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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第16話 再起の決意と道化師の隠し事

 翌朝、ふと目を覚ました俺が隣を見ると、そこには規則正しい寝息を立てる姫子の姿があった。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、彼女の長い睫毛を照らしている。


 夢じゃなかったんだな。

 あの毒舌で鉄壁な姫子が、俺のために一緒に寝てくれていた。

 昨晩の恐怖は消え去り、胸の中には温かな感謝の気持ちだけが残っている。


「ありがとう姫子。お前のお陰で悪夢を見ることは無かったよ。本当にありがとうな」


 俺は眠っている姫子の頭を優しく撫でた。

 さらさらとした黒髪の感触が指先を滑る。

 すると、姫子のまぶたがピクリと動き、ゆっくりと開かれた。


「……んぅ……」


 まだ焦点の定まらない瞳が、ぼんやりと俺を捉える。


「おはよう姫子」


 俺が声を掛けると、姫子は眠そうな目でじっと俺を見つめた。

 数秒の沈黙の後、彼女の口元がふにゃりと緩んだ。


「わぁ、お兄ちゃんだぁ。姫子と一緒に寝てくれたの? ありがとうお兄ちゃ~ん」


 甘ったるい、砂糖菓子のような声。

 次の瞬間、姫子が力いっぱい俺に抱きついてきた。


(え!? お兄ちゃん!? え!? なんだ!? 何がおきている!?)


 予想外の反応に、俺は石のように固まった。

 いつもの冷徹さはどこへやら、完全に幼児退行している!?


 寝ぼけた姫子は、俺の胸に顔をグリグリとこすりつけながら呟く。


「お兄ちゃん大好き。ずっと姫子と一緒にいてね。私がお兄ちゃんと結婚するんだから」


 爆弾発言を投下した後、彼女は顔を上げ、至近距離で俺と見つめ合った。

 うるんだ瞳。上気した頬。

 だが、俺の顔を認識するにつれ、その目がだんだんと見開かれていく。

 急速に意識が覚醒していくのがわかった。


 意識の覚醒に反比例するかのように、彼女の顔色がサァーッと青ざめていく。


「……違うんです」


 かすれた声が漏れた。


「お、おはよう?」


 俺が改めて困惑した声で、引きつった笑顔を向ける。

 姫子は数秒間フリーズした後、カクカクとした動きで俺から離れ、無理やり口角を上げた。


「あっはっは、あは……ドッキリ、大成功~」


 棒読みの声と共に、震える指でピースサインを作る姫子。


「え? ど、ドッキリ?」

「そう、そうなんですよ? ドッキリです。ビックリしましたか? したでしょう? 名演技でしたよね? 流石は私。『白雪姫』と呼ばれるだけありますよね? 自分の才能が恐ろしい」


 普段なら「その呼び名はやめてください」と冷たくあしらうくせに、自分で言ってしまうほどの動揺っぷりだ。


 それから彼女はロボットのようにぎこちない動きで立ち上がった。


「さーて、朝ですね兄さん。早く顔を洗って歯磨きして、朝ごはんを食べて学校に行きましょう! いやぁ~朝から私の演技力が冴え渡る! 女優でも目指しましょうか? レッドカーペットも夢じゃありませんよ」


 早口でまくし立てながら、逃げるように部屋を出ていこうとする姫子。

 その背中があまりにも必死すぎたが、俺は大事なことをまだ伝えていないので慌てて彼女を呼び止めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ姫子!」

