■第十二話■ 零の《刃》と想定外
その洞窟は、見た目だけなら本当に〝ただの洞窟〟である。
山間の自然が生み出した、何の変哲も無い洞穴。
仮に偶然人が見付けたとしても、熊か何かの住処と考え、決して中に入ろうとは考えない――そんな洞穴だ。
しかし、洞窟の入り口から奥へ奥へと進むと、その先には、不自然に整備された内装が広がっている。
ごつごつとした岩に四方を囲まれていた空間が終わり、そこから先はコンクリート……まるで、普通のビルの内部の様になっている。
これが、闇の組織《暁の船》が秘密裏に建設した隠れ家の一つ――その正体である。
そして、洞穴の入り口から入り、まっすぐ進んだ先の、広々としたエントランス。
現在そこに、数名の大柄な人影がうろつき回っていた。
「GRRRRR……」
屈強な巨体に、緑色の肌。
二足歩行ではあるが、その頭部はまるで、豚と人を混ぜ合わせたような容姿をしている。
それは、オーク。
【魔族】のオークである。
見た目こそ魔獣ではあるが、その身には現代の装備が施されており、一見は軍人のように見える。
彼等は警備員。
このアジトを守衛する兵士達だ。
だが、敵は【魔族】を警備員として配置している。
その情報は、既に聞いて把握している事だ。
「KUAaa……」
オークの一人が、大口を開けて欠伸をした。
――その場に、一迅の風が駆け抜けた。
「……GUA?」
突如発生した突風に、オークは疑問符を浮かべる。
――瞬間、その首筋から、鮮血が噴き出した。
「!!!!!! GOAAA!」
首を切り裂かれたオークは、雄叫びを上げてその場に倒れる。
他の四名のオーク達が気付き、手にした機関銃を構え、振り返る。
血の海に沈む仲間の骸の傍――己の《刃》……一振りの日本刀を構え、天見蓮太郎が立っていた。
「………」
その手に握った《刃》の刀身は、普通の色をしている。
いつも通りの、通常の蓮太郎の《刃》だ。
どうやら、異能を孕む白い刀身には、意識しなければ変化しないようである。
考えている間に、オーク達は構えた機関銃の狙いを蓮太郎に合わせる。
そして、引き金を――。
「GO――/――A」
引こうとした寸前、一人のオークの顔面が、口を基点に二つに分かれる。
いつの間にか、音も無く蓮太郎の反対側に現れていた時雨が、自身の《刃》――《絡新婦》を用い、オークの頭部を分断したのだ。
「GUR!?」
「GOGAA、GOッ!?」
動揺が広がる間も無く、蓮太郎が更に一人、オークの頭部を空竹に割る。
そのオークが地面に伏す前に動き、更にもう一人の首に刃を振るう。
が、そのオークは胸に装備していたナイフを抜き、咄嗟に蓮太郎の一閃を受け止めた。
「!」
「GURu……」
その隙に、残ったもう一人が背後から、蓮太郎に襲い掛かる。
――だが、その頭部を、背後から苦無が貫いた。
「GYAッ――」
オークが倒れる。
その向こうに、苦無を投擲した姿勢の零が立っていた。
「ABAッ」
その間に、蓮太郎の剣戟を受け止めていたオークは、時雨により輪切りにされ、地面に転がる。
一瞬。
ものの数秒で、その場にいた五体のオークを斃すことに成功した。
「ほう……」
一部始終を観察していた鬼寺が、そこで現れる。
彼等の迅速かつ的確な行動に、思わず声を漏らしていた。
「なるほど……あの自信は、この娘が原因か」
「蓮太郎。問題無い」
鬼寺の視線が、零の方に向けられる。
彼女は自身の耳に手を当てながら、蓮太郎に報告している。
「数十メートル圏内を警備中の気配に、変化は無い。現状、私達の侵入がばれている可能性は低いと考えられる」
朽木零の持つ異能――《刃》。
その名を、《聲崩》。
彼女には、〝風の声〟が聞こえるのだ。
厳密に言えば、空間を吹く風から、数十メートル四方の状況を、まるで千里眼のように読み解く事が出来るというもの。
つまりは、遠くの音や声を聞く事ができ、そこから状況の分析をイメージできるのだ。
「零、敵の位置や、各々がどちらの方向に向かっているか、確認できるか?」
「了解、分析する」
零は耳に手を当て、双眸を瞑り、深く声に聞き入る。
「……分析終了。最も敵のいないルートを進行する。ついてきて」
と、風の声を頼りに、零は進む。
この隠れ家は、洞窟を入り口として山の内部に作られた巨大な地下施設。
ダンジョンのようなものだ。
しかし、零の索敵能力があれば、ナビゲーションは万全となる。
彼女の情報によると、敵はまだこちらの侵入にバレている様子はないらしい。
「他にも巡回している【魔物】を複数確認。でも、異変に気付いている者が現れた兆しはない」
洞窟の入り口付近にも、警備設備や侵入者用の罠のようなものも全く無かった。
《暁の船》は壊滅寸前。
おそらく敵も今や、【魔物】を使役するくらいしか対抗する策がないのだろう。
少なくとも、今日が初任務の蓮太郎では攻略不可能な難易度、というわけではないようだ。
そこはきちんと考えての依頼だったのだろう。
