第5話 美少女生徒会長の登校初日
ついに、その日がやってきた。
月曜日の朝に「制服がありません!」と学校へ連絡したときは流石に混乱を招いたが、特急で手配してもらい、ようやく準備が整ったのが昨日の夜。
というわけで、週の半ばである水曜日。この身体になって初めての登校日を迎えた。
鏡の前で、俺は自分の姿を確認する。
ブレザーにチェックのスカート。首元にはリボン。
どこからどう見ても可憐な女子高生だが、中身はそう。
パーフェクト生徒会長、一条翔だ。
「……スースーするな、やっぱり。こんなヒラヒラで心もとない布を穿いてたのか女子は……」
スカートの裾を気にしながら玄関へ向かうと、そこには既に靴を履いて待っている姫子の姿があった。
「お待たせ。悪いな、準備に手間取って」
「いいえ。慣れない格好でしょうから仕方ありません」
いつもなら俺が先に飛び出していくので、こうして一緒に登校するのは久しぶりだ。
俺たちは並んで家を出て、学校への通学路を歩き出した。
我が家から学校までは徒歩で20分ほどの距離だ。
進学校であることに加え、この近さが志望理由の決め手だった。姫子がここを選んだ理由も似たようなものだろう。
しばらく歩いていると、俺はある違和感に気づいた。
「……はぁ、はぁ……」
息が上がるのが早い。
それに、いつもならもう商店街を抜けているはずなのに、まだ手前の公園あたりだ。
歩幅が狭くなっている上に、基礎体力もガタ落ちしているのだ。美少女ボディの代償は意外と大きい。
ふと隣を見ると、姫子が俺のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれていることに気づいた。
しかも、彼女はさりげなく車道側を歩いている。
(……俺を守るような位置取りだな)
今までは俺が姫子を守る側だと思っていたが、まさかこんな気を遣われるようになるなんて。
俺は少し申し訳なくなって、声をかけた。
「姫子、俺に合わせてゆっくり歩いてくれてるんだよな? ゴメンな。先に行ってもいいんだぞ」
「何を言ってるんですか、兄さん」
姫子は前を向いたまま、クスリと口元を緩めた。
「普段調子に乗って『俺はパーフェクト生徒会長だ』と豪語する兄さんが、ここまで弱体化している面白い状況……もっと近くで見守らせてくださいよ。最高の娯楽です」
「こ、こいつ……!」
そんなに兄の情けない姿が嬉しいのか。性格悪いぞお前。
俺が愕然としたその時、舗装の継ぎ目に足を取られた。
「おっと!?」
「っ、危ない!」
転びそうになった俺の身体を、姫子が素早く抱きとめる。
細い腕なのに、その力は驚くほど強かった。
「気をつけてくださいね? ただでさえその無駄に大きな脂肪の塊で、足元が見えづらいんですから」
「うっ……返す言葉もない」
憎まれ口を叩きながらも、その手つきは優しい。
やっぱり、昔の優しかった姫子の本質は変わっていないんだなと、俺は胸を撫で下ろした。
……ただ、俺の脂肪の塊とやらを、じっと真剣な目つきで見つめるのはやめてほしい。
女性は男性の視線がわかるってのは本当なんだな。
いや、姫子は女の子だけどさぁ。
何なんだその熱っぽい視線は。やっぱり羨ましいのか? あげられるならあげたいよ俺だって。
*
学校に到着し、教室のドアの前に立つ。
心臓がドキドキと早鐘を打つ。
だが、俺は生徒会長だ。こんな状況程度で怖気づいてはいられない。
不安なんて跳ね飛ばして、胸を張って立ち向かうしか無い。
「よし」
意を決してドアを開ける。
俺と姫子が並んで教室に入ると、ざわついていた朝の空気が一瞬にして静まり返った。
「……え?」
「誰だあの子? すっげー可愛い……」
「姫子ちゃんと一緒に来たけど、転校生?」
見知らぬ美少女(俺)の登場に、クラス中が困惑の渦に包まれる。
当然だ。転校生の紹介もなしに、いきなり制服を着た知らない生徒が入ってきたのだから。
しかも姫子は、何事もなかったかのように俺を置いてスタスタと自分の席に着席してしまった。
(おい! 何か一言フォローしろよ! 皆困惑してるだろ!)
