【第31話】救世主の休日宣言と、4人の約束
ひまわり畑での穏やかな一日から数日後。
三種族の和平条約が正式に発効し、王都グラニアは空前の平和と繁栄の時代を迎えていた。魔物による脅威は激減し、復興景気に沸く街には活気が溢れ、冒険者たちも討伐仕事より街の警備や物流の護衛へと役割を変えつつある。
そんな中、王都で最も賑わう大通りに店を構える冒険者ギルド兼酒場『銀の星亭』。
その二階にある特別会議室に、なぜか私は呼び出されていた。
重々しいオーク材のテーブルを挟み、私の正面に並んで座る四人の少女たち。
聖騎士団副団長、クラリス。
神樹のエルフの巫女、セレスティナ。
旧魔王領の魔族代表、ミルカ。
そして——『銀の星亭』の看板娘であり、王都中の冒険者から愛される明るい看板娘、エレナ。
「……えーっと。みんな、急に私を呼び出してどうしたんだい?」
私が柔らかな苦笑いを浮かべると、四人は顔を見合わせ、コクリと頷いた。
代表して口を開いたのは、腕を組んだクラリスだった。
「レオン。単刀直入に言うわ。……あなた、働きすぎよ」
「そうですよ、レオン様!」
間髪入れずにエレナが身を乗り出す。元気な茶髪のツインテールを揺らし、エプロン姿のまま不満げに頬を膨らませた。
「神々との戦いが終わったってのに、毎日毎日書類仕事か視察ばっかり! うちの店に顔を出してくれても、10分でスープ飲んでまたお城に戻っちゃうじゃない!」
「セレスティナもミルカちゃんも同意見ですわ」
セレスティナが静かに扇子を広げ、翡翠色の瞳で私を射抜く。
「神樹の加護をもってしても、心身の労苦は蓄積いたします。レオン様には『絶対の休日』が必要です」
「うん……。お兄ちゃん、いつもみんなのために頑張りすぎてるの……」
ミルカも心配そうに私の袖をちょんと引っ張った。
(クハハ……参ったな。四方向から退路を塞がれている)
元魔王としての鋭い知覚をもってしても、この四人の『純粋な思いやり』と『譲れない意志』の前には防御結界すら意味をなさない。
「分かった、分かったよ。確かに少し根を詰めすぎていたかもしれないね」
私が降参するように手を挙げると、四人の表情が一瞬パッと華やいだ。
……が、本題はここからだった。
「そこでよ、レオン」
クラリスが咳払いをして、テーブルの上に一枚の羊皮紙を広げた。そこには幾重にも魔法の印章が捺された、厳重な協定書のようなものが書かれている。
「私たち四人で話し合って、**『勇者レオン全休計画』**を策定したわ」
「全休計画……?」
「ええ! 明日から丸々四日間、あなたは一切の公務を禁止!」
エレナが指を四本立てて宣言する。
「そして……その四日間、一日ずつ順番に、私たち一人ひとりと丸一日デートをしてもらうわ!」
「……はい?」
流石の私も、レオンの爽やかな仮面が一瞬外れそうになった。
「言っておくけれど、拒否権はないわよ」
クラリスが毅然とした態度で告げる。
「あなたが公平を期すために誰も選ばないなら、私たちが強引にあなたのスケジュールを奪うまで。人間界代表として私、エルフ代表としてセレスティナ殿、魔族代表としてミルカちゃん、そして庶民・街の民代表としてエレナ。四人それぞれが、あなたを最高に楽しませるプランを用意しているの」
「ふふっ、エルフの伝統に基づいた極上の休日をお約束いたしますわ、レオン様」
「魔族の街でね、お兄ちゃんに見せたい場所がたくさんあるの!」
「うちの店も休業して、王都の一番美味しいお店と遊覧船予約しちゃったんだからね!」
四人の視線が熱を帯びて私に注がれる。
それは争いではなく、互いの存在と立場を認め合った上での、正々堂々たる『順番待ち』の陣形だった。
(……レオンよ。お前のモテっぷりは、ついに三種族+王都の看板娘を巻き込んだ一大国家事業にまで発展したぞ)
「……参ったな。ここまで用意されては、断るほうが無粋というものだね」
私は苦笑を引っ込め、胸に手を当てて優雅に一礼した。
「分かった。その四日間の休日、喜んで受け取ろう。……それで、順番はどう決めるんだい?」
私が尋ねると、エレナが嬉しそうにテーブルの中央に小箱を置いた。
「くじ引きだよ! フェアにね!」
四人が緊張した面持ちで箱に手を伸ばし、それぞれ一枚の紙くじを引き抜く。
運命の順番が開示された。
一日目:クラリス
二日目:セレスティナ
三日目:ミルカ
四日目:エレナ
結果が出た瞬間、一日目を引き当てたクラリスが「よっ……よしっ!」と小さくガッツポーズをし、直後に顔を真っ赤にして咳払いをした。
「……こ、公務の延長ではないけれど! 聖騎士団副団長として、初日を完璧にエスコートしてみせるわ!」
「まあ、クラリス殿ったら抜け目ありませんわね。ですが二日目、疲れが溜まり始めたレオン様を癒やすのは私ですわ」
「三日目はね、お兄ちゃんが大好きな食べ物たくさん用意するんだから!」
「最終日はアタシが王都イチの景色を見せてあげるんだから、楽しみにしててよね、レオン様!」
四人四様の意気込みと、隠しきれない恋心が部屋中に満ちていく。
『銀の星亭』を出て、王城への帰り道。
夜風が火照った頬を心地よく撫でていく。
かつて魔王として世界を滅ぼそうとし、暴力と恐怖でしか他者と繋がれなかった私が、いまや四人の魅力的な少女たちから「休日」と「愛」を贈られている。
(神々を斬り伏せるより、乙女たちの期待に応える方が……遥かに難解な難題だな)
だが、その胸の奥にあるのは不快感などではない。
じわりと広がる、温かく愛おしい高揚感だった。
世界を騙し、世界を救った「偽りの救世主」。
その男が贈る、真実の平和の中で繰り広げられる特別な四日間。
「さあ……明日はどんな一日になることか」
月光を見上げながら、救世主は優しく、そしてほんの少しイタズラっぽく微笑んだ。




