第39話 咄嗟の身代わりと、彼女の過去を知る少女
「なになに? 二人でクレーンゲームやってたの? どんなのを取りたいの? ……あれ?」
留美子と呼ばれた女子生徒が、筐体のガラスに顔を近づけ、ひよりが狙っていた景品を見て怪訝な顔をした。
魔法少女の可愛らしいフィギュア。
派手なメイクで今どきの女子高生である彼女たちから見れば、ひよりの趣味とは到底結びつかないシロモノだ。
オタクがバレることを本気で恐れているひよりは、すでに呼吸の仕方すら忘れたように固まっている。
(このままじゃ、ひよりが死ぬ……!)
俺は生徒会長として、そして先輩として、可愛い後輩を守るために瞬時に思考を巡らせた。
「お、俺が欲しくってさ!」
俺は咄嗟に身を乗り出し、あえて大きな声で宣言した。
「クレーンゲームが得意だっていうひよりにお願いして、俺の代わりに取ってもらおうとしてたんだ!」
突然大声を出した俺に驚き、留美子が顔を上げる。
スレンダーで背が高く、長い金髪の髪にピアスを付けた彼女は、俺の顔を見るなり目を丸くした。
「えっ? 誰? ……って、会長じゃん!」
留美子の背後から顔を覗かせた、小柄な体型で結び目に大きなリボンを付けたツインテールの少女──恵美も、両手で口を覆って歓声を上げた。
「わぁ、本物だ……! はじめまして、こんな近くでお会いできるなんて……!」
「えっ? 俺のこと、知ってるの?」
他学年である俺の顔を即座に認識した二人に尋ねると、留美子はケラケラと笑った。
「生徒会長は学校一の有名人だから当然ですよ! 学校一のイケメンでスポーツ万能の超人だったのに、突然美少女になっただなんて、当時はしばらく全校生徒の話題の的でしたからね!」
「あはは……そうだったのか」
自分の知らないところでそんなに話題になっていたとは。
少し恥ずかしくなって頬を掻く俺に、留美子がニヤニヤしながら恵美の肩をガシッと掴んだ。
「実はですね、この子、新入生挨拶で登壇した会長を見て、一目惚れしたんですよー!」
「ちょっ!? ちょっと留美子! なんで言うの!?」
恵美が顔を真っ赤にして慌てふためき、留美子の腕をポカポカと叩く。
「えっ!? ほ、本当なの!?」
俺は思わず裏返った声を出してしまった。
男だった頃から、女子から歓声を浴びたり「カッコいい」と言われたりすることには慣れていた。
だが、こうして面と向かってダイレクトに「一目惚れしました」なんて伝えられたのは初めての経験だった。
恵美はもじもじと指を絡ませながら、上目遣いで俺を見つめた。
「ほ、本当です……。ステージでお話しされる会長は堂々としていてカッコよくて……学年トップの成績で、バスケットの授業でもすごい逆転シュートを決めたっていう噂も聞いて、ずっとドキドキしちゃってて……」
「あ、ありがとうな! そんな事言われたの初めてだから、すごく嬉しいよ」
俺は照れ隠しに笑いながら、ふと自分の胸元に視線を落とした。
「でも、ごめんな。俺、こんな風に女になっちゃって。がっかりさせちゃったかな」
せっかく男の俺に憧れてくれていたのに、今の俺はぷにぷにの女の子だ。
期待を裏切ってしまって申し訳ない気持ちで謝ると、留美子がポンと手を叩いた。
「あー、大丈夫ですよ。この子、どっちもイケるんで」
「……はい?」
どっちもイケる、とはどういう意味だろうか。
俺が首を傾げて恵美を見ると、彼女は頬に手を当てて、うっとりとした、どこか熱っぽい瞳で俺を見つめ返してきた。
「えへへ……。カッコいい男の会長も良かったですけど、今の学校一の美少女の会長も、すっごく素敵です……。完璧な美男子から完璧な美少女になるだなんて、もう私の性癖に刺さりすぎて最高すぎます……!」
「どっちもイケるって、そっちの意味かよ!?」
どうやら彼女は、性別を超えて俺の存在そのものにラブらしい。
自分を慕ってくれるのはありがたいが、少しばかり愛が重そうな気配を感じて、俺は思わず後ずさった。
……いかん、話が逸れてしまった。今はひよりのことだ。
「ほら、ひより! あとちょっとで取れそうだから、集中して頑張ってくれ!」
俺が声をかけると、石像と化していたひよりがビクッと我に返った。
「え、あ、はいっ!」
ひよりは震える手で最後の百円玉を投入し、スティックを操作する。
アームが下降し、箱の奥の角を捉えてグッと押し込んだ。
ゴトンッ!
