【第36話】 全休明けの執務と、四つの愛の交差点
四日間にわたる「全休計画」が明け、私は再び王城の執務室の前に立っていた。
重厚な木製の扉を開けると、そこには相変わらず山のように積まれた外交文書や復興計画書が待っていた。しかし、四日前とは私の心境がまるで違っていた。
「……ふう、やるか」
腕まくりをして机に向かい、羽ペンを走らせる。
疲労感は微塵もない。胸の奥には、四人の女性たちから注がれた温かな愛、誓い、そして確かな温もりが充ち満ちていた。
『顔つきが変わったね、魔王』
脳内で、内なる勇者の魂が柔らかく笑いかけた。
『前はどこか「演じなきゃ」って肩に力が入っていたけれど、今の君は本当にこの世界を愛おしく思っているのが伝わってくるよ』
(黙れ、レオン。お前の記憶に毒されただけだ)
そう心の中で毒づきながらも、私の口元は自然と緩んでいた。
かつて魔王城の冷たい暗闇で世界を滅ぼす企みばかりを練っていた私が、いまや人々の笑顔を守るための政策を、心から楽しんで組み立てているのだから人生は分からない。
「レオン、休憩のお茶を持ってきたわよ」
昼下がり、賑やかな声とともに執務室の扉が開いた。
入ってきたのは、クラリスだけではなかった。
焼きたての焼き菓子を持ったエレナ、清らかな精霊茶を淹れた茶器を抱えるセレスティナ、そして「お兄ちゃん!」と満面の笑みで果物のカゴを抱えて駆け込んでくるミルカの姿があった。
「ちょっと、みんな! レオンの執務の邪魔にならないようにって言ったでしょう!」
「あら、クラリス様。私とてレオン様の疲労を癒やす精霊茶を供しに参ったのですわ」
「アタシも下町特製のおやつ差し入れに来ただけだもんね〜!」
「ミルカも! お兄ちゃんにドラゴンフルーツ剥いてあげるの!」
狭い執務室が、一瞬にして華やかで賑やかな空間へと変わる。
(くはは……天界の主神どもと戦うよりも、この四人を同時に相手取る方が遥かに骨が折れるな)
「みんな、ありがとう。ちょうど休憩にしようと思っていたところだ」
私がそう言って微笑むと、四人はパッと顔を輝かせ、思い思いに私の周囲に腰掛けた。
クラリスが書類を片付け、セレスティナがお茶を注ぎ、ミルカが膝の上に乗り、エレナが口元にお菓子を運んでくる。
かつて世界を恐怖で包んだ魔王が、四人の愛すべきヒロインたちに囲まれ、これ以上ない幸福な時間に浸っていた。
そして、数日後。
王都グラニアの大広場にて、歴史に刻まれる「第一回 三種族合同平和総会」が執り行われた。
青空の下、広場を埋め尽くしたのは、王国の人間たち、神樹の森からやってきたエルフたち、そして旧魔王領から渡ってきた角や翼を持つ魔族たちだった。
かつて数百年間にわたり血で血を洗う死闘を繰り広げてきた種族たちが、今では互いの文化を讃え合い、笑顔で言葉を交わしている。
「これより、平和条約の調印式を執り行います!……英雄、レオン様のご登壇です!」
クラリスの威厳ある声が響き渡り、万雷の拍手と歓声が沸き起こった。
私は白銀と漆黒の装飾が施された式典服を纏い、威風堂々と演壇へと歩み出た。
私の背後には、クラリス、セレスティナ、ミルカ、エレナの四人が、誇らしげな笑みを浮かべて控えている。
演壇の中央に立ち、眼下に広がる数十万の生命を見渡す。
「民よ」
私の声が、聖気と魔力を通して広場全域、ひいては空の彼方まで響き渡った。
「かつてこの世界は、恐怖と排斥、そして不条理な神々の理に縛られていた。……だが、今ここにあるのは、自らの足で立ち、互いを認め合った者たちの真実の姿だ」
群衆が固唾を飲んで私の言葉に耳を傾ける。
「魔王の影も、神々の断罪も、もはやこの大地を脅かすことはない。……人間も、魔族も、エルフも、すべての生命が共に歩むこの時代こそが、我らの勝ち取った未来だ!」
私が聖剣エルシドを高く掲げると、剣身から黄金の光と漆黒の煌めきが混ざり合った、美しい極光が天空へと放たれた。
「「「うおおおおおおおっ!!」」」
「レオン様! レオン様!!」
「万歳! 英雄レオン様万歳!!」
地鳴りのような歓声が王都を揺らし、色鮮やかな花びらが空を舞う。
『すごいよ……本当に、最高の景色だ』
脳裏で内なるレオンが感極まったように呟いた。
『君が魔王として生まれ、僕が勇者として立ち上がり……そして巡り会えたからこそ、この未来があるんだね』
(ふん、青臭いことを。……だが、悪くない景色だ)
私は心の中で不敵に笑い、背後にいる四人の愛しい女性たちへと振り返った。
彼女たちは感涙を浮かべながら、私へ惜しみない愛の視線を向けている。
魔王としての過去も、勇者としての偽りも、すべてはこの愛すべき世界と彼女たちを守るための糧となった。
名を持たぬ絶対の闇――いまや世界を救いし「真の英雄」となった男の紡ぐ物語は、満天の祝福に包まれながら、永遠なる平和のページへと続いていくのだった。




