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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第23話 策士姫子の計略

 「ただいま~」


 昼下がりの柔らかな日差しが差し込む玄関。

 俺は履き慣れたスニーカーを脱ぎながら、いつものように声を上げた。

 ひよりの家での濃厚なオタク合宿を終え、ようやく我が家への帰還だ。


 帰り際、玄関まで見送りに来てくれたつかさくんの顔を思い出す。

 「また、またいつでも来てくださいね!」と、キラキラとした瞳で俺を見送ってくれた彼。

 最初は人見知りする子だと思っていたが、どうやら俺に懐いてくれたみたいだ。

 後輩の弟に好かれるのは、先輩として素直に嬉しい。


 その後、彼がモジモジしながらL◯NEのIDを聞いてきた時は、きっと生徒会長である俺に色々とアドバイスや相談に乗りたいことがあるんだろうと思った。

 可愛い後輩の弟だし、人に頼られるのは嫌いじゃない俺は喜んで承諾しようとしたのだが――。


 「ダメダメダメ! 翔先輩のアドレスを聞くなんて100年早いっす!」


 なぜかひよりが必死の形相で割って入り、全力で妨害された。

 結局そのまま交換できずに別れたが、ひよりはつかさくんに向かって「あんたを先輩にこれ以上会わせたら何をするかわかったもんじゃない」とキレていた。

 良い子だと思うんだが……あまり学校の先輩に肉親と親しくなられるのは、やっぱり恥ずかしいものなのかな。思春期だしな。


 そんなことを考えながらリビングに向かうと、母さんが読んでいた雑誌を机においてこちらに振り向く。


 「おかえり翔。急に友達の家でお泊りなんて、晩御飯も人数分作っちゃうからもっと早く言いなさいよね」

 「あ、ああ、それは本当にゴメン。今後は気をつけるよ」


 俺は素直に頭を下げた。昨日は完全に勢いだったからな。


 「そんな事より、お友達のご家族にご迷惑とかかけなかった? まあ、あんたのことだからそんな心配はいらないと思うけどね」

 「ああ、ひよりのお母さんもご家族もみんないい人たちだったよ」


 母さんは「そ。なら良かった」と笑って、また雑誌に視線を向ける。


 それから自室に向かおうと廊下を歩いていると、二階から足音が近づいてきた。

 階段の踊り場から、見慣れた冷ややかな視線が降ってくる。


 「おかえりなさい、兄さん」


 我が家の絶対君主にして、俺の双子の妹、一条姫子お嬢様だ。


 「ただいま姫子。どうかしたのか? 用事でも?」

 「ええ。ひよりにL◯NEで聞いたのですが、兄さんはあの子に寝るのも惜しんで一晩中『オタク講座』というものを受けたそうですね?」


 姫子は階段を優雅に降りてきて、俺の目の前で立ち止まった。

 その表情からは感情が読み取れないが、どことなく不機嫌そうなオーラが漂っている気がする。


 「ああ、そうだぞ。いやぁ、俺は本当にアニメのことを何も知らなかったよ。『ま◯マギ』って知ってるか? めっちゃ面白いし感動するから、姫子も観てくれよ」


 俺は興奮冷めやらぬ様子で、腕を組んでウンウンと頷いた。あの感動を誰かと共有したい欲求がまだ治まっていない。


 「『ま◯マギ』は知りませんが……ひよりがオタクという生き物みたいだし、私も兄さんの理解者として、その文化を受け入れねばなと思いまして。オタクに人気の作品というものをリサーチしましたよ」

