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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第56話 素直になった妹の猛攻

 波乱のジョギングから帰宅した日の夕方。

 俺は自室のラグマットの上に座り込み、ぼんやりとテレビのバラエティ番組を眺めていた。

 慣れない運動で乳酸が溜まった足を軽くマッサージしていると、ノックの音もなく、唐突にガチャリと自室のドアが開いた。


「どうしたんだ? またマンガを借りに来たのか?」


 姫子がノックをしないのはいつもの事なので、振り返らずに尋ねる。

 しかし、返事の代わりに背後からスッと忍び寄る気配があり、次の瞬間、俺の背中に柔らかな感触と、少しひんやりとした体温がのしかかってきた。


「……えっ?」


 膝立ちになった姫子が、俺の背後から両腕を回し、ギュッと抱きついてきたのだ。


「一緒に居たいなって、思っただけです」

「い、一緒に居たいって、なに? どういう事? 特に用事はないってことか?」


 俺は驚いて目を丸くした。

 今までならそんな事は絶対に言わなかったし、毒舌を吐いて距離を置いていたはずの姫子が、自らスキンシップを図ってくるなど前代未聞だ。


「ええ。一人で自分の部屋で勉強してたのですが、疲れちゃいましたし、なんだか無性に兄さんに甘えたくなりました。……可愛い妹心です」

「い、いもうとごころ……」


 姫子はそのまま俺の肩にスッと顎を乗せ、耳元に吐息がかかる距離で囁いてきた。


「今日はもう、朝の土手で色々と私の本心を白状しちゃいましたからね。これからは、もっと素直になることにしたんです」


 艶やかな黒髪が俺の頬をくすぐる。

 今まで散々『猛毒白雪姫』としてクールで攻撃的だった妹が、突然デレ全開の甘えん坊になってしまった。

 しかも、今の俺よりも身長が高く、スレンダーなモデル体型で恐ろしく顔が良い黒髪美人に背後からホールドされているのだ。

 嬉しいはずの『妹のデレ』なのに、なぜか俺の背筋には得体の知れない恐怖がゾワゾワと這い上がっていた。


「な、なんだよ急に……。え? マジでお兄ちゃんの事が好きなの?」

「そうですよ? 兄さん大好きです」


 姫子はふふっ、と艶っぽく笑い、俺の耳朶に触れるか触れないかの距離で言葉を紡いだ。


「言ったでしょう? 幼い頃から、ずっと好きだって。貴方の言う『兄妹として好きな妹』が、昔みたいにこうして甘えてるんですよ? 『兄として』……嬉しいでしょう、兄さん?」

「ひぃっ……!」


 耳元で囁かれたその声に、俺は思わず肩をビクッと跳ねさせた。

 なんだろう。気のせいだろうか。

 『兄妹として好き』『兄として』という言葉の響きに、棘が隠されているような、チクリとした冷たい圧を感じたのは。

 俺は夕方にこいつとやり取りした会話の中で、何か選択を誤ったのか……?

 姫子はお兄ちゃんの事が好きって言ってくれたし、俺も素直に妹の事が好きって答えただろう!?

 お互い仲の良い兄妹関係だってわかってハッピーエンドじゃないのかよ!?


 姫子は俺のホールドを解くと、今度は俺のすぐ隣にペタンと座り、肩と肩がぴったりとくっつく距離で寄り添ってきた。

 そのまま、二人でテレビドラマの配信を観ることになったのだが……。


(お、落ち着かない……っ!)


 俺はソワソワと視線を泳がせた。

 姫子のシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐり、密着した肩からは彼女の体温がダイレクトに伝わってくる。

