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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第55話 白雪姫の本気の告白

 留美子ちゃんと別れ、俺はひんやりとした風を切って土手を走り続けていた。

 先ほど猛ダッシュで逃げ去ってしまった姫子の姿を探して、川沿いの道を必死に追いかける。

 留美子ちゃんと会話したタイムロスを取り戻すように、必死で走った。

 体力のない今の身体では、ただ走るだけでも地獄のような苦しみだった。


「はぁっ……はぁっ……」


 肺が焼け付くように熱い。

 足は鉛のように重く、呼吸のたびに胸が苦しい。

 それでも足を止めなかったのは、逃げ出した時の姫子の顔が、今にも泣き出しそうに歪んでいたからだ。


 やがて、大きくカーブした土手の先、橋の下のコンクリートの壁に、見慣れたポニーテールの後ろ姿を見つけた。

 姫子は壁にもたれかかり、力なく、ただぼーっとした表情で空いっぱいに広がる青空を見上げていた。

 いつもの凛とした『猛毒白雪姫』の面影はなく、まるで迷子になった小さな子供のように見えた。


「はぁ……っ、はぁ……っ、や、やっと追いついたぞ姫子……っ! いきなり俺を置いていかないでくれよな……」


 俺は息を荒らげながら、姫子の目の前で立ち止まり、膝に手をついて非難した。

 足音が聞こえていたはずなのに、姫子はゆっくりと視線を下ろし、俺の顔を見つめた。


「……兄さん」


 ぽつり、と呟いた直後。

 姫子の黒曜石のような美しい瞳が、じわりと涙で潤み始めた。


「ひ、姫子……?」

「兄さん……。私は、私はですね? ……あの子が言っていたように、兄さんが、好きなんです」


 ポロリと、目から一筋の綺麗な涙を流し、姫子は突然、震える声でそう告げた。


「小さい頃、公園でいじめられていた私を兄さんが激怒して救ってくれてから……私はずっと、ずっと兄さんの事が好きだったんです」


 嗚咽を漏らしながら、姫子の口から切実な想いが溢れ出す。


「でも、兄妹だし、そんなのは『おかしい』ってわかってたから……。こんな事言ったら兄さんを困らせるし、気持ち悪いって嫌われるんじゃないかって思って……。だから、気持ちとは逆に、きつい態度で『兄さんの事は好きじゃないですよ』って、必死にアピールしてました……っ」


 姫子はそう言いながら、俺の胸元──皮肉にも、誰かを優しく受け止めるのに最適な柔らかい膨らみに顔を埋め、わぁっ、と声を上げて泣き始めた。


「ひめ、こ……」


 胸元に押し当てられた顔から、温かい涙が服の生地越しに伝わってくる。

 その言葉を聞いて、俺の脳内でこれまでの姫子の不可解な行動の数々が、一本の線となって繋がった。


(なるほど……! そういうことだったのか!)


 俺に過剰なまでにきつい言葉を浴びせたり、「汗臭い」と追い払ったりする一方で、俺の部屋に頻繁に遊びに来ては漫画を読んだり、俺の世話を焼きたがったりする。

 姫子の行動は、言葉と一致しない事が多すぎた。

 その理由が、今ようやくわかった。


(本当は、まだ小さかった頃と変わらない気持ちで、俺のことを『大好きなお兄ちゃん』だと思ってくれていたんだな。……だけど、高校生にもなって実の兄にベタベタ甘えるのは、周囲から『ブラコンでおかしい』と思われるし、何より俺に迷惑がかかると思っていたんだ)