「な、なんですか兄さん?」


 引きつった顔で、恐る恐る振り返る彼女。

 俺はベッドの上で姿勢を正し、改めて彼女の目を見て伝えた。


「ありがとう姫子。お前のお陰で悪夢を見ることは無かったよ。本当にありがとう。お前がいなければ俺はきっと眠れなかった」


 心からの感謝。

 昨日の恐怖から救ってくれたのは、間違いなく彼女の温もりだったから。


 俺の言葉を聞いた姫子は、一瞬きょとんとした後、ふっと表情を和らげた。


「どういたしまして」


 小さく微笑み、彼女は部屋から出ていった。

 パタンと扉が閉まる。


 取り残された俺は、先程の寝ぼけた姫子の言動を思い返した。


(あいつ、朝弱いからなぁ。昨夜昔のことを話してくれたおかげで、幼い頃の夢でも見てしまってあんな態度をとっちゃったんだろうな。あいつも可愛いところあるじゃん。そういえばあんな感じの甘えん坊だったなぁ)


 普段はあんなにツンケンしているが、根っこの部分はやっぱり俺の可愛い妹なんだな。

 幼い頃はよく俺と結婚するって言ってたっけ。

 まぁ、今のあいつは絶対にそんな事言わないだろうけどな。

 俺は一人で納得し、ベッドから降りた。


「よし、頑張るぞ。強くならなくちゃ」


 俺はカーテンを一気に開け放ち、窓を開けた。

 冷え込んだ空気が部屋に流れ込み、頬を刺す。

 青く澄み渡る空を見上げながら、俺は拳を握りしめた。


 昨日は夕映先輩と姫子に本当に助けられた。

 でも、彼女たちは強いと言っても女の子なんだ。

 弱体化してしまったこの身体でも、彼女たちに守られるのではなく、守れる立派な人間に再びなって見せる。

 それが、元・男としての、そして現・生徒会長としての俺の矜持だ。


 俺は冷たい風を胸いっぱいに吸い込み、決意を新たにするのだった。

 

 *


 一日の授業も終わり、放課後の校舎は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 廊下を歩きながら、俺は生徒会室の扉の前に立つ。


 この部屋に入る俺は、生徒会長・一条翔。

 気持ちを一段上に上げろ。昨夜のような弱音を吐く人間では駄目なのだから。

 

「ふぅ……よし」


 小さく息を吐き、俺はいつものように勢いよく扉を開け放った。


「皆おつかれ! 生徒会長・一条翔、ただいま登じょ――」

「翔先輩ッ!」


 挨拶を最後まで言い切る間もなく、視界いっぱいに何かが飛び込んできた。

 栗色のポニーテールを揺らし、ものすごい勢いで詰め寄ってきたのは、生徒会書記の天道ひよりだ。


「き、昨日のこと、本当なんですか!? 暴漢に襲われて、乱暴されそうになったって……!」

「うおっ!? ひ、ひより、近すぎだって!」


 俺は反射的に半歩下がる。

 ひよりの大きな瞳は、いつもの悪戯っぽい感じではなく、心底心配そうな色を宿していた。


(待て待て、なんでひよりが知ってるんだ?)


 あの事件は警察沙汰にはなったものの、学校側には伝えていないはずだった。

 俺達が襲われたなんて噂が広まれば、心配をかけるのは当然として、今度はどんな騒ぎに巻き込まれるかわからないからだ。


「誰から聞いたんだよ、それ」


 俺が困惑して視線を彷徨わせると、部屋の奥でお茶の準備をしていた副会長の夕映先輩と目が合った。

 先輩は申し訳無さそうに眉を下げ、胸の前で小さく手を合わせている。「ごめんね」のポーズだ。


(あちゃあ……夕映先輩、言っちゃったのか)


 先輩は天然だからな、悪気はないんだろうけど……。

 俺が溜息をつこうとした、その時だった。


「あ、違うんすよ! 勘違いしないでくださいね!」


 ひよりが慌てて両手を振る。


「夕映先輩は、決して面白半分に喋ったんじゃないんです! ただ、ここに来てすぐ、真剣な顔で『翔くんが大変な目に遭ったから、お願いだから皆で優しくしてあげて。きっとまだ心に深い傷となって残っているだろうから』って……。先輩、すごく真剣な顔で頼んできたんすから!」


