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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第24話 画面の中の既視感

「はあ……。月曜からこれかよ……」


 週明けの月曜日。

 ホームルームが始まる前の騒がしい教室で、俺は机に突っ伏して大きなため息をついていた。

 机の天板に押し付けられた2つの膨らみが、ぐにゅりと潰れる感触が伝わってくる。

 男だった頃にはなかったこの感覚も、すっかり慣れてしまった自分が少し悲しい。

 身体が重い。精神的な疲労が、そのまま肉体のダルさに直結しているようだった。


 ふと顔を上げて元凶の席を見ると、そこには我が双子の妹、一条姫子の姿があった。

 朝日を浴びてキラキラと輝く美しい黒髪。

 透き通るような肌はいつも以上に血色が良く、その表情はまさに『学園のマドンナ』に相応しい清廉さと慈愛に満ちているように見える。


「あれ~? 姫ちゃん、なんだか今日は朝から嬉しそうだね? 何かいいことあった?」


 前の席の女子生徒が、不思議そうに姫子に声をかけていた。

 姫子は教科書を整理する手を止め、ニッコリと花が咲くような笑みを浮かべる。


「ええ。とても有意義な休日を過ごせましたからね。……家族サービスとでも言うべきか、家族に付き合って差し上げたのです」

「へえー! 家族旅行とか?」

「いえ、自宅でまったりと。ふふっ」


 楽しそうに微笑む姫子の横顔を見ながら、俺は再び机に顔を埋めた。

 ……ふざけんな、何が有意義だ。

 こっちはお前のせいで、精神崩壊の一歩手前だったんだぞ。


 昨日の日曜日。俺は地獄を見ていた。

『兄さん、せっかくの休日ですし、昨日のアニメを最後まで観るべきではありませんか?』

 そんな姫子の提案から始まった、長時間の監禁――もとい、鑑賞会。

 姫子がチョイスした作品は、タイトルからして不穏な空気が漂っていたが、内容はさらに劇薬だった。

 この後最後まで観て思い知ったが、幼い頃から喧嘩ばかりしていた高校生の兄妹が、とあるきっかけで急接近し、最終的には周囲の反対や倫理観を全てねじ伏せて愛を誓い合うという、深夜アニメの限界に挑んだような作品だったのだ。

 土曜日は1話だけ観たが、最後までアレを観ようとこいつは言い出したのだ。


 よりによって、実の兄妹である俺たちの前で流れる映像は過激すぎた。

 画面の中では、主人公の兄が叫ぶ。

『血の繋がりなんて関係ない! 俺はお前を、一人の女性として心の底から愛しているんだ!』

 そしてヒロインの妹が涙を流して答える。

『お兄ちゃん……私も、大好き!』

 熱烈なキスシーン。そのまま二人は愛の逃避行へ――。


 気まずい。死ぬほど気まずい。

 元・男であり兄でもある俺としては、どんな顔をして隣の妹を見ればいいのかわからず、冷や汗が止まらなかった。

 だが、姫子は違った。

 全12話を一気見させられている間、姫子は俺の腕に自身の華奢な身体を密着させ、時には「ふう、ずっと観ていると首が疲れてきましたね」などと言って、俺の太ももに頭を乗せて膝枕を要求してきたのだ。


 俺の太ももにある柔らかい感触と、見下ろせばそこにある妹とはいえ美少女の顔。

 そして画面から流れる『兄妹の愛』を肯定するセリフの数々。

 あの時の俺の心拍数は、フルマラソンを完走した直後くらい跳ね上がっていたに違いない。


(あれは絶対、俺をからかってたんだ……)


 俺は確信していた。

 実の妹と一緒にあんな際どいアニメを観せられ、反応に困って挙動不審になる俺を見て、姫子は内心で愉悦に浸っていたに違いないのだ。

 膝枕をしてきた時も、俺が固まっているのを見て口元を緩めていた気がする。

 やはり姫子はドSだ。クールビューティーの皮を被った、一条・ドS・姫子なんだ!


