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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第32話 ひよりRebellion

 放課後のチャイムが鳴り響く。

 俺は、ふぅと小さく息を吐きながら生徒会室へと向かっていた。

 先日のなんやかんやあった姫子のマッサージのおかげで疲れた身体はスッキリしていた。

 しかし、妹に胸をもみくちゃに揉まれた事で身体が火照ってしまい、昨夜は必死に数式を解くことでなんとか気を紛らわせたのだ。

 おかげで随分勉強が捗ったよチクショウ!

 そんな事を考えながら、俺は生徒会室の重厚なドアノブに手をかけた。


「いたたたた!? ギブ! ギブです! 腕が、腕がもげるっすー!」


 ドアを開けた瞬間、耳をつんざくような悲鳴が飛び込んできた。

 目に飛び込んできたのは、あまりにもシュールな光景だった。

 元気いっぱいの1年生書記、天道ひよりが、床にうつ伏せに押し倒されている。

 そして、その背中に優雅に馬乗りになり、ひよりの右腕をがっちりとホールドしてエグい角度に捻り上げているのは──。

 

「うふふ。ひよりちゃん、タップする時は床を3回叩くのよ? これは基本中の基本だからね」

 

 我らが生徒会副会長であり、世界的なハイブランドの社長令嬢でもある桐生夕映先輩だった。

 しかも、その表情は普段通りのふんわりとした癒し系の笑顔。

 おっとりとした声色と、容赦のない関節技のギャップが恐ろしすぎる。

 

「ええっ!? 一体何があったんだ!? ひより、お前どんな悪事を働いたんだよ!?」

 

 あの温厚で、怒った姿など一度も見たことがない夕映先輩をここまで怒らせるなんて。俺は慌てて二人に駆け寄った。

 

「ち、違いますよぉ! 私が悪事なんて働く女だと思ってたんすか!?」

 

 ひよりは涙目で床をバシバシと叩きながら叫ぶ。

 夕映先輩が「はい、よくできました」と拘束を解くと、ひよりは逃げるように距離を取って肩で息をした。

 

「これはですね、夕映先輩が護身術を習っていると聞いたので、私も教わりたいですとお願いして、実際に技をかけてもらってたんです!」

「なんだ、そういうことか……」

 

 俺は安堵の息を漏らした。

 以前、俺と夕映先輩がガラの悪い男たちに絡まれ、酷い目に遭わされそうになった時のことを思い出す。

 女になって非力になった俺は、男の腕を振り解くことすらできなかった。

 しかし、夕映先輩は幼い頃から叩き込まれたジークンドーで、体格の良い男たちを完膚なきまでに叩きのめしてくれたのだ。

 

「あぁ……夕映先輩は強いもんな」

 

 あの時見せた、鋭く無駄のない動き。思い出すだけでも感嘆の息が出る。

 俺の言葉を聞いて、夕映先輩は乱れた制服の襟元を上品に整えながら、少しだけ頬を染めた。

 

「やだなぁ、翔くん。私なんてまだまだ弱いわよ? 道場での組手じゃ、師匠に一度も触れさせてもらったことがないんだから」

 

 ……いやいやいや。

 体格の良い男二人を、女の子の細腕で瞬殺しておきながら「まだまだ弱い」だなんて、冗談がきつすぎる。

 その師匠とやらは一体どれだけバケモノなんだよ。

 

「で? 急に護身術だなんて、何かあったのか?」

 

 俺が呆れ気味に尋ねると、ひよりは得意げに腰に手を当て、胸を張った。

 

「いやほら、私ってよく姫子先輩に殴られてるじゃないですか。ここは1つ、強くなって殴り返してやろうかと!」

「……お前なぁ」

 

 たしかに、ひよりはしょっちゅう姫子にアイアンクローを食らったり、背後からげんこつを落とされたりしている。

 だが、それは十中八九、ひよりがいらん事を言って姫子を煽るのが原因だ。

 自業自得という言葉がこれほど似合う奴も珍しい。

 

「天道さん、女の子が暴力だなんて良くないよ……」

 

 部屋の隅で書類整理をしていた庶務の水無瀬透が、オロオロしながら口を挟んだ。

 その心配そうな表情は、下手な女子よりもヒロイン感がある。

 

「透くんは優しいっすね」

 

 ひよりはチッチッと人差し指を振り、大仰な身振りで天を仰いだ。

 

「でも、人生ってのは時には立ち向かう勇気も必要なんすよ! メロスも言ったじゃないっすか。『 かの邪智暴虐 ( じゃちぼうぎゃく ) の王を除かなければならぬ』と! 見ててね透くん! 私が一矢報いる瞬間をね!」

 

 力強く拳を突き上げるひより。

 だが、その勇ましい宣言の直後。

 生徒会室の空気が、急激に数度下がったような気がした。


「──誰が、邪智暴虐の王ですって?」


 背後から響いた、氷のように冷たい声。

 俺たちが一斉に振り返ると、そこにはいつの間にか入室していた姫子が立っていた。

 その黒髪ロングの美しい顔には、絶対零度の微笑みが浮かんでいる。

 

「き、来ましたね姫子先輩! 今こそ私が先輩をギャフンと言わせて見せるっすよ!」

 

 ひよりは強がりながらも、あからさまに足が震えていた。

 

