【第37話】 正妻は誰だ!? 王国を揺るがす大論争と新たな予感
三種族合同平和総会から一ヶ月。
世界は歴史上もっとも穏やかで、満ち足りた時代を迎えていた。人間と魔族の国境には定期便の馬車が行き交い、エルフの森から届く恵みは王都の市場を豊かに彩っている。
だが――王城の最奥に位置する「第一大円卓会議室」だけは、天界の主神たちが攻め込んできた時以上の重苦しい緊張感に包まれていた。
「……さて。本日の議題は、非常に重大かつ、世界の未来を左右する案件である」
重々しい声で切り出したのは、王国宰相の重鎮老公爵だ。
長机の右側には王国聖騎士団の幹部たち。左側には神樹の森の長老たち。そして正面には角や翼を持つ魔族の重臣たちが並び、互いを油断なく牽制し合っている。
そして、部屋の中央の豪華な椅子に座らされているのは……私であった。
「英雄レオン様が世界を救われ、平和が訪れた今、最も急務とされるのは――**『勇者様の正妻および王室の婚姻関係』**についてであります!」
宰相の宣言と同時に、ドンッ!と会議室の扉が激しく叩き開かれた。
「はい! レオンの傍らに立ち、共に戦場を駆け抜けてきたのは我ら聖騎士団……そしてこの私です!」
甲冑を纏ったクラリスが、凛とした声で名乗りを上げる。
「あら、クラリス殿。戦時の功績と伴侶としての相性は別問題ですわ」
シースルーの美しい旅衣を揺らし、セレスティナが優雅に扇子を広げた。
「神樹の加護とエルフの長寿をもって、レオン様の魂を永遠に癒やし続けられるのは私だけでございます」
「お、お姉ちゃんたちズルいよ! ミルカだって、お兄ちゃんと深い絆を結んだんだから!」
ミルカが小さな拳を握りしめ、魔族の重臣たちが「左様! 魔族代表としての婚姻こそが真の平和の証!」と後ろで深く頷く。
「ちょっと待ったー!」
エプロン姿のまま押し入ってきたのは、下町の看板娘エレナだ。
「英雄様だからって堅苦しい身内ばかりじゃ息が詰まっちゃうでしょ! アタシがレオン様を『普通の幸せ』に一番近くで寄り添わせてあげるんだから!」
四人のヒロインたちの視線が中央で激しく交錯し、バチバチと不可視のスパークが散る。
各勢力の重鎮たちも「いや、人間界の血統を!」「エルフとの同盟を至上とすべき!」「魔族との絆を優先せよ!」と大論争を始め、会議室は文字通り大混乱の渦に叩き落とされた。
(……クハハハハ!)
私は額を押さえ、胃の痛みを覚えるどころか、腹の底からこみ上げてくる可笑しさに肩を揺らした。
かつて世界を更地にし、絶対の力で恐怖を植え付けようとしていた私が、いまや「誰の夫になるか」で大陸中の勢力を大揉めさせている。
『あはは……大人気だね。でも、一人なんて選べるの?』
脳内でレオンが楽しそうに問いかけてくる。
(選ぶ? ふん……戯れ言を)
私は静かに席を立つと、体内の聖気と魔力を薄く解放した。
ずしりとした圧力が部屋全体を包み込み、怒号が飛び交っていた会議室が一瞬で静まり返る。
「みんな、静かにしてくれないか」
私は優美な笑みを浮かべ、しかしその瞳にはかつて世界を統治しようとした「魔王」としての圧倒的な覇気を宿して見つめ返した。
「私が誰か一人だけを選ぶと思うかい? クラリスの強さも、セレスティナの清らかさも、ミルカの純粋さも、エレナの温もりも……そのすべてが、いまの私を形作っている。誰か一人を諦めるなど、この私にできるはずがないだろう」
「え……? それって……」
息を呑む四人の少女たちと、呆気にとられる重鎮たちに向かって、私は堂々と両手を広げた。
「法がないなら作ればいい。常識がないなら壊せばいい。……私はこの世界のすべてを愛し、彼女たち全員を等しく愛し、護り抜く。文句のある者は、この私を倒して止めてみるがいい!」
王道の勇者なら決して口にしないであろう、あまりにも強引で、あまりにも魔王らしい「ハーレム宣言」。
一瞬の静寂の後――。
「……もう! 本当に、どこまでも身勝手で……最高に格好いいんだから!」
クラリスが呆れたように、しかし愛おしそうに頬を染めて笑った。
「ふふっ、全員を背負う覚悟……流石は私のお方ですわ」
「お兄ちゃん、かっこいい……!」
「 そうこなくっちゃね、アタシたちの勇者様!」
重鎮たちが「し、しかし前例が……」「いや、勇者様なら許されるのでは……?」と右往左往する中、四人の乙女たちは晴れやかな笑顔で私に駆け寄ってきたのだった。
大騒動が一段落したその日の夜。
私は王城の最も高い尖塔のてっぺんに立ち、夜風に髪をなびかせていた。
王都の街並みには、温かな灯火がどこまでも広がっている。
「……ん?」
その時、私の体内の「魔王の感知力」と、天界門を突破した際に得た「神格の知覚」が、世界の遥か彼方――東の果てに存在する『未踏の大海原』の向こう側から、微かな違和感を捉えた。
空間の歪み。そして、この世界のものとは異なる、異質の「星の波動」。
『気づいたかい、魔王?』
内なるレオンが、ワクワクとした声を上げる。
『この世界の外側……まだ見ぬ未知の大陸や、新しい理が僕たちを呼んでいるみたいだ』
「クハハ……。平和な日常も悪くはないが、やはり私には『未知』と『波乱』の方が性に合っているらしい」
私は口元を不敵に吊り上げた。
神々を倒し、世界を救い、三種族の愛を手に入れた偽りの救世主。
だが、彼の物語はここで終わりではない。愛する四人の仲間と共に、新しい世界へと足を踏み出す「本当の冒険」が、いま始まろうとしていた。
「さあ……次はどんな世界が私を愉しませてくれるのか」
夜空に一筋の流星が走り、英雄の新たなる旅路を祝福するように輝いた。