 いくら実の妹とはいえ、絶世の美少女にここまでくっつかれて平気でいられるほど、俺の心はまだ女になりきれてはいなかった。


 やがてドラマがエンドロールを迎え、姫子が「SNSでも話題なだけあって、なかなか面白かったですね」と満足げに呟いた。

 ちょうどその時、一階から母さんの声が響いてきた。


『翔ー、姫子ー。ご飯よー』

「あら、もうそんな時間でしたか。さあ、兄さん。晩御飯の時間ですよ。一緒に行きましょう?」


 姫子はスッと立ち上がると、俺の手をギュッと握り、引っ張り上げてくれた。


「お、おう」


 俺も立ち上がり、そのまま部屋を出ようと歩き出したのだが……姫子はなぜか、繋いだ手を全く離してくれなかった。

 振り払うのも変かと思い、俺たちはまるで迷子にならないように手を引かれる幼稚園児のように、しっかりと手を繋いだまま階段を降り、リビングへと向かった。


「……え?」


 リビングに入り、キッチンで配膳をしていた母さんが、俺たちの繋がれた手を見てパチクリと目を丸くした。


「どうしたの、二人とも。そんな、子供の頃みたいに手を繋いじゃって」

「ふふ。懐かしいですよね母さん。小さい頃は、どこに行くのも手を繋いで、いつも私たちは一緒でしたっけ」


 姫子は繋いだ手を軽く持ち上げてみせ、昔を懐かしむような、それはそれは美しい笑みを浮かべた。


「まあ、昔みたいに仲が良くなったのは良いことだけどね」


 母さんは特に深く追求することもなく、微笑ましく笑った。


「ほら、早く食べてちょうだい。温かいうちにね」

「いただきます」


 食卓を囲み、夕食を平らげる。

 食べ終えた後、俺はふとジョギングの疲労を思い出し、姫子に向かって提案した。


「姫子、今日はすぐにお風呂入ってくれよ。ジョギングした事もあって、俺もちょっと疲れちゃったからさ」

「そうですね。私も少し疲れちゃいました」


 姫子は上品に口元を拭うと、とんでもない爆弾を投下した。


「兄さんも、一緒に入りましょう?」

「「……はい?」」


 俺と母さんの声が、見事にハモった。


「いやいや、お前何言ってるの!?」

「姫子、あんた今日はどうしたの!? 熱でもあるの!?」


 ドン引きして叫ぶ俺と母さんに対し、姫子は涼しい顔で首を傾げた。


「おかしいですか? 小さい頃は一緒に入ってたじゃないですか。今は兄さんも『女の子』なんだし、同性同士、別に何も問題ないでしょう? 久しぶりに、背中の洗いっこでもしましょう?」

「小さい頃って、それこそ小学校低学年の時の話だろ!? 今はもう高校生だぞ!?」


 全力でツッコミを入れる俺。

 同性だから問題ないというロジックは、以前風呂場で無理やり入浴指導をされた時にも使われたが、いくらなんでも一緒の湯船に浸かるのはハードルが高すぎる。


 俺が必死に抵抗していると、横で聞いていた母さんが「うーん……」と腕を組んで考え込み始めた。


「確かに、今の翔は見た目も完全に女の子だし、姉妹みたいなものよね……。一緒に入ってくれたら、お風呂もいっぺんに片付くし、水道代やガス代も少しは浮くのかしら……?」

「ちょっと母さん!? いいか!? 何より一番問題なのは、今の俺の身体は女でも、心は正真正銘の『男』だってことなんだよ!」


 まさかの母さんからの好感触(節約目線)に戦慄し、俺はバンッとテーブルを叩いて叫んだ。

 すると、母さんはハッと我に返ったようにポンと手を打った。


「あ、そっか。あんた、中身は男だったわね。なんかもう、最近すっかり『娘』みたいな気持ちになってたわ。ごめんごめん」


(いやいや! 十七年間、立派な男として育ててきた息子の尊厳が、たった数週間で『女の子』に上書きされてたのかよ! しっかりしてくれ母さん!)


 俺は心の中で激しくツッコミを入れ、ガクリと肩を落とした。

 二人のやり取りを眺めていた姫子は、面白そうにクスクスと笑い声を漏らした。


「冗談ですよ、兄さん。からかっただけです。それじゃあ、お先にお風呂いただきますね」


 姫子はそう言って、機嫌良さそうに鼻歌交じりで脱衣所へと消えていった。

 その背中をポカンと見送ってから、母さんが心配そうに俺に尋ねてきた。


「翔……姫子、本当にどうしちゃったの? なんか変なキノコでも食べた?」

「なんか……これからは、素直になるらしいよ……」


 俺はテーブルに突っ伏し、ひどく疲れた声で答えることしかできなかった。


 その後、姫子と入れ替わりで俺も風呂に入り、自室でゆっくりしていると時刻は二十三時を回った。

 そろそろ寝るかと自室のベッドの布団に潜り込んだ、その時。


 ガチャリ。

 再びノックもなしにドアが開き、シルクのパジャマ姿の姫子がスッと部屋に入ってきた。


「ど、どうしたんだこんな時間に。俺はもう寝るところなんだが」

「一緒に寝ましょう、兄さん」


 有無を言わさぬ極上の笑顔。

 姫子はそのまま、迷うことなく俺のベッドに歩み寄り、俺の掛布団をめくってスルスルと潜り込んできた。


「は!? 一緒に寝る!? 今度は何言ってるんだ姫子!?」


 パニックに陥った俺は、慌ててベッドから起き上がろうとした。

 しかし、身体的にも強い姫子に、非力な美少女の俺が敵うはずもない。

 起き上がろうとした肩をガシッと掴まれ、あっさりとベッドに押し倒されてしまう。

 そのまま、姫子は背後から俺の腰に両腕を回し、コアラのようにガッチリとホールドしてきた。


「おやすみなさい、兄さん」


 背中に姫子の温もりと、ほんのわずかな胸の膨らみが押し当てられる。


「ちょっ、離せって! いくら素直になるからって、これはやりすぎだろ!」

「ふふ……兄さん、温かい。すごく心が落ち着く匂いがします。今日は、とても幸せな夢が見れそうです」


 俺の抗議など全く聞こえていないかのように、姫子は背中で至福の溜息をついた。

 そして、ものの数分もしないうちに、スゥスゥ、と規則正しい穏やかな寝息を立て始めたのだ。


「ウソだろ……マジで寝やがった……」


 俺は身動き1つ取れないまま、薄暗い部屋の壁を見つめた。

 腰に回された腕の力は強く、無理に解こうとすれば間違いなく姫子を起こしてしまうだろう。

 それに、背中から伝わってくる体温は、悔しいけれど確かに心地よかった。


(まさか……これから毎日、こんな感じで接してくるのか……?)


 素直になって毒の抜けた白雪姫の、物理的なコミュニケーション。

 幼い頃は確かにこれくらい甘えん坊だった。

 でも、甘えん坊になるには俺も姫子も大きく育ちすぎた。

 逃げ場のないベッドの中で、俺は深くため息をつき、静かに目を瞑るのだった。

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