 「ほう。オタクに人気の作品か」


 俺は目を輝かせた。

 ひよりに観させられた『ま◯マギ』が本当に面白かったので、他の作品も観てみたいと思っていたところだ。

 姫子がリサーチした作品なら、きっと名作に違いない。

 是非、姫子と仲良くなるためにも一緒に観たいな。

 まあ「オタクという生き物」と呼ぶあたり、相変わらずオタクに対してデリカシーが足りないが、歩み寄ろうとする姿勢は評価したい。


 「じゃあさ、配信で観れるやつがあるなら一緒に観ないか?」


 そう提案すると、姫子は何故か『待ってました』と言わんばかりの表情を一瞬だけ浮かべ、すぐに澄ました顔に戻った。


 「ええ、本当は兄さんと一緒にアニメを観るほど暇ではないのですが……まあ、良いでしょう。兄さんがそこまで言うなら付き合ってあげます。さあ、私の部屋に行きますよ」


 姫子はくるりと背を向け、俺の手を引いて階段を上がっていった。


 「お、おい、引っ張るなって」


 久しぶりに姫子の部屋に入る。

 姫子はしょっちゅう俺の部屋に入り浸っているが、俺が姫子の部屋に入ったのは中学1年生の時以来かもしれない。

 思春期になってからは、妹でも女の子として「乙女の部屋」という入っちゃいけない場所のような気がしたからな。


 「おお、姫子の部屋なんて久しぶりだな」


 部屋の中を見回す。

 白と黒を基調とした、シンプルで洗練された空間だ。

 女の子らしい可愛らしいインテリアはあまりなく、綺麗に整理整頓されたオシャレな雰囲気溢れる大人の部屋のようだった。

 モデルルームみたいだな、と感心していると、ふとベッドの枕元に置かれた「異物」が目に入った。


 「あっ、あのぬいぐるみ! 俺が小学生の時、姫子にあげたやつじゃん!」


 俺は思わず駆け寄った。

 それは、少し色あせたクマのぬいぐるみだった。

 かなり年季が入っているが、綺麗に手入れされているのが分かる。


 「えっ……!?」


 姫子が珍しく慌てたように声を上げるが、俺の発見はそれだけでは終わらなかった。

 勉強机の上に飾られたコルクボード。そこにピン留めされている安っぽいビーズのアクセサリー。


 「これ……子供の頃、一緒に行ったお祭りの射的で俺がゲットしてプレゼントしたやつだろ? なんだよ姫子のやつ、可愛いところあるじゃん!」


 俺はニヤニヤしながら姫子を振り返った。

 普段はクールで毒舌な妹が、兄からのプレゼントをこんなに大切にしていたなんて。


 「な、なんで覚えてるんですかそんな昔のこと!?」

 「えー? 覚えてるに決まってるじゃん! ぬいぐるみはお前がおもちゃ屋で、じーっと指を咥えて欲しがってたから、俺がお年玉で買ってあげたやつだし! アクセサリーもお祭りで『あれ欲しい』って頑張って取ろうとしたくせに、取れなくて泣きそうになってたから俺が取ってやったんだろ?」


 俺はここぞとばかりに姫子を責め立てた。


 「なんだよなんだよ~! 大切にしてくれてるじゃんか~! お兄ちゃん嬉しいぞ!」

 「…………」


 俺の言葉に、姫子は顔を真っ赤にして俯いた。

 そして、ボソリと呟く。


 「……覚えててくれたんですね」


 その声は、消え入りそうなほど小さく、そして驚くほど優しかった。

 俺は一瞬、耳を疑った。

 てっきり『捨てるのも兄さんが可哀想だから、お情けで捨てずに取っておいてあげただけですよ』と毒づかれ、ビンタでもされるかと覚悟していたからだ。


 「え!? あ、おう! もちろんだよ」


 俺は予想外の反応に戸惑ってしまった。


 (え!? なんか嬉しそうだけどなんで!? まさかマジでこいつ、俺のプレゼントが今でも嬉しくて大事にしてくれてるとでも言うの!? あの姫子が!?)


 普段の「兄さんなんて世話のかかるペット」みたいな扱いとは違う、あまりに純粋な反応に、俺の脳内で緊急会議が開かれる。

 まさか、こいつ本当に俺のこと大好きなブラコンなのでは?


 すると、俺の視線に気づいた姫子はハッとした表情になり、瞬時にいつもの「鉄仮面」を装着した。


 「な、何を勘違いしているのですか!?」


 姫子は眼光を光らせて叫んだ。


 「捨てるのも兄さんが可哀想だから、お情けで捨てずに取っておいてあげただけですよ! 調子に乗らないでください!」


 ドスッ!!


 言うが早いか、姫子は床に置かれていたクッションを全力で投げつけてきた。

 クッションは放物線ではなく高速で一直線に飛び、俺の顔面にクリーンヒットする。


 「ぶべっ!?」


 俺は顔面を押さえながらよろめいた。


 (言った! マジで言ったよこいつ!)


 やっぱりお情けかよチクショー!

 前言撤回、可愛げなんて欠片もなかったわ!


 「……ふん。さっさとアニメを観ますよ」


 俺は「へいへい、大人しく従いますよお姫様……」とぶつくさと呟きながら、大人しく座ることにした。


 「どうぞ、兄さん」


 姫子はテレビの前にクッションを2つ、ぴったりとくっつけて並べ、自分はさっさとその片方に腰を下ろした。

 そして、ポンポンと隣のクッションを叩いて俺を促す。


 俺は少し躊躇した。

 姫子の部屋には、俺の部屋より後に母さんが買ってくれたおかげで、俺の42インチよりも大きい45インチの4Kテレビが鎮座している。

 PS5が4K対応だから、このテレビで遊んだらきっと今より綺麗な映像で遊べるんだろうな……なんて羨望の眼差しを向けていたのだが、今はそんな事はどうでもいい。


 (なんかクッションの間隔が近すぎないか……?)


 いくら兄妹とはいえ、高校生の男女が肩を寄せ合って座るのはおかしい。

 俺はさりげなく、クッションを少しだけずらして距離を取り、腰を下ろした。


 「チッ」


 姫子が露骨に舌打ちした気がしたが、俺が見た時には彼女はすでに澄ました顔でリモコンを操作していた。空耳か?


