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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第18話 にわかオタクと、泊まり込み補習

 部屋に重苦しい沈黙が落ちていた。

 固まったままのひよりに対し、俺は申し訳なさで胸が痛んだ。

 ただでさえ昨日の今日で、一番隠したかったであろう本性を、よりによって「聖域」である自室で見られてしまったのだ。

 ショックを受けるのも無理はない。


(まずは、安心させてやらなきゃな)


 俺は努めて明るく、優しい口調を意識して話しかけた。


「ひ、ひよりはさ、漫画やアニメにゲームが好きなんだよな? 俺だって大好きだぞ? 漫画やアニメが好きなのは別に変なことじゃないし、気にすることはないと思うんだ」


 ひよりの肩がピクリと跳ねる。俺は畳み掛けるように続けた。


「それに、何かに熱中できるのは良いことだ。これほどまでにコレクションを集めるのは、お金も手間もかかるだろうし大変だったんだろ? 凄いことじゃないか」


 否定するのではなく、共感し、肯定する。

 『自分も漫画やアニメが好き』ということで、同じ趣味を持つ仲間だと思ってもらえれば、心の壁も壊せるはずだ。


 ひよりはゆっくりと顔を上げ、眼鏡の奥から俺をじっと見つめた。

 その目はどこか胡乱げで、どこまでが本心なのかを見定めするような色を帯びていた。


「……何の漫画が好きなんすか?」


 低い声で問われる。

 俺は少し考え、自信満々に答えた。


「え? そうだなぁ。『鬼◯の刃』に『呪◯廻戦』だろ? 『チェ◯ソーマン』もハマったし……『東◯リベンジャーズ』も面白かったな。あっ、そうそう! 『推◯の子』とかめっちゃ泣いたよな! 古いやつだと『SL◯M DUNK』の漫画も好きだし。あれ? こんなに漫画見てるって事は、俺も立派なオタクじゃね? 仲間だな! ひより!」


 俺は腕を組み、うんうんと頷いてみせた。

 これだけ大ヒット作を押さえているのだ。話が合わないはずがない。


 しかし、ひよりの反応は予想外のものだった。


「うーわっ! 出た!」


 ひよりが大声を上げて立ち上がった。


「一般向け作品しか観てないのに『俺、オタクじゃね?w』アピール! そんなん全然オタクじゃねーっすよ!」

「えっ!? なんで!?」


 俺は目を白黒させる。


「すげえいっぱい漫画見てるじゃん!? オタクじゃないの!?」

「じゃあ聞くっすけど、『まど◯ギ』は観ました?」

「まど◯ギ……? って何?」

「『AK◯RA』とか、『ハ◯ヒ』は?」

「えっと……ごめん、なにそれ? ゲーム?」


 矢継ぎ早に繰り出される単語の意味がわからず、俺は首を傾げるばかりだ。

 すると、ひよりは芝居がかった動作で天を仰いだ。


「っはー! オタクの一般常識も知らずによくもまあオタクアピールできたもんすね!? これだから一般人は!」

「い、一般人……?」

「最近多いんすよ! 『鬼◯の刃』が世界中で流行って、アニメの敷居が下がって誰でも観るようになったんすけど、結局観るのは大ヒットした作品ばかりで、浅い! 浅すぎるんすよ!」


 ひよりがズイッと俺に詰め寄る。眼鏡の奥の瞳が、狂気的な光を放っている。


「オタクってのはっすね、もっとディープで拗らせたものなんすよ! 例えばっすね、先輩、流石に『機動戦士ガ◯ダム』は知ってますよね!?」

「あ、ああ。ガ◯ダムは知ってるぞ?」


 俺はホッとして頷いた。それなら誰もが知る名作だ。


「ガ◯ダムっていう正義のロボットが、シ◯アとかいう悪の組織のやつと戦うアニメだろ?」


 自信満々に答えた瞬間、ひよりが頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「出たー! ガ◯ダムをロボットと呼んで、正義のロボットとか言う人! 良かったっすね! 私がガノタだったら最低2回はビンタしてましたよ!?」

