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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第59話 新たなる厄介事の予感

 嵐のような昼休みだった。

 女子グループに混ざって、男グループでは普段話さないようなカテゴリの流行りの話を聞きながら、俺の頭はすっかり彼女たちのオモチャにされていた。

 編み込みだの、ハーフアップだの、最終的には高い位置でのポニーテールに落ち着いた俺の髪は、見慣れないシュシュで華やかに飾られている。

 俺の心労と疲労感は、すでにピークに達していた。


 ふう、と息をついてお茶を飲み、ようやく一息ついた俺に、今まで俺の髪を器用にいじっていたクラスメイトの佐々木澄子ささきすみこが、不意に話しかけてきた。

 

「ねえねえ、翔くん。前からずーっと聞きたかったんだけどさ」

「ん? なんだよ、佐々木」

「今の翔くんって、完全な女の子じゃん? 見た目も、昔の面影は少しあるけど、ほとんど別人みたいになってさ」

 

 佐々木は俺の顔をまじまじと見つめながら、不思議そうな声を出す。

 

「まあ、そうだね。外見はこんなんなっちゃったけど、心は男の頃のままだからな」

「だったらさ……どうやって女の子になったの?」

 

 純粋な好奇心に満ちた瞳で、佐々木はそんな爆弾めいた質問を投げかけてきた。

 どうやって、か。それがわかれば俺だって苦労はしない。

 

「どうやってって言われても、俺にはさっぱりわからないんだよなぁ。ある日、普通に寝て起きたらこうなってたんだよマジで。どうしてこんなことになったのかは、俺自身がずっと一番知りたいことなんだ」

 

 肩をすくめてそう答えると、ふと視界の隅で、姫子がスッと顔をそらすのが見えた。

 ん……?

 前々から薄々は思っていたけれど、俺が『女体化した原因』について話をする時、姫子はなぜか決まってバツが悪そうな顔をして目を逸らすのだ。

 まるで、何か後ろめたいことでも隠しているかのように。

 どうして姫子がそんな態度を取るのか不思議でならないが……まあ、今はそれよりも佐々木の話だ。

 俺は思考を切り替え、佐々木へと視線を戻した。


「そんな事を聞くだなんて、ひょっとして佐々木も性転換したいのか? 男になりたい、とか?」

 

 少し空気を軽くしようと、冗談交じりに笑って言う。

 しかし、佐々木の表情は予想に反して暗く沈んでいた。

 

「うーん……私じゃなくてね。『別人になりたい人』がいるんだよね」

「別人になりたい? ……おいおい、まさか指名手配中の犯罪者を匿ってるとかじゃないよな?」

「違う違う! あぁ、でも……近いのかなぁ」

 

 佐々木は困ったように眉尻を下げ、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「私の1つ下の歳の従姉妹なんだけどね。一年くらい前に、ネットで個人情報が晒されちゃって。それが原因で嫌がらせを受けたりして、引っ越す事になって……家族もバラバラになっちゃったんだ。今は私の家で預かっていて、ずっと部屋に引き籠もってるんだよね」

 

 突然飛び出してきた重すぎる身の上話に、俺は思わず言葉を失った。

 個人情報の特定や炎上。最近はSNSなんかで顔写真やら住所やらが晒されて、私刑のような形で特定されたり、面白半分でYouTuberの凸配信の標的にされたりすると言うニュースはよく耳にする。

 だが、まさかそんなドラマやニュースの中だけの出来事が、身近な人間の身に起きているなんて思いもしなかった。

 そういえば、ひよりの件で恵美ちゃんもいじめ加害者をネットに晒したって言ってたな……。

 あれは田川聖子の自業自得だが、佐々木の従姉妹の場合は一体どんな理由なんだろう?

 

「つまり……顔や名前がネットで拡散されたせいで、怖くて家から出られなくなっちゃったってことか」

「うん。だから、翔くんみたいに魔法のような力で別人になれたなら、あの子もまた外に出て、社会復帰できるのかなって……ちょっと思っちゃって」

 

 佐々木は力なく、乾いた笑いを漏らした。

 身内がそんな凄惨な目に遭って、暗い部屋で一人泣いているとしたら。

 それを間近で見ている佐々木も、相当辛い思いをしているはずだ。

 俺の脳裏に、ふと姫子の姿がよぎった。

 もし、俺の大切な妹である姫子が同じような目に遭って、泣きながら引きこもってしまったら……。

 きっと俺は心配で心が張り裂けて、狂ったように犯人を探し出そうとするかもしれない。

 

 ──いや、待てよ。

 

 姫子がネットでおもちゃにされる? あの猛毒白雪姫が?