 「で? 姫子が調べたっていう『アニメファンに人気の作品』ってのはどんなやつなんだ?」


 俺は平静を装って尋ねた。


 「何作品かリストアップして、良さそうなものをお気に入りに入れました。私もまだ視聴していませんので、実際に面白いかどうかはわかりません。時間の無駄にならなければ良いのですが」


 姫子は淡々と言いながら、再生ボタンを押した。

 画面が暗転し、物語が始まる。


 ――それは、50分ほどの1話完結の短編作品だった。

 ファンタジー世界を舞台に、血を分けた実の兄妹が共に冒険者となり、過酷な運命に立ち向かう物語。

 何度も命の危機に瀕しながらも互いを助け合い、やがて兄妹愛が恋愛感情へと昇華していく。

 兄は妹を一人の異性として愛し、妹もまた兄を愛し、最後は禁断の愛を成就させて結ばれる――。


 「…………」


 エンドロールが流れる中、俺の心は感動と、それを遥かに凌駕する気まずさで嵐のようになっていた。


 (いや、めっちゃ面白かったよ!? 作画も神だったし、脚本も丁寧に笑いと感動をまとめあげてて素晴らしかったけど!)


 だがしかし。

 実の妹の隣で、兄妹が禁断の愛を成就させる作品を観るという拷問。


 (姫子も初めて観るって言ってたし、こいつも内容を知らなかったんだろうけど、なんでよりによってこんな内容の作品を引き当てるんだよ! 気まずいわ! 俺はどんな感想を妹に言わなきゃいけないんだよ! 「感動したね、俺たちも禁断の愛に目覚めようか」とでも言えば良いのか!? バカかよ!? ありえないだろ!! 何言っても地雷じゃねえか!)


 俺が心の中で絶叫していると、ふと肩に重みを感じた。

 いつの間にか姫子が、肩がくっつくほどの至近距離までクッションを移動させていたのだ。

 そして、俺の肩に頭をもたせかけてくる。


 「面白かったですね、兄さん。アニメなんて子供が観るものだと思っていましたが、私たちのような年齢でも楽しめるなんて、見直しました」


 (えっ!?)


 俺は硬直した。


 (『兄妹で恋愛なんて、ありえませんね。気持ち悪い内容でした。制作会社を燃やしに行きましょう』とか毒を吐くかと思ったら、普通に褒めてる!? あれ? もしかして俺が意識し過ぎなのか!? 最近のアニメじゃこういうのは普通なのか!?)


 「そ、そうだな! めっちゃ面白かったよな! あはは!」


 俺は引きつった笑顔で同意するしかなかった。


 「さあ、まだ一時間ですし、次の作品を観てみましょうか。楽しみですね、兄さん」


 姫子は上機嫌で次の作品を再生した。

 今度の作品は全12話のシリーズものらしい。


 現代日本を舞台に、昔から喧嘩ばかりしていた高校生の兄妹。

 ある日、事故で両親を失い、唯一生き残った肉親であるお互いを守らなければいけないと兄妹は決意する。

 喧嘩しながらも絆を深め合っていく二人だったが、ある日、妹に告白してきた同級生の男子を見た時に、兄は自分が妹に恋心を抱いていたことを自覚してしまう。

 「こいつは誰にも渡したくない」と決意したところで、第1話が終わる。


 「…………」


 俺は頭を抱えたくなった。

 今回もまた、兄妹の禁断の愛を描いた作品だった。

 確かに話は面白かった。続きが気になる引きだった。

 だが、そんなことより、実の妹と一緒にこんな内容のアニメを観続けるメンタルが俺にはない。


 「へえ、続きが気になる終わり方でしたね」


 姫子の声が、やけに近い。

 見下ろすと、いつの間にか彼女は俺の膝の上に座っていた。

 当たり前のように俺の胸に背中を預け、リモコンを弄っている。


 「しかし、このアニメの兄妹は随分と仲が良いことで。私たちも、もう少し仲良くしたほうが良いのでしょうかね? ……兄さん?」


 姫子が俺に振り返り、小悪魔的な微笑みを浮かべる。

 その瞳の奥に、何か得体の知れないものが見え隠れしている気がして、俺は頭がクラクラした。

 心臓に悪い。いろんな意味で。


 「さあ、続きを観ましょうか兄さん」

 「い、いや! 今日はこのくらいにしとこう! ほら、勉強もしないといけないしな……! 明日も学校だし!」

 「明日は日曜ですが」

 

 俺は慌てて姫子の手を取り、リモコンを置かせた。

 これ以上観たら、この現代日本で生きてきた大切な俺の倫理観が崩壊してしまう。


 「…………」


 姫子は少し考えるような仕草を見せた後、ふぅと息を吐いた。


 「そうですね……まあ、悪くない時間を過ごせました」


 そして、立ち上がり際にボソリと呟く。


 「少しは意識させられたでしょう」


 「え?」


 「いいえ、独り言です」


 姫子はテレビの電源を消し、優雅に立ち上がった。


 「では、今日はお開きといたしましょう」


 そう言って、彼女は颯爽と部屋を出ていった。

 残された俺は、どっと疲れて床に倒れ込んだ。


 「偶然なんだろうけど……な、なんでこんな内容ばかりなんだよ……姫子のバカぁ……」


 天井を見上げながら、俺は力なく呟いた。

 あいつが去り際に残した謎の言葉の意味を考える余裕は、今の俺にはなかった。

 どうせ俺をからかって楽しんでるだけなんだあいつは……。

 妹がドSで本当に困る……。

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