第21話 わたしたちの、最高の友達
「ううっ……凄い物語だった……ほ◯ら……ま◯か……」
ひよりの部屋の天井を見上げながら、俺は嗚咽を堪えることができずにいた。
時刻は深夜3時を回っている。
『魔法少女ま◯か☆マギカ』全12話、一気見完了。
俺の脳内は今、完全に「ま◯マギ」一色に染まっていた。
最初は可愛らしい絵柄に騙されたと思った。
3話でマ◯さんが死んだ時は、ただただ衝撃だった。
けれど、物語が進むにつれて明かされていく真実の数々。
魔法少女というシステムの残酷さ。キ◯ゥべえの合理的すぎる狂気。
そして何より――暁美ほ◯ら。
「あいつ……あんな、あんなに……」
最初は冷徹で嫌な奴だと思っていた。ま◯かの邪魔ばかりする敵だと思っていた。
だがその正体は、誰よりもま◯かを想い、彼女を救うためだけに大変な苦労をして、たった一人で戦い続けてきた孤独な戦士だった。
彼女が抱えてきた絶望と、それでも諦めなかった執念。
そのあまりにも重すぎる愛に、涙腺が完全に崩壊した。
最終回。己を犠牲にしたま◯かと、その事実を知る唯一の存在となったほ◯ら。
決して手放しで喜べるハッピーエンドではないかもしれない。
けれど、彼女たちが選び取り、たどり着いた結末は、きっと間違いなんかじゃない。そう信じたい。
「どうでしたか先輩……って、めっちゃ泣いてるじゃないっすか!」
鼻をすする俺に、ひよりが呆れたような、でもどこか嬉しそうな声をかけてきた。
「流石にここまでハマってくれるとは思ってなかったっすよ!? ガチ泣きっすか!」
「うるさい……だって……」
俺はひよりから差し出されたティッシュを受け取り、盛大に鼻をかんだ。
「演出も物語も、最高に良かったんだよ……。ほ◯ら、本当に頑張ったよあの子は……誰にも理解されなくても、ずっと一人で……ううっ」
「わかります、わかりますよ先輩。その気持ちこそがオタクとしての第一歩っす」
ひよりはうんうんと頷きながら、俺の背中をポンポンと叩いた。
「なぁ、ひより。……語ろうぜ?」
「おっ! いいっすね先輩! 直後の感想会こそ同時視聴の醍醐味っすよね!」
俺の提案に、ひよりは目を輝かせて乗ってきた。
そこからはもう、止まらなかった。
あのシーンの演出がどうとか、あの台詞の伏線がどうとか、キ◯ゥべえがいかに邪悪かとか。
俺たちは深夜のテンションも相まって、熱心に語り合った。
気付けば時計の針は4時を回っていた。
「……ふぁ」
大きなあくびが出る。
流石に限界だ。興奮していた脳も、疲労には勝てない。
「ひより、そろそろ寝ようぜ。明日……いや、今日は休みだけど、流石にヤバい」
「そっすね。オールは肌に悪いっすから」
ひよりは手際よく床に客用の布団を敷いてくれた。
彼女は自分のベッド、俺は床の布団。
同じ部屋で寝ることに一瞬だけ(男女としてどうなんだ?)という考えがよぎったが、今の俺は身体的には女だし、何より眠気が強すぎて思考がまとまらない。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいっす、先輩」
部屋の電気が消え、静寂が訪れる。
LEDの青白い光だけが、フィギュアたちをぼんやりと浮かび上がらせていた。
布団に入って目を閉じても、まぶたの裏にはまだ黒髪の少女が浮かんでいた。
(ほ◯ら、凄く良いやつだったな……。もっと普通の日常で、ま◯かと仲良く幸せに過ごせる結末も見たかったなぁ……)
そんなことをつらつらと考えながら、意識が微睡みに沈んでいく。
その時だった。
「……先輩。……まだ起きてるっすか?」
静寂を破るように、ひよりの小さな声が聞こえた。
「え? うん、起きてるよ」
「…………」
ひよりはベッドの上で、俺に背を向けたままのようだ。
少しの間を置いて、ぽつりと彼女が言った。
「今日は……心配して家に来てくれて、ありがとうございました」
普段の元気いっぱいの口調とは違う、しおらしい声音だった。
「こうして、誰かと大好きなアニメの話が出来る日が来るなんて……思ってもみなかったっす」
「……俺もだよ。こんなに面白い作品、知らなかったから。教えてくれて感謝してるよ、ありがとうな」
俺は素直な気持ちを伝えた。
すると、ひよりはまた少し黙り込み、意を決したように語り始めた。
