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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第46話 白雪姫の憤慨と、神様の小さな秘密

 翌日の日曜日、私は一人で家を出た。

 向かう先は、シロちゃんと初めて会った、あの古びた神社だ。

 石段を一段一段踏みしめながら、昨日から燻り続けているどす黒い感情を胸の中で転がす。

 

 兄さんが、見知らぬ女と出かけていた。

 しかも抱き合っていた。

 体中に残っていた、甘ったるい女の匂い。

 あれはひよりや夕映先輩のものでは断じてない。

 テスターの拭き残しだという兄さんの言葉は信じた。

 ファーストキスも無事だったと納得した。


 だが、それとこれとは話が別だ。

 私という存在がいながら、他の女と一日中楽しそうに過ごしていたという事実は変わらない。

 

 鳥居をくぐり、本殿前まで歩くと、空中にふわりと金色の光が散り、小さな影が宙に浮かんでいた。


「あ、姫子ちゃん。今日はどうしたのですか? 珍しく難しいお顔をしていますね」


 キツネ耳をピコピコと動かしながら、シロちゃんが首を傾げる。

 光輪がゆっくりと回転し、よく晴れた境内に金色の粒子を散らしていた。


「どうしたもこうしたもありません」


 私はシロちゃんの前に立ち、腕を組んで息を吐いた。


「昨日、兄さんが私に黙って見知らぬ女の子とデートをしていたんです」

「え、あー……うん、まあ、そうなのですね」

「しかも抱き合っていた匂いがしたんですよ? シロちゃん、どう思いますか。これは由々しき問題では?」

「う~ん……」


 シロちゃんは頬に手を当て、困ったように眉を下げた。


「でも姫子ちゃん、お兄さんはまだ姫子ちゃんのものになったわけじゃないんですけどねえ……」

「わかってます。わかってますよそんな事。でも、ムカムカするんですよッ!」


 私が声を荒げると、シロちゃんはびくっと狐耳を伏せ、「お、怒らないでくださいよぅ……」と頬を引きつらせた。


「姫子ちゃんだって、お兄さんと距離を縮めている途中じゃないですか。デートのひとつやふたつ、他の女の子としてしまうこともあります。焦らなくて大丈夫ですよ」

「……そうですよね」


 シロちゃんの言葉に、私は渋々と肩を落とす。

 頭ではわかっている。兄さんはまだ私の気持ちに気づいてすらいないし、私はまだ何も仕掛けていない。

 焦るのは早すぎる。

 だが、それでも胸の奥がチリチリと焦げるのはどうにも止められなかった。

 私が境内の石畳を見つめながら逡巡していると、ふと、ある記憶が脳裏をよぎった。

 そういえば以前、兄さんがゲームのガチャに失敗して神社を訪れた際に、知らない幼い少女と並んで肉まんを食べていたという話を聞いた。

 その少女の特徴は、どう考えてもシロちゃん以外には考えられない。


「……シロちゃん」

「はい? そんなに真剣な目で私を見つめてどうしましたか?」

「少し前に、私に何も言わずに兄さんに会いましたよね」


 シロちゃんの金色の瞳が、大きく見開かれた。


「なっ、な、なんのことですかねぇ……?」

「しらばっくれても無駄ですよ。兄さんから聞いています。不思議な幼い少女と神社で出会い、肉まんを一緒に食べたと」

「そ、それはその……!」


 目を泳がせて逃げようとするシロちゃんを、私はとっさに両腕で抱きかかえた。

 モフモフとした狐の尻尾と、ふわふわとした子供体温の小さな体が腕の中に収まる。


「逃がしませんよ」

「うわあ!? ちょっと姫子ちゃん!?」

「ちゃんと説明してください。何故、私に内緒で兄さんに会ったんですか?」


 シロちゃんはじたばたと足をばたつかせたが、私の腕の中からは逃げ出せない。

 やがて観念したように動きを止め、狐耳をしゅんと伏せた。


「……理由は話しますけど、怒らないでくださいね?」

「内容によります」

「怒るじゃないですかそれ!」

「話してください」


 じっと見つめると、シロちゃんはこほんと小さく咳払いをした。


「……私が、お兄さんの身体を作り変えたじゃないですか。女の子の身体に」

「ええ」

「お兄さん、本当は怒っていないかなって……心配だったんです。姫子ちゃんのお願いを聞き入れたのは私の意思ですから、責任はちゃんとあります。それで、直接本人に確かめたくて」


