■第十一話■ 初任務と付き添いの【アサシン】
そして、任務当日。
時刻は――月光が天に輝く、夜。
「みんな、いるか?」
「ああ、問題ない」
蓮太郎の声に、背後から時雨が答える。
「心配しすぎだぞ、蓮太郎。遠足の引率係でもあるまいに」
「はは……こういう役回りは初めてで、どうすればいいのかよくわかってなくてさ」
人里離れた、山奥。
岩と岩が犇めく山間に、蓮太郎達の姿があった。
「そう緊張するな。敵陣は、まだ先だ」
どこか浮足立つ蓮太郎に対し、時雨は冷静だ。
気の知れた間柄であり、任務の経験者でもある彼女が同行してくれて本当に良かった――と、蓮太郎は思う。
心の拠り所になってくれる。
因みに現在、時雨の格好は、以前も見た彼女独自の装束だ。
全体的に体にフィットした、化学繊維でできたスーツ――軽量化と先鋭化を果たしたボディスーツで、随所に装備が施されている。
露骨なまでに身体のラインが露わになっているのは相変わらず。
組んだ腕の上に乗っかるほどの両胸も、キュッと締った腹部も、その中央のヘソも、透けて見える。
本人は至って真面目な顔で着こなしているので気にする方がおかしいのだが、やはり冷静に見れば目のやり場に困る格好だ。
「時雨の言う通り。しっかりして、リーダーなんだから」
時雨の後ろからもう一人が現れる。
彼女は朽木零――今回の任務に同行してもらった仲間だ。
零もまた、彼女特有の装束を纏っており、これまた際どい恰好だ。
同年代に比べて小柄な体格であり、時雨ほど女性的部位は成長してはいないが、それでも全身のラインが強調されたスーツだ。
時雨のものに比べ、生地が薄手で透明性が高い。
中でも下半身に関しては、ヘソから下が殆ど露となっており、股間を覆う小さな布地だけである。
太股から下はブーツで覆われているが、全体的に目のやり場に困るのには変わらない。
彼女の話によると朽木家の装束を自分なりに改造したものらしく、本人は動きやすいと言って気にしていない模様だ。
まぁ、これが現代における異能暗殺者のスタンダードなのだから、仕方が無い。
そんな彼女達の一方――蓮太郎の格好は、昔ながらの装束だ。
全体的に黒を基調とした、闇に紛れる隠者の風貌。
肩まで露わとなった上半身の意匠も、足首の上まで幅の広がった下半身の意匠も、両足を覆う足袋も、昔ながらの忍といった感じである。
「古風な恰好だな。それが、天見家の装束なのか?」
「いや、どうなんだろう? 天見家はあまりお役目をもらえてなかったみたいだし、これが、うちに残ってた装束らしい装束だったから着て来たんだけど――」
「いつまでおしゃべりをしている」
そこで、蓮太郎達の会話を遮る様に、刃の一閃のような鋭い声が飛んできた。
厳めしい雰囲気の伺える声音に、蓮太郎達は振り返る。
そこに、長身痩躯に、酷薄そうな顔をした男が一人、気配無く立っていた。
首元から足先まで、赤黒い装束で覆っている。
今回、蓮太郎達のチームに、お目付け役で手配された現役の【アサシン】だ。
「申し訳ありません、鬼寺さん」
気後れ気味に、蓮太郎は言う。
彼の名は、鬼寺飛鳥馬。
年の頃は二十代後半。
獅子原の分家、鬼寺家の現頭領。
異能暗殺者の界隈では、実力者として有名である。
「お前の事は、季子様から聞いてる」
厳しい雰囲気を鎮める事無く、鬼寺は蓮太郎に言う。
「その素性も、今回任務にあたるに至った経緯もな」
「………」
「いいか、先に言っておく。俺は甘くはない」
絶対零度の眼光が、至近距離から蓮太郎を射貫く。
「お前の実力を見定めさせてもらい、ありのままを季子様に報告する。その結果、お前がどういう処遇になるかは、俺には関係ない」
「………」
「そして、お前達も無関係ではないぞ」
鬼寺の標的が、続いて黙って見守っていた時雨と零に移る。
「天見のみが評価の対象ではない。お前達も【アサシン】としての適性を見定めさせてもらう。決して気を抜いた行動をするな」