俺は心の中で盛大にツッコみつつ、覚悟を決めて教壇の前に立った。
黒板を背にして、クラスメイトたちを見渡す。
「えっと……おはよう。信じられないと思うけど、俺は翔だ。一条翔だよ」
シン……と、教室の時が止まった。
数秒の沈黙の後、爆発的なざわめきが巻き起こる。
「はあああああ!? 翔!? 会長!?」
「嘘でしょ!? ドッキリ企画!?」
「え、何かの罰ゲームで女装してんの? にしては骨格レベルで違うしクオリティ高すぎない!?」
混乱する教室。
一人の男子が手を挙げた。
「し、質問! それ、マスクとか特殊メイクとかじゃないの?」
「地肌だよ。触ってみるか? ……あ、やっぱダメだ。なんかヤダ」
「じゃあ、なんでそんな姿になってんだよ! マスコットと契約して魔法少女にでもなったのか!?」
「俺が聞きてえよ! 朝起きたらこうなってたんだよ! っていうか魔法少女なら最初から女の子を勧誘してくれよ!」
次々と飛んでくる質問に、俺は必死に応戦する。
そんな中、視線が自然と姫子に集まった。
「ねえ、一条さん。これ本当なの……?」
「……本当です」
姫子は教科書を広げながら、淡々と答えた。
「アレは間違いなく兄さんです。残念ながら、中身はそのままです」
「残念って言うな!」
姫子の証言で、クラスの空気が少し変わる。
すると、友人の佐藤がおずおずと近づいてきた。
「じゃ、じゃあさ……先週俺とオンラインで対戦したゲームのこと、言えるか?」
「ああ。ス◯6で俺のザンギ◯フにお前が6連敗して、最後に回線を切断して逃げたやつな? ペナルティつくからやめろよな、あれマナー違反だぞ」
「……ま、マジで翔じゃん……」
佐藤の顔から冷や汗が流れ落ちる。
俺しか知り得ないしょうもないゲームの不正行為を暴露され、彼は信じざるを得なかったようだ。
「どうして女の子になったの? こんなことが現実にあり得るなんて……」
「原因は全くわからない。俺もまだ夢を見てるんじゃないかと思ってるくらいだ」
俺は肩をすくめて、皆に向き直った。
「でも、わからないけど俺は俺だ。姿形は変わっても、本質は何も変わっていない。だから、今までと同じように接してほしい。頼む」
俺が頭を下げると、クラスメイトたちの間に安堵の空気が流れた。
「まあ、中身が翔ならいっか」
「つーか、むしろ今のほうが可愛くていいじゃん! 俺は歓迎するぜ」
「あーあ、クラスの数少ないイケメン枠が消滅しちゃったわね……」
「でも私、女の子もいける口だし、これはこれで……」
おおむね好意的に受け入れられたようだ。
一部の女生徒が嘆いているのは申し訳ないが、まあ、俺の人気を再確認できたということで良しとしよう。
「はぁ、よかった……」
俺はほっと息をついた。
ふと姫子を見ると、あいつも安心したかのような表情をしていた。
しかし先ほど「どうして女の子になったのか」という話題が出た瞬間、彼女がスッと視線を逸らして窓の外を眺めていたのを俺は見逃さなかった。
まるで、その話題から逃げるように。
(……考えすぎか?)
俺の胸の中に、小さな疑念の種が落ちたような気がしたが、今は無事にクラスに受け入れられた喜びのほうが勝っていた。