「ええっ!? なんか間違ってた上に2回もビンタされるの!? 怖い!」


 俺は思わず後ずさる。

 な、何なんだこの地雷原は。ひよりに寄り添おうと思った発言が、何故かすべて裏目に出てキレさせてしまっている。


 俺の一体何が悪かったんだろうと冷や汗をかきながら悩んでいると、ひよりが深いため息をついた。


「はぁ……先輩」


 ひよりは力なく笑い、俺を見上げた。


「先輩は優しいし、私を馬鹿にしようなんて気持ちはなくて、純粋に私を心配して来てくれたんすよね? わかるっすよ」

「馬鹿になんてするわけ無いだろ? そもそも趣味嗜好なんて人それぞれ違うんだから、自分が知らないだけの物をなんで馬鹿になんてしなきゃいけないんだ」


 俺は本心からそう答えた。

 すると、ひよりは少しだけ悲しげに目を伏せた。


「……皆が先輩みたいな考え方なら、素敵なんすけどね……」


 その呟きに、彼女がなぜオタク趣味を隠し、「陽キャ」として振る舞っているのか、その理由の一端が見えた気がした。

 何か過去にあったんだろうか。


 俺が口を開きかけた時、ひよりが顔を上げて言った。


「先輩。明日は土曜で学校休みだし、お願いがあるんすけど」

「お願い?」

「はい。先輩。今日は私の家に泊まってください」

「……は?」


 俺は一瞬、耳を疑った。


「自称オタクの勘違い先輩に、本当のオタクってやつを教えてあげるっす」


 ひよりはニヤリと不敵に笑う。


「は!? はぁ!? お前の家に俺が泊まる!? 馬鹿言うなよ! 俺は男だぞ!? そんなのダメに決まってるだろ!」


 俺は叫んだ。いくらなんでもそれはマズい。付き合ってもいない男女が1つ屋根の下なんて、倫理的にアウトだ。


 しかし、ひよりはお腹を抱えて笑い出した。


「ぷっ、あははは! そんな可愛い顔で『男だぞ』とか言われてもギャグじゃないっすか! 今の先輩は女の子なんすよ? それにハッキリ言いますけど、私は先輩が男だった頃から異性として意識した事はなかったっす。 だから同性になった今は、何も問題ないんすよ」

「うぐっ……」


 確かに俺も、ひよりの事を可愛い後輩とは思ってはいても、恋愛対象として見たことはない。

 とはいえ、男としてはそうハッキリ言われると少しはショックを受けるものなんだな。

 

「それとも何すか? 先輩は私のことを異性として意識してるんすか? いやー、困ったなぁ。まさか先輩が私のことを好きだったなんて」

「いやいや! そんな事一度も思ったこと無いって!」


 ひよりがいたずらっぽい目で俺を見るので、俺は慌てて否定した。


「それはそれでなんかムカつくっすね……」


 お前もかよ! ちょうど今同じ思いをしたから気持ちはわかるけど!

 

「わかったよ! じゃあ教えてもらおうじゃないか、本当のオタクってやつを!」


 売り言葉に買い言葉だ。

 俺だって、これでも生徒会長だ。一度決めたら引かない。


「やったー! オタクに堕としてみせますよー! 先輩!」


 ひよりは手を叩いて喜んだ。

 その笑顔は、いつもの教室で見せるものより、ずっと生き生きとして見えた。


(……しまった、早まったか?)


 俺は内心で冷や汗をかきながら、既に少し後悔し始めていた。


 *

 