「私、学校ではオタク趣味のこと隠してるじゃないっすか。でも、コスメやファッションの話を友達とするのも、別に嫌いじゃないんすよ? 無理して合わせてるわけじゃなくて、それも私の一部なんで。そこは勘違いしないでくださいね?」
「そうか。……なら、安心した」
俺はずっと、彼女が無理をして「陽キャ」を演じているんじゃないかと心配していた。
だが、今の彼女の言葉には嘘がないように聞こえた。
「ただ……昔。オタク趣味を隠さず、友人たちに何も気にせずオタク語りをしてた時に、ちょっと色々ありまして……」
ひよりの声が、微かに震え始めた。
「『あっ、オタクは隠さなきゃいけなかったんだ』『こういうのが気持ち悪いって思う人もいるんだ』って……思い知らされたんす。私の『好き』は、他人にとっては不快なものなんだって」
「…………」
「だから……オタク趣味を持ってると先輩たちにバレた時、世界が終わったかのようなショックを受けました。また軽蔑される、また酷い目に遭うんだって……怖くて……」
最後の方は、鼻をすする音混じりの涙声になっていた。
心を傷つけられた過去のトラウマ。
それがどれほど辛いことか、俺には痛いほど分かった。
俺だって、この身体になってから性的に身体を狙われたり、下着を盗撮されたり、男の頃には受けることのなかった散々な被害に遭ってきたからだ。
心の傷は身体の傷と違っていつまでも心を蝕み続ける。
俺は布団を跳ね除け、ガバッと上半身を起こした。
「何を言ってるんだ、ひより!」
夜中だというのに、声が大きくなってしまう。
「俺達がそんな事をするわけがないし、そんな事でお前を見る目が変わるわけがないだろう!?」
「せ、先輩……?」
「俺はあまり詳しくないけれど! アニメやゲームや漫画は、世界に誇る日本の文化だぞ!? 世界中にファンだって大勢いる!」
俺は熱くなってまくし立てた。
ひよりを怯えさせる悲しみが、許せなかった。
「そんな素晴らしいコンテンツを好きで、グッズや原作を集めて熱心に語る趣味の何が悪いんだ!? 何も悪くないだろ! 人の『好き』という気持ちを否定する権利なんて誰にもないし、それを否定するやつのほうが、人間として俺は嫌悪する!」
「……っ」
「俺達生徒会を舐めるなよ? お前の趣味なんて、何も恥ずべきことじゃないんだから! 俺達は誰もお前のことを笑ったりしない! 堂々と、俺達の前では本音を晒してくれ!」
言い切って、俺は肩で息をした。
ベッドの方を見ると、ひよりがゆっくりとこちらに体を向けていた。
暗がりでも分かる。その顔は、涙でびしょびしょに濡れていた。
「…………」
ひよりは何か言おうとして、口を引き結び、それからふにゃりと破顔した。
「あはは……先輩。先輩はやっぱり、カッコいいっすね」
彼女は袖で強引に涙を拭った。
「誰かさんが本気で惚れちゃうのも、今ならちょっとわかっちゃいます。……駄目っすよ? あんまり誰彼構わず惚れさせるようなこと言っちゃったら」
「え?」
ひよりが涙を拭いながら笑っているのを見て、ホッとしたのも束の間。
俺の思考回路に、妙な異物が引っかかった。
「……ん? 『誰かさんが本気で惚れちゃう』って……何のことだ?」
俺は首を傾げた。
「え? 誰か俺に惚れてる人がいるのか? マジ? 誰? 誰のこと? なにか知ってるのか?」
俺は食い気味に問い詰めた。
恋愛沙汰には疎い自覚はあるが、もしそんな奇特な人がいるなら知りたい。切実に。
「ふぁああ……」
ひよりはわざとらしいほど大きな欠伸をした。
「もう遅いんで、寝るっすよー? おやすみなさーい」
「は? おい、逃げるな!」
「むにゃむにゃ……」
ひよりは布団を頭まで被り、完全にシャットアウトの体勢に入った。
「え? ちょっと、気になるんだけど! あっ冗談? 冗談だよね? それともマジ? おーい、ひより! ひよりー?」
何度か声をかけたが、返ってくるのは規則正しい寝息だけだった。
本当に寝たのか? それとも完全に寝たふりを決め込んでいるのか。
「…………マジで言ってるのか?」
静かになった部屋で、俺は一人、悶々としたまま布団に潜り込んだ。
誰かって誰だ?
夕映先輩? いやいや、あんな高嶺の花が。
じゃあ誰だ? まさか透か? いや男だし。
まさかひよりのクラスメイトか!? それなら俺が知らないのも当たり前だ。
答えの出ない問いが頭をぐるぐると回り続け、俺はしばらくの間、天井の木目を数え続けることになった。




