第40話 肉食系女子のお誘い
「ひよりの過去……だって?」
ゲームセンターの喧騒の中で、恵美の放った言葉は、ひときわ重く俺の耳に響いた。
以前、ひよりの家でお泊りをした夜、彼女が涙ながらに語っていたことを思い出す。
『私って、中学まではずっと眼鏡をかけていて、髪も今みたいに染めてない地味な黒髪で。オシャレにも気を使わない、クラスの隅っこで本を読んでるような「ザ・オタク少女」だったんすよ』
そう自嘲気味に笑っていた彼女。
地味なオタク少女だった彼女が、今のスクールカースト上位の陽キャグループに所属し、明るいムードメーカーとして振る舞うようになるということは、自分の人格を根底から作り変えるようなものだ。
相当な覚悟と、それほどの行動に至る『何か』があったはずだ。
一体何が彼女をそうさせたのか、ずっと気にはなっていた。
だが、無理に過去を掘り返すことで、彼女が必死に隠そうとしている古傷をえぐってしまうのではないかと思い、俺からは決して聞かないと決めていたのだ。
しかし。過去を知る同じ中学校の生徒であるこの恵美ちゃんからこっそり聞けるのなら、俺が黙っていれば、ひよりを傷つける事はないかもしれない。
「……もし良かったら、あいつに何があったのか、俺に教えてくれないか?」
俺は周囲の目を気にしながら、小声で問いかけた。
すると、恵美は顎に指を当てて、少しだけ思案するような素振りを見せた。
「そうですね……。それは構いませんけど、こんな場所でするような話ではないですから……」
そこまで言って、恵美はパァッと顔を輝かせた。
「そうだ、会長! 私とデートしてくれませんか? そしたら、教えてあげます!」
「……ええ!?」
突然の提案に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「どうですか? 私、自分で言うのもなんですが、かなり可愛いと思うんですけど」
恵美は顔の横であざとくピースサインを作り、ウインクをして見せた。
(この子、凄いグイグイ来るな……! これがトップカーストの陽キャ女子の距離感か……!)
たしかに、大きなリボンを付けたツインテールの彼女は、小動物的な愛らしさがあり、男なら誰でもドキッとしてしまうような魅力がある。
だが、俺は首を横に振った。
「君みたいな魅力的な子に誘ってもらえるのは光栄だけど……ひよりの過去を聞きたいがために君とデートするなんて、ひよりにも君にも不誠実だ」
「えっ?」
「そんな事は、男として出来ないよ。デートってのは、もっとお互いがお互いを想いあって、初めて行うものだろう?」
俺は生徒会長として、いや、一人の人間として、大真面目に答えた。
取引の材料に『デート』を使うなんて、相手の女の子に対して失礼だと思ったのだ。
俺の言葉を聞いた恵美は、丸くした目をさらに見開いて、俺の顔をジッと見つめた。
そして。
「ぷっ……あはははははっ!」
突然、お腹を抱えて大爆笑し始めたのだ。
「え? な、なんで笑うんだよ?」
俺が理由がわからずに立ち尽くしていると、恵美は目尻に浮かんだ涙を拭いながら、ぜぇぜぇと息を整えた。
「す、凄いです会長! 今まで私、デートに誘われることは何度でもあったし、私が誘うと大喜びで食いついてくる男の子ばかりだったのに……。デートに対して『お互いがお互いを想いあって初めて行うものだ』だなんて!」
「そ、それが普通だろ!?」
「女の子に大人気の学校一のイケメンだったくせに、すっごい真面目なんですね……! もう、可愛い……! 可愛すぎますよ、会長!」
恵美はツボに入ってしまったらしく、ヒィヒィと肩を揺らして笑っている。
なんだか馬鹿にされているようで、俺はムッとして頬を膨らませた。
「わ、悪かったな頭が硬い人間で! 仕方ないだろ!? 今まで彼女なんて出来たこともないのに、そんな器用な付き合い方ができるわけないだろ!」
そう言ってそっぽを向くと、恵美はハッとして笑いを止めた。
「えっ、会長、彼女いたことないんですか!? あんなにモテてたのに!?」
