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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第17話 ひよりの聖域

 翌日。

 教室の窓からみえる空は雲1つ無い晴れだったが、俺の心には昨日の夕暮れ時から小さな雲がかかっていた。

 休み時間を告げるチャイムが鳴ると同時に、俺は席を立った。


「ちょっと後輩のとこに行ってくるわ」


 近くにいた友人の佐藤に声をかけ、俺は廊下へと出る。

 目指すは一階にある1-Bの教室。天道ひよりのクラスだ。

 昨日の今日だ。あいつのことだから、ケロッとしているかもしれないが、あの青ざめた顔がどうしても気にかかる。

 生徒会長として、いや、一人の先輩として、様子を見に行かないわけにはいかないだろう。


 階段を降り、下級生の教室が並ぶ廊下へ足を踏み入れる。

 とたんに、周囲の空気がざわめき始めた。


「……あれ、生徒会長じゃない?」

「うわ、マジだ。噂には聞いてたけどあれが本当にあのイケメン……?」

「美人って聞いてたけど、本当に可愛い……」


 ひそひそとした声が、波のように広がっていく。

 上級生、それも今や「一夜にして性別が変わった元男」と噂される俺が一年生のエリアを歩いているのだ。

 注目を集めるのは仕方がない。

 俺は極力、背筋を伸ばして堂々と歩くように心がけた。

 変に縮こまると余計に目立つし、何より「生徒会長」としての威厳に関わるからな。


(……まあ、今の俺に威厳なんてあるのか怪しいけど)


 そんな自虐を飲み込みつつ、1-Bの教室の前にたどり着く。

 教室内は休み時間の喧騒に包まれていた。

 俺は入口付近の席に座っていた、大人しそうな眼鏡の男子生徒と目が合った。

 彼は文庫本を読んでいたが、俺に気づくと目を丸くした。


 俺は彼に軽く手招きをして、廊下に出てもらう。


「突然ゴメンな、俺は2年の生徒会長である一条翔っていうんだけど」


 俺が名乗ると、彼はビクリと肩を震わせた。


「えっ!? あなたがあのイケメン会長なんですか!?」


 彼は俺の顔をまじまじと見つめ、信じられないといった様子で声を上ずらせた。


「噂には聞いてたけど、本当に女の子になったんですね……」

「まあな。本当になんでこうなっちゃったのかは未だにわからないけど、心は変わっちゃいないから、君の知ってる最強イケメン会長と思って接してくれ!」


 俺は努めて明るく、男だった頃と同じノリで、自分の胸をドンと叩いた。


 ――むにゅん。


 柔らかく、重みのある反動が手に伝わる。

 硬質な音ではなく、何とも締まらない、肉感的な音が響いた。

 胸元の膨らみが、制服のブラウス越しにたぷんと大きく揺れる。


「……っ!?」


 男子生徒の顔が一瞬で真っ赤になった。

 視線のやり場に困ったように目が泳ぎ、口元を手で覆っている。


(あ〜っ! 男の感覚で無防備な行動は控えるって決めてたのに、気を抜くとまたこれだよ俺のバカ! ゴメンな後輩……!)


 俺は内心で頭を抱え、盛大に自分を呪った。

 まだこの身体との付き合い方というか向き合い方と言うか。

 とにかく女としての立ちふるまいに慣れていないとはいえ、初対面の後輩相手に何を見せつけているんだ俺は。これじゃただの痴女じゃないか。


「す、すまん! 癖でつい……!」


 俺は慌てて謝罪し、居住まいを正す。

 後輩くんも「い、いえ! 眼福でし……じゃなくて、気にしてないです!」とブンブン首を振ってくれた。いいやつだ。


 俺は気まずさを誤魔化すように、小さく咳払いをした。


「あー、えっとだな。用事っていうのは、このクラスの天道ひよりなんだ。呼んでくれるか?」

「え? ああ、天道さんですか」


 彼は一度教室の中を覗き込み、すぐに俺の方へ向き直った。


「天道さんなら今日は休んでますよ。たしか、体調不良だって朝に先生が言ってました」

「……休み?」


 嫌な予感が的中した。

 ひよりは昨日、あの後すぐに帰ったはずだ。

 体調不良というのは、十中八九、昨日の件が原因だろう。

 精神的なショックで寝込んだのか、それとも俺達と顔を合わせるのが気まずくてズル休みをしたのか。

 どちらにせよ、あの明るいひよりが学校を休むというのはただ事ではない。


 俺は少し考え込み、ふと気になって彼に尋ねた。


「なあ。ひよりって、普段クラスでどんな感じなんだ?」

「天道さん? 彼女はそうですね……」


 彼は少し考え込むように視線を宙に向けた。


「カースト上位のイケてる女子って感じですかね。俺はクラスでも目立たないグループだからあまり接点はないですけど、元気で明るくてクラスの中心にいつも立っている感じです」

