【第21話】 神聖なる服従と世界の騙し絵
満開の黄金色に輝く葉が、神樹の枝々から祝福の光粒となって舞い散っていた。
枯れ果てかけていたはずの古の巨木が、圧倒的な生命の奔流を噴き上げ、森全体を瑞々しい魔力で満たしていく。その奇跡の光景を目の当たりにしたエルフの兵士や長老たちは、手にしていた弓や杖を地面に落とし、呆然と私を見上げていた。
「おお……精霊よ……神樹様が……」
「世界の歪みを正し、枯れ木に命を宿された……! 本物の……本物の救世主様だ……!」
歓喜と畏怖の交ざり合った声が、森の静寂を塗り替えていく。
私の足元で平伏していた神樹の巫女セレスティナは、震える両手を地面についたまま、深く顔を上げた。その翡翠色の瞳には、先ほどまでの疑念や警戒の色は欠片もなく、純粋な敬虔と崇拝の光だけが宿っていた。
「……愚かな疑問を抱いた私をお許しください、勇者レオン様」
セレスティナの声は、微かに震えていた。
「神樹の精霊たちは、あなた様を拒絶するどころか……あなた様という存在を『世界の正しき軸』として受け入れました。あなた様の放つ圧倒的な存在感こそが、この世界を繋ぎ止める真の光だったのです」
「顔を上げてください、セレスティナ殿」
私はレオンの完璧な微笑みを浮かべ、彼女の華奢な手を取って引き起こした。
「精霊たちが私を受け入れてくれたのであれば、それで十分だ。これで、この神樹の森も、エルフの民も守られたのだから」
「あぁ……なんという慈悲……」
セレスティナは胸の前で両手を組み、涙を溢れさせた。
だが、私の胸の奥底で渦巻いていたのは、冷徹な失笑と、どこか不気味なほどの全能感だった。
世界は私を拒絶しなかった。
かつて世界を滅ぼそうとした「魔王の根源」をそのまま抱えた私を、世界のシステムそのものが「勇者」として都合よく再定義し、肯定したのだ。
偽りが真実を上書きし、世界そのものが私の演じる滑稽劇の「共犯者」となった瞬間だった。
神樹の復活を祝う宴が、森の都で盛大に催された。
かつて人間との交流を拒み、孤立を保っていた閉鎖的なエルフたちが、私に向かって争うように酒盃を捧げ、心からの感謝を口にする。
「レオン様、我が森は永久にあなた様と、あなた様の導く王国との同盟を約束いたします」
長老たちが私の前に膝をつき、古代エルフの秘宝である『精霊の庇護の指輪』を献上してきた。
「この指輪は、森の精霊たちの加護を一身に受ける証。どうか、世界を統べるお方へのお納めとしてお受け取りください」
「感謝する、長老。この力、世界と森の平和のために使わせてもらうよ」
私は指輪を受け取り、レオンの碧眼を細めて頷いて見せた。
外なる脅威であった魔王軍を私自身の手で破滅させ、いまや人間界の王宮を影から支配し、さらに不干渉を貫いていたエルフ族までをも完璧に手中に収めた。
武力による征服など、あまりにも下等で原始的な方法だったのだと、いまや思い知らされる。
誇りと正義、そして「救世主」という絶対的な
名分を掲げて振る舞うだけで、あらゆる種族が自ら進んで私の前にひざまずき、忠誠を誓ってくるのだから。
(クハハ……最高の気分だな)
宴の喧騒から離れ、私は神樹のバルコニーから月夜の森を見下ろした。
静かに夜風が吹き抜け、金髪を揺らす。
「レオン様」
背後から、セレスティナが静かな足取りで近づいてきた。
「王都へ……お戻りになるのですか?」
「ああ。王国の改革もまだ道半ばだ。私が戻らねば、また愚かな人間どもが欲望に目を眩ませ、争いを始めかねない」
「左様でございますか……」
セレスティナは寂しげに目を伏せたが、すぐに意を決したように顔を上げた。
「もし、あなた様が新たなる秩序をお作りになるというのであれば……我がエルフ族は、いつでもその力となりましょう。どのような命令であっても、あなた様のご意思に従います」
「頼もしい言葉だ、巫女殿。君たちの未来も、私が保障しよう」
私は彼女の肩に優しく手を置いた。
その瞬間、セレスティナの頬がわずかに赤らみ、彼女は私に向かってうっとりとした眼差しを向けた。
恐怖による支配ではない。愛と敬愛、そして絶対的な信仰による完全な服従。
人間も、魔族の弱者も、そしてエルフまでもが、私の作った「理想の勇者」という幻影に狂喜乱舞している。
数日後、私はエルフの盛大な見送りを受けながら、神樹の森を後にした。
王都グラニアへ向かう街道を、一人馬を走らせる。
胸元には、クラリスから貰った回復薬の小瓶、人間や魔族の子供たちから託された品々、そしてエルフの長老から贈られた秘宝が収まっていた。
どれもが私という存在を「救世主」として縛り付ける、重厚な鎖だ。
(世界が私を勇者と呼ぶならば、いいだろう)
私は手綱を握る手を見つめ、静かに口元を歪めた。
魔王としての力と記憶を持ちながら、勇者として世界を統治する。
神ですら思いつかなかったような、世界最大の騙し絵。
王都に辿り着く頃には、影で私を恐れる貴族たちも、私を「神樹に認められし真の王」として迎えることになるだろう。私の言葉はもはや法となり、私の意志は世界の理となる。
「待っていろ、クラリス。そして愚かな人間どもよ」
夕日に染まる街道の向こう、遠くに見える王都のシルエットを見つめながら、偽りの英雄は低く呟いた。
「お前たちが望んだ『平和』の物語を……私が完璧に完結させてやる」
風が吹き抜け、金の髪が揺れる。
絶望と希望が交錯する新たなる統治の時代が、今まさに幕を開けようとしていた。




