は独り言を言う。
そして内心で、決意を成す。
今ここで成すべきことは、敵を投降させ、尚且つ【魔道具】も無事に手に入れる事。
それが、最高の任務完了条件。
蓮太郎の為にも、その条件を満たさねばならない。
【魔道具】は狙わず、まず黛を無力化させないといけない。
零は心の中で、そう目標を定め、動き出そうとした。
……しかし、後々考えれば、その判断は悪手だったのだ。
「雑魚を何体召喚しようと、無駄か……」
瞬の内に斃されたオーク達の死骸を見て、黛は呟く。
「こうなったら……背に腹は代えられん!」
言うが早いか、黛は【魔道具】――【異界の門】のページを捲る。
「死ねぇ!」
開いたページ……真っ黒に染まり、他のページと何か違う気配を醸すページを前へと突き出しながら、黛は叫ぶ。
瞬間、そのページから黒い煙――瘴気のようなものが立ち上った。
「!」
零の目前で、瘴気は歪み、固まり、徐々に形を成していく。
巨大な全貌が、露わとなっていく。
「くくく……」
やがて、その姿が克明に現世へと顕現を果たす。
漂う甘い匂い。
極彩色の花びら。
花弁の中央に、消化液が揺蕩い、牙の生えた口が見える。
空間を縦横無尽にうねる蔦。
それは、巨大な植物。
怪物のような大きさの、まるで怪獣映画の中にでも出てきそうな、【魔界】の植物だった。
「これは……」
「このページは禁止ページと言われ、使用を厳禁されていたページだ」
目を見開く零に対し、黛は手中の本を見せびらかすように言う。
「……だが、もうここまで来たら関係無い。奴らの忠告など、知ったことか」
「……この植物」
口腔から唸り声を上げ、蔦――触手をくねらせる怪物を見上げ、零は呟く。
「【魔界】の触手植物……しかも、かなり強力」
「ハハハッ、それは良い事を聞いた。つまり、お前程度じゃ対処できない代物ということなのだな?」
警戒心を高める零を見て、黛は好機という風に笑い、そしてすぐさま、その場に背を向けた。
逃げる気だ。
「これでお前も終わりだ! やれ! あの小娘を食い――」
指示し、走り出そうとする黛。
しかし、瞬間――空中を漂っていた触手の一本が、黛の胴体に巻き付いた。
「え?」
思い掛けない事態に、頓狂な声を上げる黛。
一方、零は、漂う甘い匂いに眉間に皺を寄せ、口元を覆いながら――植物を注意深く観察していた。
そして、気付く。
「まさか……」
「お、おい、待て、私は餌じゃ……」
触手に捕えられ、宙に持ち上げられる黛。
必死に抵抗し暴れるが、もう遅い。
黛の体はあっと言う間に、植物の口の中へと放り込まれた。
「ぎゃああああああああああああああああああ」
酷薄な絶叫が木霊する。
消化液で溶かされ、更に鮫の様に生え揃った牙に咀嚼され、黛の肉体は一瞬の内に捕食されてしまった。
「う……」
その光景に、少なからず動揺する零。
一方、触手植物は、既に続いての獲物へと狙いを定めていた。
「くっ……」
零とて、無抵抗で受け入れるつもりはない。
苦無で寄って来る触手を払うが、相手の手数は零の動きを凌駕する。
追い付かない。
加えて。
「さっきから、体が……」
零の体の動きが鈍くなっている。
このままでは……。
そう思う間もなく、決着は訪れた。
手首、足首、胴体……そして首に巻き付く触手。
掴まれ、拘束され、空中に持ち上げられる零の体。
「……う……モノの本で読んだことが、ある。この触手植物は、【魔界】の植物――通称、ヒュドラ」
捕えられながらも、零は冷静に、自身の現状と、敵の情報を口に出し、分析していく。
「肉食で、他の生物を食らう……基本的には体の大きなオスを食らい、メスに関しては食用の他にも、繁殖可能であれば、苗床にすると……」
冷静に、冷静に。
語るが、そう語る自身の言葉が、徐々に恐怖を増幅していく。
数本の触手が零に向かって近付いてくる。
その先端から針のように尖った部位が生えており、どこか生き物の爪を連想させる。
それが、四肢を縛られた零のスーツに引っ掛けられる。
「や、やめろ」
彼女のスーツは最新鋭の技術で作られたスーツだ。
そう簡単には壊れない。
しかし、触手の力は強靭で、爪は鋭く、突き立てられた場所からスーツが徐々に引き裂かれていく。
軽々と、一瞬で、身を守る衣装が、襤褸切れの様に変換させられていく。
更に――。
「……あ」
股座を覆うショーツ状の部位にも、触手が引っ掛かけられ、千切らんと引っ張られる。
「衣服、防具を剥いでいるのは、繁殖の邪魔になると判断しているため……つまり、私はこれから防具を破壊され……」
抵抗しようとするが、更に体に力が入らなくなってきている。
先程から漂う甘い匂い……これは、この植物から分泌される、麻痺毒のようなものなのだ。
「うく……ダメ、意識を、しっかり保たないと……」
繊維の切れる音が聞こえた。
下腹部を覆っていた衣服が剥ぎ取られ、空気に触れる感覚。
「くぅ……こんな、ところで、負けるわけには」
そこで、零の視界に飛び込んできたのは、こちらへと迫る一本の触手。
粘液を滴らせる、一際太い触手。
「まさか、あれが……この植物の生殖器?」
恐怖心が膨れ上がってくる。
醜悪な植物の苗床にされる自身の姿が思い浮かび、心中が凍てつく。
普段の彼女からは考えられない――青ざめた表情で、恐怖に染まった表情で、その異物を見詰める。
「嘘、やめて……」
しかし、相手は植物、怪物。人間の意思など通じない。
「いや……助けて……」
脳裏を掠める蓮太郎の姿。
甘かった。
すべて、自分の自業自得だ。
実力不足のくせに先走った、その結果だ。
零は悔しさから、見たくない現実から逃れるように、双眸を瞑る。
――眼前に迫っていた触手が、音を立てて分断された。
「!」
ヒュドラが雄叫びを上げる。
更に、零を拘束していた触手達も、次々に切り裂かれる。
「零!」
落下する零の体。
その体を、下で受け止めたのは。
「大丈夫か!」
「……あ」
他の誰であろう、天見蓮太郎だった。
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