「何? ひより。私を殴りたいの? ……良いわよ。ほら、かかってきなさい」

 

 姫子はカバンを机に置くと、スッと右手を前に出し、手招きをした。

 隙だらけに見えるが、武術の素人である俺から見てもわかる。

 あれは、相手がどんな攻撃をしてきても瞬時に迎撃できる、完璧な臨戦態勢だ。

 母さんのスパルタ教育で空手や合気道を修めた姫子にとって、ひよりなど赤子をひねるより容易いだろう。

 

「ひぃっ!? だ、誰がそんな血生臭い殴り合いなんてするって言ったっすか! 先輩は好戦的すぎるサイヤ人っすか!」

「えっ、じゃあお前、何のために護身術を習ってたんだよ!?」

 

 思わずツッコミを入れる俺に、ひよりは笑顔を向けた。

 

「え? ああ、あれはノリで言っただけっすよ。護身術は響きがカッコよくて面白そうだっただけっす」

「なんじゃそりゃ!」

 

 俺が盛大にズッコケる中、ひよりは持参していた大きめの紙袋にゴソゴソと手を突っ込んだ。

 そして、まるで伝説の聖剣でも引き抜くかのように、高々と2つのアイテムを掲げた。

 

「皆でこの、たたいてかぶってジャンケンポンで勝負っす!」

 

 ひよりの右手には、バラエティ番組でお馴染みの巨大なハリセン。左手には、工事現場で使うような黄色い安全ヘルメットが握られていた。

 

「えっ!? 俺達も参加するの!?」

「僕も!? うぅ……絶対弱いよ? 僕」

 

 俺と透が困惑して顔を見合わせる中、夕映先輩だけは「わぁ、楽しそうね~」とパチパチと拍手をして喜んでいる。

 結局、ひよりのペースに乗せられる形で、トーナメント戦を行うことになってしまった。

 

「なんか不思議と一番強そう」というひよりの謎の直感により、夕映先輩はシード枠に配置。

 1回戦の組み合わせは、『姫子VSひより』、そして『翔VS透』に決まった。


 机を挟んで、姫子とひよりが向かい合う。

 中央には、凶器となるハリセンと、防御用のヘルメットが置かれている。

 

「ふふふ、覚悟してくださいね姫子先輩。私があなたの脳天に一発叩き込んであげるっすよ」

 

 ひよりが不敵に笑い、挑発する。

 対する姫子は、腕を組んだまま冷たい視線で見下ろし、鼻で笑った。

 

「できると良いわね、ひより。夢は寝ている時に見るものよ?」

「くっ……その余裕がいつまで続くっすかね! じゃんけん……!」

 

 二人の間に、ビリビリとした緊張感が走る。息を呑んで見守る俺と透。

 

「ぽん!」

 

 お互いに突き出した手。

 ひよりの『グー』に対し、姫子が出したのは『パー』だった。

 姫子の勝利だ。

 このゲームのルールに従えば、敗者であるひよりは素早くヘルメットを被って防御し、勝者である姫子はハリセンを掴んで相手の頭を叩かなければならない。

 だが、俺の目の前で起きたのは、そんな牧歌的なゲームの光景ではなかった。


 姫子が勝利したと認識した、次の瞬間。

 

 パァァァァンッ!!

 

 という、破裂音のような乾いた音が、生徒会室に響き渡った。

 

「え……?」

 

 俺は、瞬きすら忘れて固まっていた。

 透も、信じられないものを見るような目で口をあんぐりと開けている。

 俺たちの視界には、姫子がハリセンを掴んで振り下ろすという『過程』が、一切映っていなかったのだ。

 気づけば、ひよりの脳天にはハリセンが深々とめり込んでおり、ひよりの右手はヘルメットに触れることすらできていなかった。

 ゼロコンマ何秒の世界。神速の反射神経と、常人離れした肉体の躍動。

 それはもはや、遊戯の域を超えたグラップラーの動きだった。

 

「えっ!? 何が起きたんだ!? ひより、ひよりは無事か!?」

 

 俺が慌てて声をかけると、ハリセンを食らったひよりは、座った姿勢のまま白目を剥き、口からふにゃぁと魂のようなものを吐き出して気絶していた。

 静寂に包まれる生徒会室。

 姫子は、優雅に立ち上がって黒髪をかきあげた。

 

「ふっ、私に勝とうだなんて、100年早かったわね」

 

 その顔には、完全勝利を確信した魔王のような笑みが浮かんでいる。

 俺は、気絶したひよりに同情しつつ、心の中で深く慄いた。

 

(うちの妹が、ラスボスすぎる……)

 

 身内ながら恐ろしい身体能力を見せつけられ、俺は背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。

 そして同時に、とんでもないことに気づいてしまう。

 

(……待てよ。ってことは、勝ち進んだら俺が姫子と戦うことになるのか?)

 

 俺の視線の先では、シード枠の夕映先輩が「次は翔くんと透くんの番ね!」と無邪気に微笑んでいる。

 男の娘のように可憐な後輩と、元・男の美少女である俺。

 勝ったら姫子と戦う未来が待ち受けていて、負けても透を姫子と戦わせる事になる地獄しか待っていない未来に、俺はただ天を仰ぐしかなかった。

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