 「あらまぁ、翔ちゃん泊まってくの? 楽しくなりそうね~!」


 一階のリビングに降りて事情を伝えると、ひよりの母・ひみこさんは両手を合わせて明るく笑った。


「晩御飯、張り切って作るわよ~! 好きなものはある? ハンバーグ? それとも唐揚げ?」

「あ、いえ、何でも大丈夫です。すみません、突然こんな事を言い出してしまって……ありがとうございます」


 俺が深々と頭を下げて感謝を伝えると、ひみこさんは「うふふ」と微笑んで近づいてきた。


「さすがは生徒会長ね! 可愛い上に礼儀正しくて、おばさんキミみたいな子大好きよ」


 言うが早いか、ひみこさんは俺をぎゅっと抱きしめた。

 その豊満な胸の感触がダイレクトに伝わり、俺の頭は真っ白になった。


「っ!? だ、駄目ですよ! お母さん!」


 どう見ても少し年上の美人のお姉さんにしか見えないひみこさんに抱きしめられ、俺は顔から火が出るほど赤くなった。

 いくら俺が今、見た目だけは女の子だとしても、中身は健全な男子高校生なのだ。これは刺激が強すぎる。


「そんな、今日会ったばかりの俺みたいなやつに、簡単に抱きついちゃ駄目ですって!」


 俺は慌ててその腕から逃れる。

 ひみこさんはキョトンとした後、さらに目を細めて笑った。


「あらあら、照れちゃって。本当に可愛いわねぇ」


 どうやら余計に気に入られてしまったらしい。

 この母親にして、この娘あり、か。

 ひよりのからかい好きは、間違いなくこの人の血筋だな!


 *

 

 それからひよりの部屋に戻り、今後の作戦会議だ。

 俺は学校からそのまま制服で来たため、着替えを持っていない。


「着替えのパンツは後でコンビニで買うとして、パジャマはどうしようか……」

「あ、それなら大丈夫っすよ。弟の大きめのスウェットを借りてきます」


 ひよりがあっけらかんと言う。


「弟がいたのか?」

「はい。2つ下の中学生の弟がいますよ。『つかさ』って言うんすけどね」

「へえ、そうなんだ。それじゃあ、挨拶もしたいから一緒にお願いしに行こう」


 俺たちは部屋を出て、廊下の反対側にある彼女の弟の部屋へと向かった。

 部屋の前に到着すると、ひよりはノックもせず、いきなりドアノブに手をかけた。


「やっほーつかさ! スウェット貸して~!」


 ガチャリとドアを勢いよく開けながら叫ぶひより。

 部屋の中では、ベッドに腰掛けてスマホをいじっていた少年がビクリと肩を震わせていた。


「姉ちゃん! ノックぐらいしろっていつも言ってるだろ!?」


 黒髪の、真面目そうな少年がつかさくんだった。彼は眉をひそめ、スマホを放り出して文句を言い募る。


「俺が姉ちゃんの部屋に入るときはノックしないとブチ切れるくせにおかしいだ……ろ……?」


 彼の言葉が、途中でぷつりと途切れた。

 その視線が、ひよりの後ろに立っていた俺に釘付けになる。


 俺は第一印象が大事だなと思い、自分にできる精一杯の笑顔を作った。


「キミがつかさくんかな? はじめまして。キミのお姉さんの先輩の、一条翔って言う者だよ」


 つかさくんは俺の顔を見つめたまま、呆然としていた。

 やがて、その頬がみるみるうちに赤く染まっていく。


「えっ、あっ、はい。は、はじめまして……」


 しどろもどろな返事。視線が忙しなく泳いでいる。

 人見知りする子なのかな?

 あまりガツガツ話しかけたら怖がるかもしれない。

 俺は無言でニコリと微笑んでみせた。


 すると、つかさくんは更に顔を赤くして、バッと顔を背けてしまった。

 あれ? 嫌われちゃったかな?