 シロちゃんの言葉が、静かに胸に落ちてきた。

 私は少し前のことを思い出す。

 あれは私が五年間、一日も欠かさず神社で祈り続けた願いが届いた日のことだ。

 シロちゃんが私の前に現れてくれた時、私はただ自分のお願いが叶うことだけを考えていた。

 しかし、シロちゃんにとっては違った。

 自分の力で、一条翔という17年間男として生きてきた一人の人間の身体を作り変えたという事実が、ずっと気がかりだったのだ。

 私の身勝手なお願いで、兄だけではなく、シロちゃんまでも不安にさせてしまっていた。

 それに今まで気づかなかった自分が恥ずかしくなり、私は素直に口を開いた。


「……ごめんなさい、シロちゃん」

「え?」

「私が自分の願いのことしか考えていなかったせいで、シロちゃんを不安にさせてしまいました。あなたを気遣う余裕すらなかった。本当に申し訳なかったと思っています」


 シロちゃんはぱちぱちと瞬きを繰り返し、それからぷるぷると頭を振った。


「気にしないでください! 私が姫子ちゃんのお願いを聞き入れると決めたんですから、責任は半分こですよ。姫子ちゃんだけのせいじゃありません」


 困ったように眉を下げながら、それでも柔らかく微笑むシロちゃんを見て、胸の奥がほのかに温かくなる。


「……ありがとうございます」

「えへへ。でも、お兄さんは全然怒っていませんでしたよ。むしろ今の生活を楽しんでいるみたいで、良かったです」


 シロちゃんはほっとしたように尻尾をパタパタと揺らした。

 私は腕の中のシロちゃんを見下ろしながら、もう1つ訊いてみることにした。


「それだけですか? 理由は」


 すると、シロちゃんの狐耳が、ぴんと立った後、ゆっくりと内側に折れて、その身をもじもじとし始めた。

 ほんのりと頬を赤く染め、金色の瞳を泳がせる。


「そ、それとですね……」

「それと?」

「……優しそうなお兄さんに、遊んでほしかったのです」

「…………」

「それと、ナデナデしてほしかったのです!」


 しゅばっと狐耳を両手で押さえ、シロちゃんが顔を隠した。

 光輪がチカチカと赤みがかった色に明滅している。

 神の世界には大人しかいないから、同年代の友達が欲しかったと、以前シロちゃんが話してくれたことを思い出した。

 この子は恐らく何百年も生きているくせに、人間の子供と変わらないほど純粋で、本当はもっと誰かに甘えたかったのだ。


「……シロちゃん」

「な、なんですか?」

「こっちを向いてください」


 もじもじと顔を隠したままのシロちゃんを私は抱きかかえたまま、そのふさふさの狐の頭にそっと手を乗せた。


「んっ……」


 くしゃくしゃと優しく撫でてやると、シロちゃんの肩からゆっくりと力が抜ける。

 狐耳がパタッと横に倒れ、尻尾が犬のようにブンブンと勢いよく揺れ始めた。


「う、うう……姫子ちゃん……」

「世界の創造神の娘が、人間の男の子にナデナデしてもらいたくて神社に降りてくるだなんて。全く、笑えない話ですね」

「う、笑ってるじゃないですかぁ! 姫子ちゃん今、笑いましたよね!?」


 口の端が少し緩んでいたらしい。指摘されてしまった。


「気のせいですよ」

「絶対気のせいじゃないですもん!」


 ぷんすかと抗議するシロちゃんを撫で続けながら、私はふと思う。

 最初は、存在自体が私たち人類とは別次元の彼女に畏れを抱いた。

 だがしかし、彼女と交流し彼女の内面を知るにつれて、自分の願いのために現れた神様が、いつの間にか愛おしい存在になっていた。

 この子は私の共犯者で、最強の味方で、そして何より大切なお友達だ。


「シロちゃん」

「なんですか?」

「次に兄さんに会いたくなったら、こっそり抜け駆けしないで私に一言言ってください。三人で会いましょう」


 シロちゃんはぱちくりと目を開いた後、みるみるうちに顔を輝かせた。


「ほんとうですか!?」

「本当ですよ。ただし、私が同席しているうちは兄さんに近づきすぎないでください。流石にあの人がロリコンだとは思いませんが、なんらかの手違いでシロちゃんに恋をされては困りますからね」

「そ、それはなんだか条件が細かいですね……」

「当然の条件です」


 むくれるシロちゃんの頭を再びわしゃわしゃと撫でてやりながら、私は薄く目を細めた。


 兄さんが昨日、他の女と楽しい時間を過ごした事実は変わらない。

 胸の奥のチリチリはまだ完全には消えていなかった。


 だが、今日ここで、私は確かな気付きを得た。

 この神様も絶対に、幸せになってもらわなければいけない。

 そう思いながら、晴れ渡った空の下で、腕の中の小さな神様を静かに抱きしめたのだった。

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