第38話 迫り来る陽キャの足音
放課後のショッピングモール。
平日だというのに若者たちで賑わうその場所を、俺とひよりは二人で歩いていた。
「にしても、なんで俺が付き添いに選ばれたんだ?」
行き交う人々の視線を感じながら歩く道中、俺が尋ねると、ひよりは悪びれる様子もなく答えた。
「そりゃあ、クレーンゲームって両替に行く時に『キープ』しておかないと、ハイエナに台を取られちゃうじゃないですか。だから、絶対に見張り役が必要なんすよ」
「なるほどね。でも、それなら別に俺じゃなくてもクラスの友達で良かったんじゃないか?」
「ダメっすよ! 私、クラスの友達にはオタクだってことを完全に隠して高校デビューしてるんですよ!? 美少女フィギュアを血眼になって狙ってる姿なんて、絶対に見せられないっす!」
力説するひよりに、俺はやれやれと肩をすくめた。
オタク趣味がバレている生徒会メンバーだからこそ、気兼ねなく誘えたというわけか。
仕方ないなぁと思いつつも、こうして後輩から頼りにされるのは、元・女子から黄色い歓声を受けていた生徒会長の俺としては純粋に嬉しかった。
「いいけど、取れなかったとしても泣くなよ?」
「子供じゃないんですから、そんな事で泣かないっすよ!」
俺のからかいに、ひよりはぷくっと頬を膨らませて突っ込んでくる。
「それで、そんなに欲しいなんて、一体どんな景品なんだ?」
「聞いて驚かないでくださいよ? なんと! 『魔法少女ピュアリーハート』のエクレールの初のプライズフィギュア化なんすよ!」
エクレール。それは先日、透が声を当てていることが発覚した、あの超人気キャラクターだ。
俺のスマホのデータ内でも、現在最高レアとして輝いている。
「へぇ、あれだけ大人気なのに、今までフィギュアはなかったのか?」
「そうなんすよ! アクリルスタンドとか缶バッジくらいしかグッズが出てなくて。だから、今回のフィギュア化は界隈でも超絶大ニュースなんす! しかも、メインヒロインを差し置いて、人気ナンバーワンのエクレールを第一弾に持ってくるなんて、運営さんマジでわかってるっすよね! 本当はグッ◯マとかの高額スケールフィギュアで出してほしいけど、造形もプライズとは思えないくらい神がかってて──」
そこまで一気にまくし立てたところで、ひよりはハッと我に返ったように口を閉ざした。
「あっ……」
ひよりの表情に、さっと影が落ちる。
「わ、私……また一方的にオタク語りしちゃったっすね。……気持ち悪かったっすよね、ごめんなさい」
シュンと俯き、歩幅まで小さくなってしまうひより。
中学時代にオタク趣味を否定された過去のトラウマが、彼女をここまで卑屈にさせてしまうのだろう。
俺は少しだけ歩みを緩め、彼女の顔を覗き込んだ。
「別に気持ち悪くなんかないよ」
「え……?」
「好きな作品のことを熱く語るお前の姿は、俺、好きだよ。その作品のことが本当に好きなんだって情熱が伝わってきて、聞いてるこっちまで楽しくなってくる」
心からの本音を伝えてニッコリと微笑むと、ひよりは固まり、みるみるうちに耳まで真っ赤に染め上げた。
「も、もー! やめてくださいよ先輩! 不意打ちのイケメンムーブ禁止っす! そんな事言われたら、惚れちゃいますよ私! 姫子先輩に殺されたくないんですってば!」
ひよりは照れ隠しのように、バシバシと俺の肩を叩いてくる。
なんでそこで俺の妹である姫子の名前が出てくるのかは謎だが。
「あはは、いいぜ。ひよりみたいな可愛い子に惚れられたら、俺だって嬉しいからな!」
「うわぁぁぁ! 天然タラシ! 中身が男のまま美少女のガワ被ってるの、マジでタチ悪すぎっす!」
顔を覆って悶えるひよりと他愛のない冗談を交わしながら、俺たちはゲームコーナーへと足を踏み入れた。
色とりどりのクレーンゲームや音ゲーと、電子音が鳴り響く喧騒の空間。
お目当てのエクレールが投入されているクレーンゲームの台を探し当てると、そこにはすでに三人組の男性客が張り付いてプレイしていた。
「うわっ、もうあんなに減ってる……!」