「あーあ、俺もパーフェクトで心穏やかな週末を過ごしたかったぜ……」


 俺が恨めしげに呟いていると、教室のドアが開く音と共に、友人の男子生徒が興奮した様子で駆け寄ってきた。


「なあなあ、一条! 昨日の『魔法少女ピュアリーハート』の生放送、見たか!?」

「ん……? ピュアリーハート? なんか聞いたことある名前だな」


 顔を上げた俺の目の前に、スマホの画面が突きつけられる。

 そのタイトルには聞き覚えがあった。確か生徒会室で、庶務の水無瀬透が遊んでいたソシャゲの名前だ。

 最近始めたばかりだという透がプレイしているから、横から覗き込んだことがある。


「見てくれよこれ! 今回の生放送、人気キャラのエクレールちゃんの声優さんが今まで顔出ししてなかったのに、初めてゲストとして出てくれたんだよ!」


 友人は鼻息を荒くして、動画の再生ボタンを押した。


「びっくりするくらい可愛い女の子でさ! しかも現役の高校一年生なんだってよ!」

「へえ……声優か。どれどれ」


 俺は半ば呆れつつ、それでも友人の勢いに押されて画面を覗き込む。

 そこには、煌びやかなスタジオのセットに座る一人の少女が映っていた。

 清楚な黒髪のロングヘア。少し垂れ目気味の大きな瞳に、白雪のような肌。

 初めての顔出し出演ということもあってか、彼女は緊張でガチガチになっており、カメラに向かってぎこちない笑顔で手を振っている。


『は、はじめまして……エクレール役の、水無瀬リンです……よ、よろしくお願いします』


 何処かで聞いたことのあるような、澄んだ可愛らしい声。

 画面越しでも伝わってくるその可憐な姿に、俺は素直に感嘆の声を漏らした。


「おお、確かに可愛いな。守ってあげたくなるタイプっていうか」

「だろう!? 『水無瀬リン』ちゃんって名前なんだけどな! 橋本◯奈ちゃんにはしたことあったけど、俺、初めてアイドル……っていうか声優にガチ恋しそうだよ!」


 友人は画面の中の少女に夢中のようだ。

 だが、俺は違和感を覚えていた。

 初めて見るはずの女の子なのに、なんだかどこかで見たことがあるような気がするのだ。

 この、困ったように眉尻を下げる表情。

 緊張して指先を合わせる仕草。

 そして、この声のトーン。


(……いや、まさかな)


 俺の脳裏に、ある人物の顔が浮かぶ。

 生徒会庶務、水無瀬透。

 女の子と見間違えるほどの美少年で、本人は「男らしくなりたい」と常々言っている健気な後輩だ。


(顔の造形はそっくりだ。透にロングのウィッグを被せてメイクをすれば、これくらいにはなるかもしれない。……でも、透は男だぞ?)


 俺は心の中で即座に否定した。

 透の悩みは切実だ。男なのに女の子に間違われることを本気で気にしているし、俺のような(元)男らしい男に憧れている。

 そんな奴が、わざわざ女装して、しかもフリフリの衣装を着て魔法少女の声優をやるわけがない。

 プライドが許さないはずだ。


(『水無瀬』って苗字も同じだし……もしかして、透の姉か妹か?)


 そう考えると辻褄が合う。

 姉弟なら顔が似ていても不思議じゃないし、声質が似るのも遺伝だろう。

 透にあんな可愛い姉妹がいたなんて初耳だ。今度会ったら聞いてみようか。


 そんなことをのん気に考えていた、その時だった。


「――何が、確かに可愛いんですか?」


 背後から、絶対零度の冷気が漂ってきたような錯覚を覚えた。

 ビクリと肩を震わせて見上げると、そこにはいつの間にか姫子が立っていた。

 さっきまで友人たちに向けていた聖母のような微笑みは消え失せ、光のないハイライトの消えた瞳で俺を見下ろしている。


「あ、あれ? 姫子? どうした、何の話だ?」

「とぼけないでください。兄さんが先程、デレデレとした締まりのない顔でスマホの画面を見ながら言ったのではありませんか。『確かに可愛い』と」

「い、いや、デレデレなんてしてねーよ! こいつが動画を見せてきたから、感想を言っただけで……」


 俺は慌てて弁解しながら、友人の手にあるスマホを指差した。


「ほら、これだよこれ。新人の声優さんらしいんだけどさ」


 友人も空気を読まず「そうそう! 姫子ちゃんも見てよ、マジで天使だから!」と動画を姫子に見せようとする。

 姫子は冷ややかな視線をスマホの画面に一瞬だけ走らせると、興味なさそうに鼻を鳴らした。

 そして次の瞬間。


 ギリリッ、と鈍い音が響いた。


「いたっ! いたたたたたた!? 姫子ちゃん!? 痛い! 急になにするの姫子ちゃん!?」


 友人が悲鳴を上げる。

 姫子の白魚のような指が、友人のこめかみを正確に捉え、万力のような力で締め上げていたのだ。アイアンクローである。


「神聖な学び舎で、得体の知れない女の動画を兄に見せないでください」

「り、理不尽……! ただの動画だってば!」

「発情期の猿にでもなったらどうするんですか。兄さんは純粋なんですから、こういうふしだらな情報には毒されやすいのです。一条家の恥にでもなったらどうするのですか?」


 姫子は笑顔のままで、さらに指に力を込める。


「兄を猿呼ばわりかよ!?」


 俺のツッコミなど聞こえていないかのように、姫子は友人を冷酷に見下ろしていた。

 その目は「余計なものを兄に見せるな」と雄弁に語っている。

 ……怖い。俺が他の女を褒めただけでこの過剰反応かよ。

 お前は俺の保護者かよ。

 いや、まあ、俺が女になってから何かと気にかけてくれるのは嬉しいんだけどさ。


 友人がタップ(ギブアップの合図)をしたのを確認すると、姫子は「チッ……余計なことを」と小さく舌打ちをして手を離した。

 そして何事もなかったかのようにスカートを翻し、自分の席へと戻っていく。


「いってぇ……。なんだよ姫子ちゃん、あんなに可憐なのに握力ゴリラかよ……」


 解放された友人は涙目でこめかみをさすっていた。


「そもそも、姫子ちゃんなんでキレてんだよ……はっ!?……もしかして生理か……?」

「おい、それはさすがにデリカシーなさすぎだぞ……っていうか家族の前でよくそんな気持ち悪いこと言えたなお前!?」


 俺は友人をたしなめつつも、内心では冷や汗を拭っていた。

 クラスメイトだというのにあいつは本当に男に対して容赦がない。

 小さい頃男に対してトラウマを植え付けられたとはいえ、兄としてはもうすこし優しくなって欲しい。


(……にしても、水無瀬リンか)


 俺はもう一度、友人のスマホに映る少女の顔を盗み見た。

 やはり、似ている。

 透のやつ、実は芸能一家だったりするのか?

 今日の放課後、生徒会室に行ったらさりげなく聞いてみることにしよう。


 予鈴のチャイムが鳴り響く教室で、俺は新たな謎に首を傾げるのだった。

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