「へえ、やっぱりそうか」

「TikT◯kの流行ネタの話にコスメやドラマの話を皆としてたり、とにかく、俺みたいなアニメやゲームの話しかしないようなやつとは住む世界が違いますね」


 昨日のあのマシンガントークを聞いた後だと、にわかには信じがたい話だ。

 あいつ、クラスでも完全に「陽キャ」を演じきっていたのか。


「あっ、でも俺達を馬鹿にしたりとかはしないですよ? 俺達みたいなオタクにも優しいから、アイツのこと嫌いなやつは多分ウチのクラスにはいないんじゃないですかね」


 そう付け加える彼の表情には、ひよりに対する好感のようなものが見て取れた。

 誰にでも分け隔てなく接する、クラスの人気者。

 それが天道ひよりという少女のパブリックイメージなのだ。


「そっか。色々と教えてくれてありがとう。貴重な休み時間を奪ってしまってゴメンな? じゃあな」


 俺は彼に笑顔で感謝を告げ、その場を後にした。

 教室に戻るために廊下を歩き出すと、背後から先ほどの彼と、その友人の話し声が聞こえてきた。


「今のって噂の生徒会長?」

「ああ。めっちゃ可愛かったからマジでドキドキした。絶対男になんて戻らないでほしい……」

「だよなー、俺も神に祈るわ」


(やめろ! 褒めてくれるのは嬉しいけど、嫌な願いをするな!)


 心のなかで全力でツッコミを入れつつ、俺は歩みを速める。

 だが、そんな事より今はひよりのことだ。


 ひよりは、クラスでは完璧な「陽キャ」として振る舞っている。

 オタク趣味を微塵も感じさせず、流行の最先端を走る女子高生として。

 だからこそ、昨日のあの反応だったのだ。

 自分の本性がバレることを、あれほどまでに恐れていた。


(……きっとなにか、理由があるんだな)


 ただ趣味を隠したいというだけじゃない。

 もっと切実で、深刻な何かが。

 もしかしたら、過去にいじめられたとか、オタクであることを否定された経験があって、高校デビューを果たしたのかもしれない。

 だとしたら、昨日の姫子の一言は、彼女の築き上げてきた居場所を壊しかねない爆弾だったわけだ。


(これは、放っておけないな)


 生徒会長として、いや、仲間として。

 俺は決心した。

 今日の放課後、お見舞いと称してでも彼女の家に押しかけて、事情を聞かなければいけない。

 あの明るい笑顔の裏に隠された、彼女の本当の素顔を知るために。


 *

 

 放課後。俺は職員室でひよりの住所を聞き出し、校門をくぐった。

 個人情報には厳しいご時世だが「生徒会長が体調不良の役員へプリントを届ける」という名目と、日頃の真面目な授業態度が功を奏し、担任の先生はすんなりと教えてくれた。


「……はぁ」


 歩きながら、俺は今日何度目かわからない溜息をつく。

 原因は、ここに来るまでの姫子とのやり取りだ。


『ひよりの家? そうですか。だったら私も行きます』

『いやいや、お前が一番あいつと会わせちゃいけないんだから絶対に駄目だ』


 俺がそう拒否すると、姫子は食い下がった。

 こいつは絶対にいらんことを言う。

 なんとか説得して納得させたものの、別れ際の言葉が凄まじかった。


『……あの子の家に二人っきりだからといって絶対に、絶対に絶対に絶対に! 変なことはしないでくださいよ? 約束してください。お願いします。土下座でも何でもします。靴を舐めましょうか? 兄さんではなくお兄様……いえ、御主人様と今後お呼びすればいいですか?』


