第43話 ツインテールに隠された誓い
「……それから、私はなんとかしてひよりちゃんを助けたいと思って、行動を起こしたんです」
恵美ちゃんは紅茶のカップをテーブルに置き、中学時代の『反撃』について語り始めた。
まず彼女が目をつけたのは、ひよりのクラスの担任だった。
放課後、人気のない特別教室に担任をメールで呼び出した恵美ちゃんは、単刀直入に「天道さんが虐められている事を知っているんですか?」と問い詰めたという。
「先生は口ごもりながらも、知っていると答えました。それならどうして助けないのかと身を乗り出すと……あいつ、最低な言い訳をしたんです。主犯の田川聖子は校長の娘だから、問題が明るみに出れば自分が学校を辞めさせられるかもしれないって」
「はあ!? なんだそのクソ教師! 生徒を見殺しにするのかよ!」
俺が思わず叫ぶと、恵美ちゃんは冷たく鼻で笑った。
「ええ。先生としてあるまじき答えに、私は激怒しました。だから、脅してやったんです。『昨年、先生が私と付き合っていた事を教育委員会にバラす』って」
「……はい?」
俺の思考が数秒停止した。付き合っていた? 生徒と教師が?
「あはは。私、小学生の頃から彼氏が途切れたことなくて。その担任とも、短期間ですけど関係を持ってたんです。まあ、若気の至りですね」
「陽キャの交際歴、恐ろしすぎるだろ……!」
俺のツッコミを華麗にスルーして、恵美ちゃんは話を続ける。
青ざめて「それだけは許してくれ」と懇願する教師に対し、恵美ちゃんは「だったらひよりちゃんの事をなんとかしなさい」と一蹴した。
教師は「明日、声をかけてみる」と約束して逃げるように去っていったという。
「でも、それだけじゃ駄目だと考えたんです。あんなクズ教師の注意くらいで、田川聖子が大人しくなるはずないですから」
そこで恵美ちゃんが頼ったのは、電子機器に強い『オタクの元カレ』だった。
彼にお願いして、学校の複数箇所──特に死角になりやすい場所に、隠しカメラと集音マイクを設置させたのだ。
嫌な予感は的中した。
翌日の放課後。
担任から中途半端な注意を受けたであろう聖子は、怒り狂ってひよりを人気のない校舎の裏に呼び出した。
タブレットで監視カメラの映像を見ていた恵美ちゃんは、取り巻きを引き連れた聖子が、ひよりを取り囲むのを目撃する。
『アンタ、先生にチクったでしょ』
画面越しに聞こえてきたのは、底意地の悪い声。
ひよりは恐怖に震えながら「そんな事してません……!」と答えたが、次の瞬間、聖子は容赦なくひよりの腹を殴りつけた。
「映像を見た瞬間、頭に血が上って。私はタブレットを放り出して、全力で現場に走りました」
恵美ちゃんが旧校舎の裏に駆けつけた時、事態は最悪の局面を迎えていた。
『チクった罰として、制裁してあげる。今からアンタを裸にして、動画撮ってSNSに晒してやるから!』
聖子が狂ったように笑い、取り巻きたちがうずくまるひよりを押さえつける。
足跡だらけの制服が、ここに来るまでに行われていた醜悪な出来事を想像させる。
絶望し、泣き叫ぶひより。その尊厳が完全に踏みにじられようとしたその時──。
「何やってんだお前ら!!」
恵美ちゃんが、怒り心頭で現場に乱入した。
突然現れた別クラスの恵美ちゃんに、聖子は一瞬戸惑ったが、すぐに余裕ぶった薄笑いを浮かべた。
『何よ。私たち、ちょっと遊んでるだけだけど何か?』
「遊んでる? ふざけないで。お前らがやってるのは、最低の犯罪よ」
恵美ちゃんは、自分のスマホの画面を聖子たちの目の前に突きつけた。
「これを見ても、まだそんな口が叩けるの?」
そこに映っていたのは、先ほどから一部始終を録画していた監視カメラの映像だった。
今日一日、教室で行われていたいじめも録画されている。
絶句する聖子とその取り巻きたち。だが、恵美ちゃんの反撃はそれだけでは終わらなかった。
「今、この動画をいじめの証拠としてSNSに投稿したわ。もう拡散が始まってる。良かったわね。貴方達もSNSに動画をあげたかったんでしょ? 彼女じゃなく、自分たちが主役になれて最高じゃない!」
投稿完了の画面を見せつける恵美ちゃん。
さらに、彼女は時間差で仕掛けていた特大の爆弾を起動させた。
――ジジッ、ポーン。
突然、校庭のスピーカーから、今日一日隠しカメラで録画していた『教室でのいじめの音声』が、大音量で校内中に流れ始めたのだ。
「放送部の『元カノ』に頼んでおいたんです。おまけに、あのクズ教師(元カレ)を脅して、学校の生徒全員が入っているグループL◯NEにも映像を流させました」