 しかし、ひよりはそんな弟の様子を見て、何かを察したように目を見開いた。


「えっ、つかさ。あんたまさか……先輩のこと一目ぼ」

「ちちち違うし!? 変なこと言うなよ姉ちゃん!?」


 つかさくんが慌ててベッドから飛び降り、ひよりに駆け寄ってその口を塞いだ。


「むぐぐ……!」

「? どうかしたのか?」


 俺が不思議に思って首を傾げると、つかさくんは俺の方を見ないようにしながら答えた。


「な、なんでもありません!」


 ブンブンと首を振るその必死な様子に、俺はますます首を傾げるばかりだ。

 つかさくんはひよりに顔を近づけ、小声で囁いた。


「いいか!? 何も言うなよ姉ちゃん!」

「ぷはっ! ……い、言わないよ? ぷくく、こんな面白いこと……くふふふ」


 ひよりは口元を押さえ、含み笑いをしながら約束した。完全に面白がっている顔だ。


「で、この見ての通り美人の先輩に、つかさのスウェットを貸してあげてほしいの。今日泊まっていくから」

「えっ、こ、この人に俺の服を!? っていうか、と……とと……泊まる!?」


 つかさくんは驚いたように俺を見た後、すぐにコクコクと頷いた。


「い、いいよ? 俺なんかので良ければ……全然使ってください!」

「ありがとう。助かるよ」


 俺が感謝すると、つかさくんはどこか嬉しそうにクローゼットからグレーのスウェット上下を取り出して渡してくれた。


「ちゃんと綺麗に洗って返すからね」

「あ、洗わなくていいですよ! 俺がやりますから! 洗わず返してください!」


 つかさくんが食い気味に言った。


「えっ、それはちょっと……汗とかかくかもしれないし、申し訳ないよ。安心して。ちゃんと綺麗にして返すから」

「あ……」


 つかさくんは、ものすごく残念そうな顔をした。

 まるで、楽しみにしていたおやつを取り上げられた子供のような。


「わかりました……」


(そんなに自分で洗うことにこだわるなんて、よっぽど洗濯の仕方にこだわりがあるのだろうか? ちゃんと色移りしないように洗うから心配しなくて良いんだけどな)


 俺がそんな風に考えている横で、ひよりは肩を震わせていた。


「つかさ……残念だったね! ふふ、くふふふふ……!」

「……っ!」


 つかさくんは、笑いをこらえきれない姉を恨めしそうに睨んでいた。

 何がそんなにおかしいのかさっぱりわからないが、姉弟仲が良いのはいいことだ。


 *

 

 それからスウェットを借りてひよりの部屋に戻り、俺はスマホを取り出した。

 流石に無断外泊はまずい。


「今日はひよりの家で泊まることになったから、母さんにも伝えてくれ」


 そう姫子にメールを送って、送信ボタンを押した直後だった。


 ――トゥルルルルルル!!


 間髪入れずに、俺のスマホが鳴動した。

 画面には『姫子』の二文字。

 早すぎるだろ。


「もしもし」

『どういうことですか』


 俺の「もしもし」に被り気味に、氷点下の声が響いた。


「いや、昨日の件でひよりを慰めてたらさ、流れでそういう事になったんだよ。大丈夫だって」

『ひよりに代わってください』

「えっ?」

『代わってください。今すぐ』


 有無を言わさぬ迫力だ。俺は仕方なくスマホをひよりに差し出した。


「姫子が代わってくれってさ」

「えっ!? 姫子先輩っすか!?」


 ひよりはビクリと震え、恐る恐るスマホを受け取った。


「も、もしもしぃ……?」


 そこからの数分間、ひよりは地獄のような尋問を受けているようだった。


「いや、本当に私は何もしませんって!」

「いやいやいや! 姫子先輩じゃないんすから! するわけ無いっすよ!」

「はい! 誓います! いやホントに! っていうか姫子先輩のものってわけじゃないじゃないですかぁ! ……あっウソウソ! そんなキレないで! 謝ります! ごめんなさい! すんませんでした!」


 何を話しているのか詳しくは知らないが、ひよりは冷や汗をダラダラと流しながら、必死に弁解と謝罪を繰り返していた。

 やがて話も終わったのか、ひよりは「はい……はい……わかりました……」と力なく頷き、電話を切る動作に入った。


 だが、通話終了ボタンを押す直前。

 ひよりはスマホに向かって叫んだ。


「やーい! 強火ブラコ~ン!」


 ピッ。

 捨て台詞を残して、急いで電話を切るひより。

 完全な煽り逃げだ。


「はぁ……はぁ……怖かった……」


 疲れ切った顔で、ひよりは俺にスマホを返してきた。


「な、なにか姫子に言われたのか?」


 俺が心配になって尋ねると、ひよりは同情するような、どこか悟ったような優しい目で俺を見た。


「先輩。世の中には、知らないことが幸せなことがあるんすよ」

「えぇ……?」


 俺はわけがわからず困惑する。

 一体何を言われたんだ。


 しかし、ひよりはすぐに気を取り直したように手を振り上げた。


「さーって! まずは晩御飯を食べましょう先輩! 話はそれからっす!」

「あ、ああ」


 ひよりは元気よく部屋を出ていく。

 俺も慌ててその後を追った。

 まだ夜は始まったばかりだ。

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