「え……」


 俺は驚いて夕映先輩を見る。

 先輩は照れくさそうに頬を染め、視線を逸らしてポットのお湯を注いでいた。


 そうか。先輩は俺のアフターケアを気遣ってくれたのか。

 あの時、俺がどれだけ怯えていたか、一番近くで見ていたからこそ、俺が生徒会で無理をしなくて済むように、根回しをしてくれたんだ。


「……そっか。やっぱ優しいな、夕映先輩は」


 胸の奥が温かくなる。

 俺がそう呟くと、背後からドサッという重い音が響いた。


「どうしたの? ひより」


 一緒にこの部屋へやってきた姫子が、鞄を自分の机に下ろした音だった。

 彼女は冷ややかな視線をひよりに向け、ふんと鼻を鳴らす。


「ひよりの事だから、そんな話を聞いたら『うわ〜、美少女になった途端に貞操の危機ですか? 詳しく教えてくださいよ〜。どこまでヤられちゃったんすか~?』とか言って、酷い目に遭った兄さんを爆笑しながら追い打ちをかけてゲラゲラ嘲笑するものだと思っていたけど」

「ひっど!? ちょっと姫子先輩、私がそんな事するわけ無いじゃないっすか!?」


 ひよりが食い気味にツッコミを入れる。


「先輩は私をどんな化け物だと思ってるんすか!? 昨日の今日でそんなデリカシーのないこと言うわけないでしょ! 私だって空気くらい読みますよ!」

「あらそう。普段の行いが悪いから、てっきりそうなるかと思っていたわ」

「ぐぬぬ……否定しきれないのが辛いところっすけど……!」


 いつもの軽口の応酬。

 一見喧嘩してばかりに見えるが、これが彼女たちなりの日常だ。

 姫子とひよりは、口ではふざけあっているが、ああ見えて仲がいいのはよく知っている。


 俺は小さく笑みをこぼし、皆を見渡して言った。


「心配かけて悪かったな、皆。ああ、本当に大変な目に遭ったよ。男として情けない姿も晒しちまった。でも、夕映先輩や姫子のお陰で、もう俺は大丈夫だよ。だって、俺は皆の生徒会長だからな。こんなことでへこたれてたら、一条翔の名が廃るってもんだ。……もっと強くなってみせるよ。次に俺を襲おうなんてやつが現れても、もう負けないからな!」

 

 俺は自分の胸に手を当てる。

 そこにあるのは、以前のような硬い筋肉ではなく、柔らかい膨らみだ。

 けれど、この魂はもう折れないと誓った。

 俺は精一杯の虚勢を張り、ニカッと歯を見せて笑ってみせた。


 その瞬間、部屋の空気が変わった気がした。


「うう……流石先輩です……!」


 庶務の透が、潤んだ瞳を俺に向けていた。

 両手を胸の前で組み、まるで神様でも拝むかのようなポーズだ。


「そんな大変なことが起きたのに、すぐに前を向けるなんて……なんて強い人なんでしょう。凄い……かっこいい……やっぱり先輩は、僕にとって最高の目標となる人です……!」


 透の声が震えている。

 その純粋すぎる尊敬の眼差しが、今の俺には少しだけ眩しすぎた。


(いや、買いかぶりすぎだぞ、透)


 内心で俺は苦笑する。

 夕映先輩が守ってくれなきゃ、姫子が寝る時そばにいてくれなければ、とっくに俺の心はバッキバキに折れていた。

 今だって、ふとした瞬間にあの男たちの顔を思い出して、足がすくみそうになる。


 だから俺は、この二人に比べたら、全然立派な男じゃない。

 守られるばかりの、ひ弱なお姫様だ。


(でも……)