「元カノ!? いや、それより社会的抹殺のスケールがえげつない……!」
恵美ちゃんの恐るべき人脈と行動力に、俺は戦慄した。
自分の悪行が全校生徒、いや世界中に暴露されたと悟った聖子は、青ざめた顔を怒りで歪ませた。
『あんたぁぁっ!』
発狂して恵美ちゃんに殴りかかろうとした聖子だったが、恵美ちゃんは今までの怒りを込めた拳をカウンターで思いっきり聖子の顔面に叩き込んだ。
今まで一方的に暴力を振りかざすだけだった聖子の腰の入っていないパンチなんて、応援のために何度か試合を見ていたボクシングジムに通う元カレに比べれば、止まって見えた。
更にその直後、ここに来る前に『いじめの現場はここ』と拡散しておいた通知を聞きつけて集まってきた大勢の生徒たちが、彼女たちを取り囲んだ。
『おい、いじめ動画のやつらじゃん!』
『校長の娘だからって、何してもいいと思ってんじゃねえぞ!』
生徒たちに取り囲まれ、聖子たちは完全に逃げ場を失った。
喧騒の中、恵美ちゃんは、わけが分からず泣き腫らした目で座り込んでいるひよりの前にしゃがみ込んだ。
「もう、大丈夫だよ」
そっと手を差し伸べた恵美ちゃん。
「今まで、本当に大変だったね。一人で、よく頑張ったね」
その優しい声に、張り詰めていた糸が切れたのだろう。
ひよりは恵美ちゃんに力いっぱい抱きつき、子供のように声を上げて、いつまでもいつまでも泣き続けたという。
「……その後、騒ぎは警察沙汰にまで発展しました」
恵美ちゃんは、どこか遠くを見るような目で語る。
「ネットの特定班が動いて、田川聖子とその仲間たちは完全に社会的な制裁を受けました。でも……ひよりちゃんも心が壊れてしまって、そのまま学校に来なくなってしまったんです」
結果的に助けることはできたが、ひよりの心に深い傷を残してしまった。
恵美ちゃんはそれがずっと気がかりだった。
ひよりがその後どうなったかを知ることはないまま、恵美ちゃんは中学を卒業し、この高校に進学した。
そして入学式の日。
名簿の中に『天道ひより』という名前を見つけた時、心臓が止まるかと思ったという。
「教室に行ったら、そこにいたのは、明るい栗色のポニーテールで、元気に笑っているギャルの女の子でした。中学時代の面影なんて欠片もなくて……でも、私はすぐにわかりました。彼女が、必死に自分を変えようと頑張ったんだって」
その姿を見た瞬間、恵美ちゃんは涙が溢れそうになり、慌ててトイレに駆け込んだ。
そして、鏡の前で決意した。
「私は、中学時代には一度もやったことがない『ツインテール』に髪型を変えたんです」
ひよりは、あの日助けてくれた恵美ちゃんの名前を知らないはずだ。
容姿さえ変えれば、あの凄惨な過去を知る人間が同じ学校にいるとは気づかれない。
トラウマを乗り越え、新しい自分として高校デビューを果たした彼女の邪魔をしたくない。
トイレから出た恵美ちゃんは、友達を作らなきゃとソワソワしているひよりに近づき、満面の笑みで声をかけた。
『はじめまして! 私、橘恵美! よろしくね!』と。
「……だから、私はこれからもひよりちゃんに正体を明かす気はありません」
すっかり冷めてしまった紅茶を見つめながら、恵美ちゃんは優しく微笑んだ。
「彼女がまた悲しい思いをしないように、一番近くで見張ってるんです。それが、あの日彼女を最後まで助けられなかった私の、せめてもの罪滅ぼしですから」
「う、ううっ……うわああぁぁん!」
気がつけば、俺は声を上げて号泣していた。
恵美ちゃんの優しさ、ひよりの絶望から立ち直った強さ、そして二人の間にあった知られざる絆。
そのすべてが胸に刺さり、涙腺が完全に崩壊してしまったのだ。
ボロボロと大粒の涙をこぼす俺を見て、恵美ちゃんは目を丸くして戸惑った。
「ええっ!? か、会長!? なんで泣いてるんですか!?」
「だって、だってさぁ! お前、めっちゃいい奴じゃんか……! ひよりのために、そこまでして……うぐっ、ひっく……!」
鼻水をすする俺を見て、恵美ちゃんは呆れたように吹き出した。
「もう、会長は本当に優しいんですから。他人のためにそこまで感情移入して泣けるなんて、ズルイですよ」
恵美ちゃんは笑いながらソファーを詰め、泣きじゃくる俺の肩を抱き寄せた。
「えらいえらい。泣かないでくださいね」
ふわりと甘い香りがして、恵美ちゃんの柔らかい手が俺の背中を優しくさする。
俺は子供のように彼女の胸に顔を埋めながら、ひよりがこの先ずっと笑顔でいられるように、生徒会のみんなで絶対に守り抜いてやろうと、心に強く誓ったのだった。