 あの氷の彫刻のような美貌の真顔で、とんでもないことを言い出すのだから恐ろしい。

 俺は全力で『何もしねえよ!? 俺とあいつは先輩と後輩、友人以外の何物でもないからな!?』と叫んで逃げるようにここまで来たわけだが……。


「出発前から疲れ切っちまったよ……」


 そんな独り言をこぼしつつ、俺は目的の家の前に到着した。

 閑静な住宅街に建つ、小綺麗な一軒家だ。

 表札には『天道』の文字がある。


 女子の家を訪問するなんて、男だった頃なら心臓が飛び出るほど緊張しただろう。

 だが今は、この奇妙な身体に初めて感謝していた。

 男が女の子の家にお見舞いなんて行けば、家族に怪しまれて門前払いを食らうのがオチだ。

 しかし、今の俺なら「お友達が来た」程度に思ってもらえるはずだ。


 深呼吸を1つして、インターホンのボタンを押す。

 ピンポーン、という聞き慣れた音が響く。


 1分ほど間を開けて、スピーカーから女性の声が聞こえた。


「はーい、どちら様ですか?」

「ひよりさんと同じ学校の生徒会長の一条翔と申します。同じ生徒会のメンバーとして、天道さんが体調不良と聞いて心配でお見舞いに来ました」


 俺が丁寧な口調で告げると「あ、ちょっと待ってね」と明るい返事が返ってきた。

 しばらくして、ガチャリと鍵が開く音がして、玄関のドアが開く。


「お待たせ~」


 出てきたのは、ひよりとよく似た顔立ちの女性だった。

 栗色の髪に、ぱっちりとした瞳。ひよりが愛嬌のある可愛い顔立ちなら、彼女はもっと洗練された美人系の顔立ちだ。

 服装もオシャレで、恐らくひよりのお姉さんだろう。


「はじめまして。突然押しかけて申し訳ございません。お姉様でしょうか?」


 俺が尋ねると、女性はくすくすと笑った。


「やだぁ、そんなに若く見える? ありがとうね。でも、お世辞にしては褒め過ぎじゃない? 私はひよりの母、ひみこよ~」


「……は?」


 俺は驚いて、まじまじと母を名乗る女性を見てしまった。

 どう見ても、見た目はひよりとそれほど変わらない。

 高校生と言われたら、何の疑いもなく信じてしまうレベルだ。

 肌にはツヤがあるし、目尻のシワなんてものも見当たらない。

 初対面の女性に年齢を聞くわけにはいかないが、もし16歳のときにひよりを産んでいたとしても、計算上は32歳ということになる。

 30代? 嘘だろ? 10代後半にしか見えないぞ……?


 俺が唖然としていると、ひみこさんは俺の顔をじっと見つめてきた。


「生徒会長って事は、もしかしてあなたがひよりが言ってた元男の子?」

「え、ええ。そうです。原因は不明ですが、完全に女性になった元男です」

「うっそ~! 本当に!?」


 ひみこさんは目を輝かせて身を乗り出してきた。


「自分の事を男の子だと勘違いしていた女の子とかじゃなくて? どう見ても女の子だし、しかもとびっきりの美少女じゃない。ねえ、下はどうなってるの? 男の子のやつが生えてるの? それとも、そこもちゃんと女の子なの?」

「ぶふっ!?」


 あまりにも直球すぎる質問に、俺は思わず吹き出した。

 顔が一瞬で沸騰する。


「は、生えてませんし、そ、その……女の子……です!」

「へえ~! すごい! 人体の神秘ね~!」


 ひみこさんは感心したように手を叩いている。

 俺はなんで後輩の母親に、玄関先でこんな辱めを受けているんだ。

 脳内で激しくツッコミを入れながら、俺は必死に話題を戻そうとする。


「お、俺のことは良いですから、ひよりさんは大丈夫ですか?」

「ああ、それなんだけど、朝はつらそうにしてたけど今は元気よ。どうぞ上がって」


 ひみこさんはあっさりと興味を切り替え、俺を家に招き入れた。


「お邪魔します……」


 靴を脱ぎ、廊下を歩く。家の中は綺麗に整頓されていて、家族写真などが飾られている。

 ひみこさんの後に続いて階段を上がり、二階へ。

 廊下の突き当りにある、『ひよりの部屋』とかかれたファンシーなプレートが下がったドアの前で足が止まった。


「ひよりー、入るわよ」


 ひみこさんはノックもせずに言い放ち、返事も待たずにドアを開けた。


「なーに? お母さん。晩御飯の時間?」


 部屋の中から、聞き慣れた声がした。

 パソコンの前に座っていたひよりが、椅子を回転させて振り返る。

 その顔には、学校では見たことのない赤いフレームの眼鏡がかかっていた。

 髪も少しボサボサで、部屋着のスウェット姿だ。


「や、やあ。体調はもう大丈夫か?」


 俺が声を掛けると、ひよりは目を見開き、石像のように固まった。


「…………へ?」


 俺は部屋の中を見渡した。

 そこは、まさに彼女の「聖域」だった。

 壁にはアニメやゲームの美少女キャラのポスターやタペストリーが所狭しと貼られている。

 机の横にあるガラスケースには、LED照明に照らされた美少女フィギュアやアクリルキーホルダーがずらりと並び、きっと価格も安くはないのであろう造形の細かさを主張している。

 本棚には大量の漫画やラノベ、アニメのBOXが背表紙を揃えて鎮座していた。


 かなり本格的な、いや、ガチ勢のオタク部屋だ。

 昨日の「カメラロールがエクレールだらけ」という発言が、決して誇張ではなかったことが一目で分かる。


「会長さんがお見舞いに来てくれたのよ~! わざわざ来てくれるなんて、いい人よねこの子」


 ひみこさんは呑気な声で言い、ポンと俺の肩を叩いた。


「じゃあ、お母さんは晩御飯の支度にもどるから、ちゃんと翔ちゃんにお礼を言うのよ。ごゆっくり~」


 パタン、とドアが閉まる。

 あとに残されたのは、固まって動けない眼鏡姿のひよりと、その秘密の聖域に踏み込んでしまった俺。


 ひよりの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。

 それは昨日の生徒会室での比ではない。耳まで真っ赤になり、唇がわなわなと震えている。


(さて、ここが正念場だぞ)


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 言葉を間違えれば、彼女は二度と立ち直れないかもしれない。

 俺は慎重に、そして誠実に、最初の言葉を選び出した。

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