「ともかく、早急に終わらせよう」
気配を殺し、身を潜め、俊敏な身のこなしで、一行は進む。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ん?」
一方。
この地下ダンジョンの奥深く――無機質なコンクリートで四方を囲まれた、しかし人一人が生活する上で必要な設備は整った、そんな部屋。
「侵入者が現れたな」
椅子に腰かけた男が、そう呟いた。
長く黒い髪に、細身の眼鏡をかけた、整った顔立ちながら軽薄そうな雰囲気も漂う男だ。
「な、なに!?」
その男の発言に、部屋の中を所在なさげに歩き回っていた男が反応する。
壮年の男だ。
着ている衣服は汚れ、髪も乱れた、胡乱な男。
この男こそ、《暁の船》の首魁――黛元徳である。
「俺がいてよかったな。あんただけなら、この侵入者には気付かなかっただろうよ」
「ど、どうなっているんだ!」
黛は慌てふためく。狼狽しているのが瞭然だ。
「何故、このアジトがばれた! ここに潜伏して、まだほんの数日しか経ってないんだぞ!?」
「あんた、相手を舐めすぎだよ。異能暗殺者は、闇の世界の秩序を担う存在だ。生半可な組織じゃない。ハナからバレるのは、時間の問題だったんだよ」
長髪の男は、頭上――天井を見上げながら、まるで何かを観察するかのように言う。
「ふんふん、しかも、かなりの手練れだな。あんたの〝召喚〟した手駒どもが、抵抗もできずに次々に片付けられてるぜ」
「何故、どうして私がこんな目に……」
頭を抱え蹲る黛に、男は苦笑する。
「おいおい、虫のいい発言だな。俺達がくれてやった【魔道具】を使って、随分悪さして楽しんだだろうによ」
大笑した後、へたり込んだ黛の肩に手を置き、男は言う。
どこまでも軽薄そうな、真意の見えない表情で。
「まぁ、安心しろよ。あんたには、まだ【魔道具】の主として頑張ってもらわなくちゃだからな。助けてやるよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ターゲットの居場所が特定できたかもしれない」
零が耳に手を当てながら言う。
蓮太郎達一行は、ダンジョン内部を進行していく。
画一的に交差し、続く通路。
特に目印の無い内装。
それ故に、まるで同じ場所を何度も回っているような感覚に陥るが、零の《刃》があれば道に迷うという事は無い。
「この先、七十メートル前方、十三メートル下方。他の場所に比べて、護衛の兵が集まっているエリアがある。その奥に部屋があり、人間の気配がある」
「本当か?」
先行する零に問う蓮太郎。
零はコクリと頷く。
「ただ、敵は……二人……?」
そこで、何か違和感を覚えるように、零が眉間に皺を寄せる。
しかし、すぐに表情を戻す。
「……一人になった。ごめん、勘違い。敵は一人だけ。おそらく、ターゲットの黛元徳」
「わかった、急ごう」
零に先行をそのまま継続してもらい、一行は目的の場所へと突き進む。
ここに潜入して、まだ数分と経っていない。
特に苦戦を強いられることも無く、想定外の事態が起こる事も無く、あっと言う間だった。
どうやら、やはり、それほど難易度の高いミッションではなかったようだ。
だが、だからと言って楽観してはいけない。
当初抱いていた緊張感を、最後まで切ってはいけない。
「最後まで気を抜くな、ここが正念場だ」
そんな蓮太郎の心中を察するように、鬼寺が背後から言う。
「気を緩め、最後の最後で足元を掬われる。異能暗殺者の中でも、悲しいかなよくある事だ。決して己を過大評価するな。常に、予想を裏切る〝何か〟の到来に備えろ」
「忠告、ありがとうございます」
そんな鬼寺の言葉に、蓮太郎は微笑を浮かべ返す。
「これを順調と呼べばいいのか、順調すぎると呼べばいいのか……初任務の俺にはわからないので。経験者に釘を刺してもらえて、身が引き締まります」
「……ふん、今の東郷学園では、おべっかの使い方も習うのか?」
「いや、そんな……――!」
そこで、蓮太郎は気付く。
気付くと同時に、疾駆の状態にあった体に制動を掛ける。
「……零? どこだ?」
――目前を走っていたはずの、零の姿が無い。
消えた。
ほんの数秒……一瞬前までそこに居たはずの彼女の姿が、いない。
「はぐれたか――ッ!」
そこで、鬼寺が別の事実にも気づく。
「天見……」
「はい……時雨もいません」
最後尾にいたはずの、時雨の姿も消えている。
刹那の出来事だった。
気付けばその場に、蓮太郎と鬼寺のみが残された。
「どうなっている……」
「わかりません、ただ――」
「ああ」
鬼寺と蓮太郎は、背中合わせになり周囲への警戒を強める。
二人とも、既に意識は一緒だ。
身を引き締め、心を緩めず、動揺せず、現状と相対する。
おそらく今、〝任務の正念場〟が訪れたのだ。
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