↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/37

【第20話】 神樹の森と精霊の囁き

王都を後にした私は、神樹の巫女セレスティナ率いる使節団とともに、大陸西方に広がる深い

緑の秘境――『神樹の森』へと足を進めていた。


大樹が頭上を覆い尽くす古の森は、外の世界の喧騒から切り離された静謐さに満ちていた。空気を満たすのは、濃密な精霊の魔力と、濡れた苔の匂い。


「……不思議な方ですね、レオン様」


静寂を破り、前を歩くセレスティナが静かに振り返った。その翡翠色の瞳には、未だ拭いきれぬ疑念の色が漂っている。


「あなたの纏う光は、どこまでも澄み渡り、一切の濁りもありません。ですが……森を進むほどに、私の内に住まう精霊たちがざわめくのです。『目の前にいるのは、世界を救いし勇者であり、同時に世界を呑み込む深淵そのものだ』と」


「精霊たちの詩には、少し風狂が過ぎるのではないか?」


私はレオンの柔らかい苦笑を浮かべ、腰の聖剣の柄に手を置いた。


「私はただの人間だ。仲間の遺志を継ぎ、この世界を守るために剣を振るっているに過ぎない」


「ええ……その言動にも、心根にも、偽りを感じ取ることができません。だからこそ……恐ろしいのです」


セレスティナは固い表情のまま、森の最奥――

天を衝くほどに巨大な一本の大樹の前で足を止めた。


神樹。


世界中の生命力を司ると言われる古の霊木。だが、その巨木の幹には痛々しい黒ずみが走り、黄金色に輝くはずの葉は枯れ落ち、悲痛な呻きのような風切り音を立てていた。


「ご覧ください。神樹の根元から溢れ出ているのは、悪意や怨念の類ではありません。……

『矛盾』です」


セレスティナが悲しげに神樹の幹へ手を滑らせる。


「世界の理(ことわり)は、魔王の滅亡と勇者の勝利という正しき秩序を求めています。しかし、世界の中心に存在する『何か』が、その秩序と決定的に食い違っている。その不協和音が、神樹を内側から枯らし、清らかな精霊を狂わせているのです」


(なるほど……世界の理、か)


私は冷ややかに失笑した。


真の勇者は滅び、世界を滅ぼすはずだった魔王が「救世主」として君臨している。世界というシステムそのものが、このあまりにも巨大な狂言(フィクション)に耐えかねて、悲鳴を上げているのだ。


「レオン様、神樹の核へ手を触れてみてください」


セレスティナが私を見つめる。


「もし、あなたの中に世界を脅かす邪悪があるならば、神樹の精霊はあなたを拒絶し、その命を吸い尽くすでしょう。ですが……もしあなたが真の光であるなら、神樹は息を吹き返すはずです」


試されている。私が「何者」であるのかを、世界の理そのものを使って。


「いいだろう」


私は躊躇うことなく一歩を踏み出し、枯れゆく神樹の巨幹へと右手をかざした。


掌が皮膜に触れた瞬間――。


ドクン……!


大地が揺れた。神樹の奥底から、激しい魔力の奔流が私の体内へと流れ込んでくる。


『――我が主……いや、世界の崩壊を拒みし者よ――』


頭の中に直接響く、数千の精霊たちが重なり合

った荘厳な声。


彼らは私の内に眠る恐ろしい「魔王の根源」を瞬時に見破った。しかし、精霊たちは私を攻撃しなかった。それどころか、私が偽りの勇者として人間を導き、平和を維持している「選択」を、世界を支える新たな柱として認識し始めたのだ。


不和を起こしていた理が、私という矛盾を飲み込み、無理やり「勇者」として再定義していく。


神樹の黒ずみが一瞬で消え去り、幹の表面から眩いばかりの黄金の光が溢れ出した。一瞬にして葉が生い茂り、森全体に溢れんばかりの生命の歌声が響き渡る。


「な……そんな……!?」


セレスティナが息を呑み、その場に崩れ落ちた。


「神樹が……息を吹き返した……? 世界の歪みが消え……レオン様を『真の王』として祝福している……!?」


輝く神樹の前で、私は静かに己の手を見つめた。


世界を騙し、嘲笑うために演じていた仮面が、

世界そのものの理によって本物へと縫い付けられていく感覚。


(クハハ……狂っているな、この世界は)


己の存在が「世界」に容認されていく不気味な全能感に包まれながら、偽りの救世主は、満開の神樹の下で静かに口元を歪めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。