見事、エクレールのフィギュアが取り出し口へと落下した。
ひよりが取り出し口から箱を取り出し、強張った表情のまま俺に差し出す。
「俺のために取ってくれて、ありがとうな、ひより!」
「え、あ、はい……! ど、どういたしまして……!」
俺は笑顔で箱を受け取り、ひよりのオタク趣味を完全に俺のせいへと偽装することに成功した。
すると、その一部始終を見ていた留美子が、感心したように目を丸くした。
「へー、凄いじゃんひより~。クレーンゲーム得意なんだね! じゃあ、私がお金出すから私にもなんか取ってよ!」
「えっ? え、えぇ~。し、仕方ないなぁ……。ど、どれが欲しいの?」
「あっちにある、ち◯かわのティッシュケース! あれ絶対欲しいの!」
「わかったよぉ……」
ひよりは何とか普段の陽キャのノリを装いながら、留美子に腕を引かれて別のクレーンゲームの台へと連行されていった。
その場に残されたのは、エクレールの箱を抱えた俺と、ツインテールの恵美の二人だけになった。
「それって……」
恵美が、俺の持っているフィギュアの箱を指差した。
「お正月に、テレビのCMで凄くいっぱい流れていたゲームですよね」
「ああ、そうだな。たしかに結構流れてたかも」
そう言われてみれば、お正月休みの間『今ならガチャ100連無料!』とエクレールが可愛らしく喋るCMが、事あるごとに流れていた記憶がある。
(あのCMの声、全部透が当ててたんだな……)
後輩の男の子が全国ネットで美少女の声を当てていたという事実に、俺は改めてなんとも言えない不思議な気持ちになった。
「会長さんがそんなに好きなゲームなら、私もやってみたいです」
恵美がはにかみながら、俺に尋ねてきた。
「それって、どんなゲームなんですか?」
「えっ!? ええっと……」
俺は言葉に詰まってしまった。
透の仕事ぶりが見たかっただけで、実はインストールして奇跡的にエクレールを入手したきり、ゲーム本編はほとんど遊んでいないのだ。
「そ、それはだな……魔法少女が……魔法で……敵を倒す……的な……?」
しどろもどろになって視線を泳がせる俺。
そんな俺の不自然な態度を見て、恵美はフッと静かに微笑んだ。
そして、遠くの台でち◯かわのクレーンゲームに熱中しているひよりと留美子の背中を見つめながら、ポツリと呟いた。
「……そのフィギュア、本当に欲しかったのは、ひよりちゃんですよね?」
「──っ!」
俺は目を見開き、恵美の顔を直視した。
誤魔化したはずなのに、なぜバレた? 俺の演技が下手だったからか?
焦る俺に対し、恵美はどこか悲しげな、それでいて全てを見透かしたような静かな瞳で口を開いた。
「ひよりちゃんは気がついてないですけど……私、中学時代、あの子の隣のクラスだったんです」
「中学時代……?」
俺の脳裏に、ひよりが涙ながらに語っていた過去のトラウマが蘇る。
──過去にオタク趣味を否定され、軽蔑された経験。
「あの子が昔、何をされたのか……私、知ってるんです」
ゲームセンターの喧騒の中で、恵美の声だけが妙にハッキリと俺の耳に届いた。
高校デビュー前のひよりを知っているという恵美。
彼女の口から語られた思いがけない言葉に、俺は驚いてその場に固まってしまうのだった。




