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■第十三話■ 朽木零の理由



「どうなっている……」



 鬼寺が低い声で唸る。

 突然の状況に、蓮太郎と鬼寺は困惑する。

 それでも、現状を冷静に把握するため、既に脳内では状況の整理が開始している。

 ここは敵地のど真ん中。

《暁の船》の隠れ家。

 そこに潜入し、任務は順調に進んでいた――はずだった。


 しかしその最中、チームのナビゲーション役であり先行していた朽木零と、最後尾にいた空蝉時雨が消えた。

 一瞬の内に、気付いた時には、忽然と……だ。

 二人はどこに消えたのか。

 何らかの攻撃を受けたのか。

 存命しているのか。

 敵はこちらの侵入には気付いていないはず。

 ならば、一体何が起こったのか……。



「………」



 左右上下、四方に目を配らせながら、蓮太郎は思考する。

 しかし、現状が読めないというのが本音だ。

 索敵役の零がいない以上、進行するのも難しい。



「どうする」



 と、鬼寺が蓮太郎に問い掛ける。



「今はあくまでも、この任務の預かり役はお前だ。お前の判断を聞こう」

「………」



 その眼差しは鋭い。

 本気で、天見蓮太郎を見定めようとしている目だ。



「その上で、俺は決める。もしも先に進むというのなら、俺を納得させるような策を言え。もしも諦めるなら、俺の取る策は撤退と決めている。二人の安否は一旦置き、ここから脱出する」

