第35話 数奇すぎる女装声優誕生秘話
「えっ、あれ!? リンちゃん!? いや、透くんだよね!? いや、でもその姿は……」
黒髪ロングのウィッグを被った透の姿を見た瞬間、ひよりは顔を引き攣らせ、パニックに陥ったように後ずさった。
無理もない。ただの後輩を女装させて遊ぼうとしていたはずが、完成したのは、ひより自身が熱狂的に推しているソーシャルゲームの大人気キャラクターの声優『水無瀬リン』と寸分違わぬ姿だったのだから。
俺の頭の中では、これまでの違和感が一本の線で繋がっていた。
水無瀬という同じ苗字。中性的な顔立ち。そして、リンの生放送動画を見た時の、透のあのビクついた反応。
確信を得た俺は、咳払いをして、わざとらしく業界関係者が言いそうなトーンで声を張り上げた。
「リンさーん、出番です! スタジオ入りしてくださーい!」
すると、透の肩がビクッと跳ね上がった。
「あっ、はーい! 今行きます!」
透の口から飛び出したのは、普段のボーイソプラノとは全く違う、あまりにも可愛らしくて透き通った女性の声だった。
静まり返る生徒会室。
ハッとした透は、信じられないものを見るような目で見つめる俺たちの視線に気づき、慌てて両手で自分の口を塞いだ。
「……」
「……」
逃げ場のない沈黙が流れる。
俺は一歩前に出て、震える透の肩にポンと手を置いた。
「やっぱり、お前だったんだな? 水無瀬リンは」
静かに確信を込めて問いかけると、透は観念したように肩を落とし、頭に被っていたウィッグをゆっくりと外した。
「はい……僕です。僕が、水無瀬リンです……」
消え入りそうな声で白状する透。
「なっ、なんでだ!? お前はいつも『男らしい男になりたい』って言ってたじゃないか。なんで男のお前が、女のふりをして女性声優なんてやってるんだよ!?」
俺が困惑の極みで問い詰めると、透は涙目でポツポツと、その数奇すぎる事情を語り始めた。
「実は……僕には、1歳年下のアニメ好きの妹がいまして」
透の話によれば、事の発端は妹の暴走だった。
ある日、妹が勝手に透の履歴書と写真を声優のオーディションに送ってしまったのだという。
「『なんで勝手にそんな事をするんだよぉ!』って怒ったんですけど……僕、昔から頼み事を断るのが凄く苦手で。妹に泣きつかれて、どうせ一次審査で落ちるだろうから、受けるだけ受けてこようと思ったんです」
そうして面接会場に向かった透。演技の経験などない彼のパフォーマンスはごく普通で、順当に行けば不採用になるはずだった。
しかし、運命は最悪の方向へ転がる。
「偶然、そのオーディションを見に立ち寄っていた事務所の偉い人が、僕の顔を見るなり『この子はいける! アイドル声優として絶対に人気が出るぞ!』って、担当者に僕を採用するように命令したらしいんです」
「いやいやいや! お前、男だろ!?」
俺がツッコミを入れると、透は力なく頷いた。
「そうなんです。だから、まさかの採用通知が来て、妹は大喜びするし、僕はパニックになるしで……。仕方なく事務所に行って断ろうとしたら『顔出しの新人アイドル声優として売り出そう!』ってスタッフさんたちに囲まれてしまって」
「そこで言わなかったのか? 自分は男だって」
「言いました! 『あの、僕、男なんですけど』って。そしたらスタッフさんが慌てて僕の履歴書を確認して『本当だ、性別欄に男って書いてある! ごめん、見た目で完全についうっかり勘違いしてた!』って、笑いながら謝られました」
「ポンコツすぎるだろ、その事務所!」
履歴書をまともに確認せず、見た目だけで採用を決めた偉い人とスタッフに、俺は頭を抱えた。
「顔出しも苦手だと説明したら、事務所の人も『仕方ないな』と納得してくれて、普通に男性の新人声優として所属することになったんです」
だが、そこからが地獄だった。
元々演技力があるわけではない透は、男性声優としてのオーディションには全く受からず、仕事が全く来ない日々が続いた。
「嫌々始めた仕事でしたけど、やっぱり採用してもらった恩があるし、お世話になった事務所の方々のためにも何か出来ないかなって、ずっと考えていたんです。……そしたらある日、スタッフさんから『一度でいいから、女装して女性のふりをしてくれないか?』って頼まれまして」
「……嫌な予感がするな」
「僕も『一度だけですよ』って念を押して、渋々ウィッグと女性物の服を着させられたんです」
それが、水無瀬リン誕生の瞬間だった。
ただでさえ女の子にしか見えない透が、プロのメイクと女装を施された結果、とんでもない美少女の姿が完成してしまったのだ。
事務所のスタッフたちは歓喜の涙を流して感動したという。
「そのまま、『今すぐこのオーディションを受けてきて!』って台本を渡されて。僕、『えっ、この格好で外に出るんですか!?』って抵抗したんですけど、押し切られてしまって……。その時受けたのが『魔法少女ピュアリーハート』のエクレール役だったんです」
透が申し訳なさそうに視線を落とす。
「受かっちゃったんだな……」
「はい……。しかも、ゲームがリリースされたら、エクレールが一番の人気キャラになってしまって……」
透の悲劇はそれで終わらない。
「僕は絶対に顔出しはしないって条件で活動していたんですけど、作品の特番生放送が決定してしまって。プロデューサーさんから『人気ナンバーワンキャラのエクレールの声優が登場しないなんてありえない!』って詰め寄られて……。事務所の人たちにも拝み倒されて、渋々、あの生放送に出ることになったんです」
すべての経緯を語り終えた透は、深くため息をついた。
男らしい男になりたいと願いながらも、その優しすぎる性格と特異なルックスゆえに、断りきれずに女装して女性声優として活動せざるを得なくなった後輩。
(こいつも俺とは別のベクトルで、数奇な運命に翻弄されてるんだな……)
ある日突然、女の身体にされてしまった俺だからこそ、今の透の苦悩が痛いほどよく分かった。
「……透、お前、本当に苦労してるんだな。よく頑張ったよ」
俺が同情と労いを込めて肩を叩くと、透は「翔先輩……!」と目を潤ませた。
その時だった。
「じゃ、じゃあ……透くんが、本物のリンちゃんって事……!?」
傍らでプルプルと震えていたひよりが、顔を真っ赤にして透ににじり寄ってきた。
「あ、天道さん……黙っててごめんなさい。でも、言えなく──」
「うわぁぁぁぁっ! ど、どうしよう! 本物の水無瀬リンちゃんが目の前に! エクレールの中の人が同じ生徒会に!? やばい、めっちゃ緊張してきた……!」
ひよりは両手で顔を覆い、興奮のあまりその場にしゃがみ込んでしまった。
普段の『後輩をからかう陽キャの先輩』の面影は微塵もない。
そこにあるのは、推しの声優を目の前にして語彙力を失い、尊さに打ち震える『ただの熱心な限界オタク』の姿だった。
「て、天道さん、顔が赤いよ? 大丈夫?」
「ひぃぃっ! 尊い! エクレールの中の人に心配された! 無理! 死ぬかも!」
透が心配して覗き込むと、ひよりはさらにパニックになって床を転げ回る。
そのシュールな光景を眺めながら、俺は大きく息を吐き出した。
生徒会長はTS少女、副会長は凄腕の令嬢武闘家、書記は限界オタクのギャル、そして庶務は大人気女装声優。
改めて、うちの生徒会はとんでもない魔境だと痛感し、俺は静かに天を仰ぐのだった。