ひよりが焦ったように呟く。たしかに、筐体の中に積まれていたはずの在庫は、投入初日だというのに残り数個にまで減っていた。
初のフィギュア化というだけあって、注目度は凄まじいようだ。
三人組の客は何度か苦戦していたようだが、やがてゴトンという音と共に景品を落とし、「よっしゃあ!」と歓声を上げて去っていった。
「俺にくれよ!」
「やだよ! それにお前の推しはティファニーだろ?」
「じゃあ車の中で開封して見せてくれよな!」
と嬉しそうに会話する姿がなんだか微笑ましい。
本当に作品の事が好きなんだろうな。
「よし、先輩! ここ、見張っててください! 私、軍資金を両替してくるっす!」
台が空いた瞬間、ひよりはダッシュで両替機へと走っていった。
数秒後、手の中に大量の百円玉を握りしめたひよりが帰還し、いよいよ闘いの幕が切って落とされた。
「いきます! まずは様子見の一手っす!」
ひよりが百円玉を投入し、ボタンを操作する。
設定は、二本の突っ張り棒の上に景品の箱が乗せられている、いわゆる『橋渡し』と呼ばれるオーソドックスなものだ。
ウィィィン……という機械音と共にアームが下降し、箱の表面を撫でるように閉じる。
スッ……。
「えっ」
アームは箱を微かにミリ単位で動かしただけで、何事もなかったかのように元の位置へと戻っていった。
「アーム、弱すぎないか……?」
俺が呆気にとられていると、ひよりは「人気商品の投入初日っすからね……でもまぁ、プライズゲームはここからが本番っすよ!」と、五百円玉を投入して6回プレイの権利を得た。
そこからは、まさに死闘だった。
「ああっ! また横滑りした!」
「ひより、右のアームを箱の奥の角に引っ掛けるように落としてみろ! てこの原理でいけるはずだ!」
「やってみるっす! ……ああっ、奥に行き過ぎた! 箱が変な角度にハマっちゃったっす!」
筐体に吸い込まれていく百円玉。
まっすぐそのまま降りてくれないアームの捻れや、絶妙な弱さに翻弄され、ひよりは一喜一憂を繰り返す。
俺も横から「そこだ!」「ああっ惜しい!」と声を張り上げ、完全にゲーセンの熱気にあてられていた。
「はぁ……はぁ……もう、お財布の中身が柴三郎3人しかいないっす……」
ひよりの額にはじんわりと汗が浮かび、声には疲労の色が混じっている。
だが、その多大な犠牲の甲斐あって、エクレールの箱は棒と棒の間に深くギリギリで挟まり、あとはどちらかの一角を押し込めば下に落ちるという『完全リーチ』の状況を作り出していた。
「あと少しだぞひより! 次で決まる!」
「はいっ! 私のこの熱き魂、エクレールちゃんに届けるっす!」
ひよりが祈るように百円玉を握りしめた、まさにその時だった。
「──あれ? あの子、ひよりじゃない?」
不意に、背後から若い女の子の声が聞こえた。
ビクッと肩を跳ねさせたひよりが、恐る恐る振り返る。
そこには、俺たちと同じ高校の制服を着た、派手なメイクの女子高生二人が立っていた。
プリントシール機の近くに設置されているメイクスペースで化粧直しをしていたらしく、片手にはスマホを持っている。
「やっぱひよりだった! やほー! 何やってんのひよりー!」
ヒラヒラと手を振りながら、彼女たちが無邪気な足取りでこちらに近づいてくる。
ひよりの顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いていくのがわかった。
「留美子……恵美……」
ひよりの震える唇から漏れた名前。どうやら、彼女のクラスの友人たちらしい。
まずい。非常にまずい。
ひよりは今、ガッツリとクレーンゲームの操作パネルに手を置いている。
しかも、狙っているのは超絶可愛い魔法少女のフィギュアだ。
(このままじゃ、ひよりが美少女フィギュアを必死になって取ろうとしている『オタク』だということが、クラスメイトに完全にバレてしまう!)
高校デビューをして陽キャのグループに所属しているひよりにとって、それは社会的な死を意味する。
足音は、すぐそこまで迫っていた。
パニックに陥り、石像のように固まってしまったひよりの横で、俺の脳はかつてない速度でフル回転を始めた。