「………」

「現状では、不確定な要素が多い。撤退し、再度戦力を見繕い、再び突入する。時間は数時間……多少かかるが、確実だ。場合によっては、二人の救出も可能だろう」



 しかし、それはあくまでも〝手遅れ〟になっていなければの話。

 鬼寺は無慈悲に言う。



「だが〝もしもの際〟には、二人とも【アサシン】の端くれだ、覚悟はできているだろう。追い詰められたなら、自決するなりなんなりな」



 無論、今も生きている確証は無い。

 鬼寺の述べる可能性の数々に、蓮太郎は黙って聞き入る。

 やがて。



「……わかりました」



 蓮太郎は、指揮官として判断を下す。



「進みましょう。進行し、尚且つ二人と合流を果たし、そして敵を討つ。それが、僕の指針です」



 その言葉に、鬼寺は鼻白む。



「最善ではあるが、最も期待値の低い策だ……もしも夢物語を描いているなら、今すぐ俺に指揮権を譲れ」

「夢物語じゃありません」



 瞬間――だった。

 蓮太郎の手中に、彼の《刃》が現出する。

 その柄を右手で握り、集中した瞬間――切っ先が、白色へと変貌していく。



「!」



 驚く鬼寺の面前で、刀身と己の右目を白く染めた蓮太郎は、その刃でいきなり、目前の空中を切り裂いた。



「何を――」



 動転して、血迷ったかのような、無意味な行動だ。

 無意味な行動――に見えた。

 しかし、そこで異変が起きる。

 蓮太郎の白い《刃》が振り抜かれた空間が、一閃の軌跡から滲むように薄れて、風景が消えたのだ。



「……! これは……」



 鬼寺の目前で、壁に見えていた風景が消え、その向こうに通路が現れた。



「おそらく、これは《刃》を使用しての幻覚のようなものなのでしょう」



 自身の刀を構えたまま、蓮太郎が言う。



「敵には、【アサシン】……【アサシン】でなくとも、《刃》の異能を持つ者が協力しているようです」

「………驚いたな」



 その言い切る蓮太郎の姿を見て、鬼寺は瞠目する。

 だが、驚いたのは、彼が所有する《刃》が、獅子原季子から聞かされていた己義家の《天道眼》と同じ能力を宿していた事……。

 ……否、そこではない。

 驚くべき点は、彼がこの緊急事態において、早急な判断と、確実な行動を行ったという事だ。

 この状況、混乱してもおかしくはない。

 その中で、冷静に現状が見えている。

 この歳はもいかない、まだ学生の身の未熟な【アサシン】が。

 今日、初めての任務に身を投じ、敵地のど真ん中で、だ。

 なるほど、もしかしたら……。



(……季子様の言う事も、あながち大袈裟ではないのかもしれないな……)。

「……! 鬼寺さん!」



 まやかしの風景が消え、その向こうに続く通路が明らかとなった現状。

 蓮太郎は気付き、声を上げる。

 その通路の向こうから、武装したオークの兵隊達が、こちらに向かって大挙してきているのだ。



「GOAAAAAAAAAAAA!」



 蓮太郎は刃を構える。

 敵の数は、10……20……。

 おそらく既に、敵にこちらの侵入は確実にバレている。

 この状況で零や時雨と無事合流を果たし、敵を捕縛する……この任務の難易度は一気に跳ね上がった。

 だが、やらねばならない。

 そう決めたのだから。



「ふっ!」



 己が刀を突き出し、蓮太郎は一方を踏み出す――。


 ――刹那、蓮太郎の背後から、突如冷気が発生した――。


 ――と思ったと同時、彼の目前にまで迫っていたオーク達が、一気に氷漬けと化した。



「!」

「A……BA……」



 氷結し、身動きを封じられたオーク達から、蓮太郎は振り返り鬼寺を見る。



「ぼうっとするな」



 鬼寺が自身の腕を突き出した姿勢で、そう言った。



「今のは……」

「俺の《刃》だ。指揮官であるお前が判断を下した以上、俺はその成功のために力を発揮するまでだ」

 言いながら、鬼寺は進み、蓮太郎の横に立つ。

「先に進むぞ。先程の、朽木零の残した言葉を覚えているな」

「……はい」



〝七十メートル前方、十三メートル下方。他の場所に比べて、護衛の兵が集まっているエリアがある〟

 零は、確かそう言っていた。



「ターゲットの場所までは間も無くだ。まずは敵を捕らえる。二人との合流はその後でも構わないだろう」

「はい」

「行くぞ」



 鬼寺の発言と同時に、二人は疾駆の状態となる。

 向かう先を決断した蓮太郎。

 その蓮太郎の決断に従う鬼寺。

 二人の足取りに迷いは無い。

 蓮太郎の《刃》で再び幻覚に囚われぬよう警戒し、鬼寺の《刃》で襲来する敵を一掃。

 目的の場所へと、二人は突き進む。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇




 ――……一方。



「はぐれた……否、誘導された?」



 朽木零は一人、どことも知れない場所で立ち竦んでいた。

 ともかく、仲間達の姿が近くに無い。

 気が付けば、彼女はチームからはぐれていた。



「……周囲警戒。敵影無し。蓮太郎や時雨、鬼寺特別顧問の姿も無し」



 普段通り、彼女は自身の置かれた状況を冷静に口に出して分析していく。



「分断された理由や方法は不明。幻覚? ダンジョンの内部構造が変更された? ……何にしろ、今はともかく」



 零は自身の《刃》――《聲崩》を使用する。

 これで、一定空間――エリア内の状況はわかる。

 どうやら他のメンバー達と思しき気配も感知できた。

 二人と複数の気配がぶつかり合っている。

 もう一人は、また別の場所にいる。



「……ん?」



 そこで、零は気づく。

 先刻、彼女がターゲットが潜んでいると判断した部屋が近い。

 その部屋から今、一人の人間の反応が動き出しているのだ。



「……逃げられた」



 こちらの侵入に気付き、何らかの方法で攪乱を行い時間を稼ぎ、逃げ出そうとしている。

 まずい。

 零は走り出す。

 今回の任務は、絶対に失敗できないのだ。



「……せっかく、蓮太郎が私を頼ってくれたのだから」



 そして、もしも、任務に失敗したなら――。



「蓮太郎の責任になる……それだけは、絶対にダメ」



 ――朽木零は孤独だった。


 天見蓮太郎に出会ったのは、およそ一年前。

 図書館で、自分に親切にしてくれたのが最初だった。

 彼が噂に聞く天見家の薄血頭領だと知るのに、時間はいらなかった。

 冷静に分析し、彼の本当の姿を見た。

 隠れて努力を積み上げる姿を。

 その懸命な姿と、理解されない境遇に、心の中でもやもやが募る。


 一度、聞いた事がある。

 辛くはないのか、と。

 他者から蔑まれる日々が。

 それに対し、蓮太郎はこう言った。



『辛くはないとは思わない……でも、それ以上に守りたいものがあるし、取り戻したいものがある』



 守りたいもの……というのは、きっと彼の家族だ。

 取り戻したいもの……というのは、彼の父の名誉だ。



『そのために、何もしない事の方こそが恐ろしいんだ』



 零は、朽木家に生まれて、才能と家柄の元、自分の意思も無く【アサシン】を目指している。

【アサシン】の世界における常識や文化に対し、あまり頓着は無い。

 その姿勢は、周りから【アサシン】らしくないと言われてきた。

 だが、蓮太郎の矜持を知り……【アサシン】としての在り方はわからないが……彼の様に強く生きたいとは思った。

 何より、彼の助けになりたいとも。


 零は早く任務に就くことを望み、成果を上げたいと思っていた。

 だがそれは、家の為とか自分の為、という部分は少なかった。

 この学園も含め、闇の世界は実力主義。

 自分が評価を得て、学園内での地位を上げれば、蓮太郎に対する不当な扱いから彼を助けられるかもしれない。

 そう思っていたから。

 ……無論、そんな思いを当人に話したことはない。

 正直に、冷静に、表裏無く口に出す零でも、その想いだけは心の内に秘めている。

 彼が山王を倒したという話を聞き、表情では冷静を保っていたが、内心では驚いたし嬉しかった。

 彼の思いが、実を結ぶ日が来たのだと思った。

 少し寂しくも思ったが、こうして、彼と共に肩を並べて【アサシン】として戦える日が来るのも嬉しかった。


 ………。

 だから、失敗するわけにはいかない。

 彼の顔に、泥を塗るわけにはいかない。



「……目標、確認」



 そして今、零はターゲットの元に到達した。

《暁の船》首魁――黛元徳。

 待機していた場所から逃げ出し、彼のみが知る隠しルートで地上への逃亡を考えていたのだろう。

 しかし、逃げる途中の彼の向かう先を読み、零は先回りに成功した。



「なに!?」



 零に阻まれ、黛は狼狽える。



「ど、どうしてここが……あ、あいつは何をしてるんだ!?」

「覚悟」



 その手に苦無を握り、零が黛ににじり寄る。



「く、こうなれば……」



 そこで、黛が動く。

 武器を構える零の目の前で、彼は――懐から、一冊の〝本〟を取り出し、ページを開いた。




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