 思春期特有の、強烈な照れ隠しと葛藤。

 あんなに冷酷に見えた猛毒白雪姫の仮面の下には、昔からちっとも変わらない、兄を慕う純粋で可愛い『妹』の素顔が隠されていたのだ。

 恵美ちゃんが指摘していた「本心を明かすのが怖い」というのは、素直に甘えたいけれど拒絶されるのが怖い、という『妹としての甘え』だったに違いない。


「そっか。そうだったんだな、姫子」


 俺は納得し、胸で泣きじゃくる姫子の背中に腕を回し、その頭を優しく撫でた。


「馬鹿だなぁ。俺がそんな事を気にするわけないじゃないか」

「え……?」

「俺だって昔からお前のことは大好きだし、今でもその気持は変わらないぞ?」


 俺が微笑みながらそう答えると、姫子はハッとして目を見開き、涙が流れたままの顔をバッと上げて、俺の顔を至近距離で見つめてきた。


「兄さんも……私のことが、好きなんですか……?」


 信じられないものを前にしたような、掠れた、震える声。


「ああ。勿論だ。俺は昔も今も、お前の事を大事に思ってるよ」


 力強く断言する俺。

 姫子はくしゃりと顔を歪め、再びポロポロと大粒の涙を溢れさせた。


「兄さん……! 兄さん……! 私の、大好きな、心の底から愛しいお兄ちゃん……! 嬉しい……!」


 ぎゅぅぅっ! と、姫子の細い腕が俺の背中に回り、呼吸が苦しくなるほどの強い力で抱きしめられる。

 それはもう、まるで長年の報われなかった恋が実を結んだ乙女の、歓喜の抱擁のようだった。

 俺もまた、素直になってくれた可愛い妹を抱きしめ返し、優しく背中をさすってやった。


「はは、まさかお前がまだまだこんな甘えん坊だっただなんてなぁ。俺たち、家族なんだから、遠慮はいらないんだぞ?」

「……え?」

「俺はお兄ちゃんだからな! お前が『お兄ちゃん』として俺を慕ってくれてたなんて、本当に嬉しいな。俺も『妹』として大好きだ」


 俺が胸を張り、最高にパーフェクトな笑顔でそう告げた、その瞬間だった。


「…………え?」


 姫子の動きが、ピタリと止まった。

 先ほどまでの感動的な嗚咽も、歓喜の涙も、まるで一時停止ボタンを押されたかのようにピタッと鳴りを潜め、姫子はゆっくりと、ロボットのように顔を上げた。


「……妹として、大好き?」

「ああ!」


 俺は元気よく頷いた。


「……それは、家族としての、愛情ですか?」


 姫子の声のトーンが、先ほどまでの震えるような乙女のそれから、地を這うような低い、不気味なくらい冷静な響きへと急降下していた。

 だが、俺はその絶対零度の変化に違和感を覚えながらも、無邪気に笑って答えた。


「勿論だ。それ以外あるのか? お前もそうなんだろ? 俺のことを『兄として』好きって言ってくれたんだろ? いやー、嬉しいなぁ。これからも自慢の兄でいられるように頑張るからな!」


 ニコニコと満面の笑みで言い切る俺。

 対する姫子の表情は──みるみるうちに、能面のような無表情から、絶対的な『虚無』、そして深い深い『不機嫌』へと染まり上がっていった。

 瞳から先ほどまでの感動の光が完全に消失し、ハイライトのない漆黒の闇が広がっていく。


「…………はぁ~~」


 姫子は、心底呆れたような、あるいは自分の数分前の純情を呪うような、特大の深いため息をついた。

 そして、先ほどまで俺を力強く抱きしめていた腕をあっさりと離し、数歩後ろへと退いた。


「ひ、姫子……?」

「……ほら、帰りますよ。今日はもう疲れました。無駄にカロリーを消費した気分です」


 声の温度はマイナス百度。

 姫子は俺と目を合わせようともせず、スタスタと冷たい足取りで歩き始めた。


「ついてこれるなら、ついてきてくださいね。早く帰ってシャワーでも浴びたいです」


 そう言って、姫子はジョギングを再開した。

 しかし、そのペースは先ほどまで俺に合わせてくれていたゆっくりとしたものではない。武道の達人としての本気のストライド。あっという間に俺との距離が開いていく。


「えっ、ちょっと待って姫子! お兄ちゃん、その速さはついていけない! ていうか待って、なんで急に怒って……姫子! 姫子ー!」


 俺はパニックになりながら、再び必死に短い足を動かして後を追いかけた。


(俺、何か変なこと言ったか!? 全然おかしなことは言ってないと思うんだが!? むしろ完璧な兄としての対応だっただろ!?)


 女心と秋の空とはよく言ったものだが、まさか秒単位でここまで機嫌が急降下するとは。

 素直になったと思った妹の複雑怪奇な乙女心に、俺はただただ困惑し、秋の空の下で一人、情けない声を上げながら走り続けるのだった。

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