「部活と勉強と生徒会の仕事で忙しかったんだよ!」
俺の悲痛な叫びに、恵美は慌てて両手を振った。
「ご、ごめんなさい、バカにしてるわけじゃないんですって! 私の周りに今までいなかったタイプだから、ビックリしちゃっただけなんですよ!」
「いないタイプって……」
「私、小学生の頃から男女問わず、いろんな人とお付き合いしてきたんですけど……ここまで奥手で真面目なイケメン……いや、今は美少女ですね。とにかく、そんなピュアな人、初めてなんです」
「小学生の頃から、男女問わず、いろんな人と……!?」
俺は絶句した。
先程の「どっちもイケる」という発言は冗談ではなかったらしい。
まさか、年下の後輩にそんな肉食獣みたいな恋愛猛者がいるなんて。俺はマジマジと恵美の顔を見つめてしまった。
「じゃあ、言葉を変えますね」
恵美は一歩距離を詰め、俺を見上げて両手を合わせた。
「今度の土曜日のお休みに、一緒に二人で『遊びに』行きましょう! お願いします! 憧れの会長と、一度でいいから遊んでみたいんです! そしたら、ひよりちゃんの過去もちゃんと教えてあげますから!」
上目遣いで懇願してくる恵美。
(デートじゃなくて『遊ぶだけ』なら……まあ、ひよりの友達だし、仲良くしておいて損はないよな)
俺は、その熱意に押し切られる形で頷いてしまった。
はぁ……昔っからチョロいとか言われるのはこういう所なのかな……?
「……わかった。ただ遊びに行くだけなら、いいよ」
「やったー! ありがとうございます、会長!」
恵美は大喜びで飛び跳ね、俺たちはその場でスマホを取り出してL◯NEを交換した。
「お待たせー! なんか楽しそうですね。恵美と仲良くなったんですか? 会長」
ちょうどLINEの交換を終えたタイミングで、大きなち◯かわのハ◯ワレぬいぐるみを抱えた留美子と、疲労困憊のひよりが戻ってきた。
ティッシュケースじゃないって事は、惨敗して別のになっちゃったんだな……。
恵美はスマホをポケットにしまうと、俺の隣に並び、俺に向けて妖艶な流し目を送った。
「うん。そうだよ。……ね! 会長」
その声色は、先程までの無邪気な後輩のものとは違い、どこか甘く、ひどく大人びて聞こえた。
ドキッと心臓が跳ねた俺は、誤魔化すように曖昧な愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「これから私たち、駅前のカラオケに行くんですけど、会長とひよりも行きますか?」
留美子が誘ってくれたが、すでに精神的にも体力的にも限界を迎えていたひよりと、これ以上肉食獣の後輩と一緒にいるとペースを乱されそうだった俺は「今日はもう帰るよ」と丁重に断って、二人と別れることにした。
「ふぅーっ……死ぬかと思ったっす……!」
ショッピングモールを出て、夕暮れの道を歩きながら、ひよりが大きく背伸びをした。
「ほらよ。お前の戦利品だ」
俺が持っていたビニール袋の中からエクレールのフィギュアの箱を取り出して渡すと、ひよりは「わぁぁっ!」と目を輝かせて、大事そうに箱を胸に抱きしめた。
「ありがとうございます、先輩! さっきは咄嗟に私を庇ってくれて……本当に助かりました」
ひよりは立ち止まり、俺に向かって深くお辞儀をした。
「気にすんなよ。お前が俺のために取ってくれたってことになってるんだから、大事に飾れよな」
「はいっ! 家の一番いいところに、祭壇を作って飾るっす!」
俺が笑って答えると、ひよりはいつもの明るい笑顔を取り戻し、ごきげんな様子で箱を眺めながら歩き出した。
家の方角が別れる交差点まで、並んで歩く道中。
俺は、無邪気に喜ぶひよりの横顔を、どこか複雑な思いで見つめていた。
(この底抜けに明るくて元気な少女の過去に……一体何があったんだろうな)
今度の土曜日、恵美と遊びに行けば、そのすべてがわかる。
それがひよりとの関係にどんな変化をもたらすのか、少しの不安を抱えながら、俺はオレンジ色に染まる空を見上げるのだった。