「そ、そんな、別に我々は気を抜いてなど……」
「時雨」
蓮太郎は時雨を制し、鬼寺に向き直る。
「度重なり申し訳ありませんでした。以後、肝に銘じます」
最初合流した時は、簡単な自己紹介程度しかしなかった。
まず何よりも任務の迅速な遂行を優先する――そういう人物なのだと思っていた。
ここで改めて、自分達に厳しい態度を取って来たのは、釘を刺すためだろう。
彼もプロ――【アサシン】の任務が、遊び半分で務まらないのは百も承知なのだから。
厳格ながら、正論だ。
そう、蓮太郎は思う。
「……状況を確認しろ」
鬼寺は機械的に言う。
改めて、蓮太郎は現状の分析を開始した。
場所は、都会から離れた山奥である。
岩と岩が重なり合い出来上がった山間地帯。
そして蓮太郎達の目の前には、洞窟の入り口が見える。
「あれが、ターゲットの潜んでいるアジト、ですね」
「情報は頭の中に叩き込んできただろうな?」
鬼寺の問いに、蓮太郎は答える。
「【魔】と人の共存を謳う政治結社、『暁の船』。しかし、その実は【魔】を横行させて利益を貪ろうとしている極悪団体だった。【魔道具】を悪用し、秘密裏に行われていた数々の犯罪行為が露見。異能暗殺者をはじめとした治安当局に追い詰められ、現代はほとんど壊滅状態……」
蓮太郎は、洞窟の入り口を睨む。
「しかし、首魁の黛元徳だけが現在逃亡中。異能暗殺者の調査により、ここに潜伏している事が判明……我々の任務は、潜入し、迅速に黛を無力化、捕縛する事」
「……問題ない」
さて――と、鬼寺は問う。
もう既に、天見蓮太郎の審査は始まっている。
「この状況を見て、指揮官としてお前はどう判断を下す?」
「……うーん」
時雨と零が見守る中、蓮太郎は顎に手を当て、しばし思考する。
そして、数秒の後。
「……入り口は、あの洞穴の入り口のみ」
結論を下す。
「中には、防衛と見回りに当たっている【魔族】の兵隊が待ち構えていることでしょう」
「そんな事は、調査結果からわかりきっている。ならば、どうする、と聞いているのだ」
「入り口があそこしかないなら、あそこから攻めるしかないでしょう」
策もへったくれも無い蓮太郎の発言に、鬼寺は呆れたように目を丸める。
「お前……やる気はあるのか?」
「望まれているのは、迅速なターゲットの捕獲。しかし、敵は塒の中」
蓮太郎は振り返り、時雨と零を見る。
「こちらの手札を考慮し、出した結論です。無論、もっと効率的な方法があるならばそれに越したことはないですが……今、俺の脳味噌が思い付く手段だと、これしか出てこないので」
「……先に言っておく。俺は基本的に力を貸さない。まずは、お前達だけで挑め」
蓮太郎の拍子抜けするような発案に対し、鬼寺は声色を変えず告げる。
呆れたのか、諦めたのか。
「もし少しでも見込みがないと判断できたなら……その時点で指揮権は俺のものになる。それ以降は、俺の指示に従ってもらう。そして季子様には、お前が頂点に立つ素質など微塵も無いと、そう伝える」
「構いません」
蓮太郎は鬼寺に毅然と返し、洞窟の入り口の方へと向かう。
その後ろに、急いで時雨が続いた。
「……蓮太郎……本当に良かったのか?」
「いいも何も、こうするしかないよ。状況と情報を分析し、今の俺にできる事、考え付く事を、現実を見据えて実行するしかない」
慌てて、囁き声で問う時雨に。
「それに、物事は迅速に処理するのが一番だ。この間にも、敵が俺達の侵入に感付いて、逃亡でもされたら意味がない」
「……わかった、今宵の指揮官はお前だ。私は、お前の指示に従う」
「ありがとう」
微笑んで、蓮太郎は続いて零を呼ぶ。
「零、頼むよ」
「了解」
零はそう言って、自身の髪を掻き上げ、うなじの上で一つに縛る。
その両耳を、露わにするように。
「私の《刃》を起動する。二人とも、戦闘の準備に入って」
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