 ……ダメだ。姫子なら、自分をネットに晒した奴のIPアドレスを即座に特定し、深夜にバールのようなものを持って直接相手の家に乗り込み、物理的にボコボコにして完全勝利する未来しか見えない。

 引きこもってメソメソ泣く姫子の姿があまりにも想像できず、俺は不謹慎にも「ぷっ」と吹き出しそうになってしまった。

 

「……兄さん? 今、何か私のことで失礼なことを考えませんでしたか?」

 

 すかさず姫子が、冷ややかな空気を纏って俺の顔の真横まで接近してきた。

 ジト目で俺の内心を見透かそうとしてくる。

 

「なっ、なんでもないよ!?」

 

 こいつ、エスパーか!? 俺は冷や汗をかきながら、全力で首を横に振って否定した。


「あっ! そうだ!」

 

 空気を変えるように、佐々木がポンと手を打って制服のポケットからスマホを取り出した。

 

「最近ね、その引きこもってる従姉妹が、YouTuber……じゃなかった、何ていうんだっけ? アニメのキャラクターみたいになって配信するやつ」

「VTuberか?」

「確かそう、VTuber! それ始めたんだよ。見て見て」

 

 佐々木がスマホの画面をタップし、動画アプリを起動する。

 俺たちの前に差し出された画面には、金髪のツインテールで、フリフリのドレスを着た、いかにも『王道キラキラアイドル』といった外見の二次元キャラクターが映し出されていた。

 名前は『星街セイラ』と書かれている。

 俺と姫子、そして周りの女子たちも画面を覗き込む。

 

『あ、あー……マイク、入ってますか……? えと……こ、こんばんは。星街、セイラ、です……』

 

 スマホのスピーカーから聞こえてきたのは、華やかで元気いっぱいなアイドルの見た目からは想像もつかないほど、ボソボソとした消え入りそうな声だった。

 

『きょ、今日は……その、マインスイーパーを、やります……。はい……』

 

 無言。ひたすらマウスのクリック音だけが響き、キャラクターは瞬きをするだけで微動だにしない。

 コメント欄は完全に沈黙しており、時折『?』というコメントが流れる程度。

 ……きつい。正直言って、観ていてあまりにもいたたまれなかった。

 画面の端に表示されているアーカイブの再生数は『6』。

 同接ではなく、再生数が6だ。底辺中の底辺、いや、深海のような数字だった。

 恐らく、本人は別人になってやり直したくて、キラキラしたアイドルになりたくてこのガワを被ったのだろう。

 だが、炎上で負った心の傷と、元々のコミュニケーション能力の欠如が災いして、全くキャラクターを演じきれていないのだ。

 

「…………」

 

 俺はなんと声をかけたら良いかわからなくなり、口を開こうとしては閉じるという、金魚のような行動を何度か繰り返してしまった。

 困り果てていると、佐々木がぐいっと身を乗り出し、俺の両手を強く握りしめてきた。

 

「ねえ、翔くん! お願い! この子に、一度でいいから会ってくれないかな!?」

「えっ!?」

「翔くんは生徒会長で、男女問わずみんなから好かれてて……女の子になっても、こうして私たちとすぐ仲良くなれるくらい、明るくてコミュ力お化けじゃん! キミの力で、この子が暗い部屋から出る手助けをして欲しいの!」

 

 佐々木は必死な形相で懇願してくる。

 おいおい、買い被りすぎだろ。俺はただの生徒会長であって、引きこもりを救うカウンセラーじゃないんだぞ。

 会ったこともない、しかもネットの炎上で心を閉ざしてしまった女の子相手に、俺ごときに何が出来るというのか。

 だが、俺の顔をすがるように見つめる佐々木の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 ……ダメだ。こういう顔を見せられると、俺はどうしても放っておけない。

 

「……はぁ。わかったよ」

 

 俺は観念して、頭をガシガシと掻いた。

 

「会うのは構わないよ。俺に出来ることなら、話くらいは聞くし。ただ、素人の俺が行ってすぐに解決するなんて魔法みたいなことはないからな。あまり過度な期待はしないでくれよ?」

「本当!? ありがとう翔くん! やったぁ!」

 

 俺が承諾した瞬間、佐々木は顔を輝かせて俺の手をぶんぶんと振り回した。

 

「やったね佐々木!」

「翔くんなら絶対になんとかしてくれるって!」

 

 周りの女子たちも、佐々木の肩を叩いて我が事のように喜んでいる。

 その賑やかな輪から少しだけ離れた場所で、姫子がやれやれといった様子で深いため息をついた。

 

「……また兄さんは、自分から進んで面倒なことに首を突っ込んで……。本当に、お人好しにも程がありますよ」

「悪かったな。でも、放っておけないだろ?」

 

 俺が苦笑交じりに返すと、姫子は呆れたように肩をすくめた。


 こうして俺は、佐々木の引きこもりの従姉妹である底辺VTuberの少女と会うことになった。

 とはいえ、俺はあまりVTuberには詳しくないからなぁ。

 ある程度仲良くなることが出来たら、多分詳しそうなひよりを連れて行ったほうが良いかもしれないな。

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