 透が信じてくれるなら。

 この生徒会の皆が、俺を「会長」として見てくれるなら。

 俺はその期待に応えなきゃいけない。

 それが、俺に残された最後のプライドであり、再起への第一歩なのだから。


「おう。任せとけって!」


 俺はサムズアップで応える。

 いつか本心からそう言えるように、今はまだ、演技でもいいから「強い俺」であり続けるんだ。


 *



 それから一時間ほど、滞っていた生徒会業務を片付けた。

 窓の外はすっかり暗くなっている。

 俺たちは帰り支度を始め、それぞれが鞄を手に取った。


「あ、そういえばスタミナ消費まだだった」


 透がスマホを取り出し、横画面にして熱心に操作を始めた。

 普段真面目な彼にしては珍しい行動だ。


「何をやってるの?」


 姫子が不思議そうに覗き込む。


「あ、これですか? 最近CMでよく見かけるソシャゲなんですけど『魔法少女ピュアリーハート』っていうんです。絵が綺麗だなと思って始めてみたら、結構楽しくって」


 透が画面を見せながら嬉しそうに語る。

 画面の中では、デフォルメされた可愛らしいキャラクターたちが派手なエフェクトと共に戦っていた。


「へえ、透もゲームするんだな。意外だ」

「えへへ、そうですよね。僕も自分には合わないかと思ってたんですけど……」


 その時だった。


「おっ! 『ピュアリーハート』じゃないっすか! 透くんもやってるんすね!」


 それまで机の上を片付けていたひよりが駆け寄ってきた。

 その瞳はキラキラと輝き、まるで同好の士をやっと見つけたと言わんばかりだ。


「え、あ、うん。天道さんも……?」

「やってるも何も! リリース初日から最前線っすよ! いやー、透くんは誰推しなんすか!? 王道のリュミエルっすか!? それともクール系の元敵キャラ、アリエルっすか!?」


 ひよりのただでさえ高いテンションが、通常の倍くらいに跳ね上がっている。

 透が答えようと口を開くが、それを待たずにひよりの口がマシンガンのように言葉を弾き出した。


「私は断然エクレールちゃんが一番の推しなんすよ! 普段は無口で愛想のないクールな女の子だけど、変身するとフリフリのゴスロリ魔法少女になるのがギャップ萌えで最高にエロ可愛くてたまんないっすよね! 特に変身バンクのスカートが翻るあの一瞬の絶対領域とか神作画すぎてスタッフに国民栄誉賞あげたいレベルなんすけど!」


「え、あ、の……」


「SNSでも皆が神イラストを描いてタイムラインに流れまくるんすけど、もう尊すぎて保存しまくってたらカメラロールがエクレールちゃんだらけになっちゃって! 容量ヤバいけど消せるわけないし、これぞ嬉しい悲鳴ってやつっすかね! あ、そうそう! 今度1/7スケールのフィギュアも出るんすけど、通常版じゃなくて公式ショップ限定の『照れ顔パーツ付き』が欲しくて! 割引がないから定価で高いんすけど、バイト代つぎ込んで予約もしちゃいまし……た……し……」


 一息で喋りきったひよりの声が、尻すぼみになっていく。

 最後は蚊の鳴くような、消え入りそうな声だった。


 生徒会室に、不自然な静寂が訪れる。


 俺、姫子、夕映先輩。そして目の前で熱弁を振るわれた透。

 全員がポカンと口を開け、ひよりを凝視していた。

 いつも元気で、少しお調子者で、空気を読まないムードメーカー。

 そんなひよりの口から飛び出したのは、あまりにもガチすぎるオタク特有の早口長文マシンガントークだった。


「えっと……僕はまだ始めたばっかりで……そこまではよくわからないかな……?」


 透が精一杯気を遣って、引きつった笑顔で答える。

 その言葉が、凍りついた空気にトドメを刺した。


 ひよりは真っ青な顔で固まっている。

 額から冷や汗が流れ落ちるのが見えた。

「やってしまった」という文字が、彼女の顔に張り付いているようだ。


(お、おいおい、どうすんだこれ……)


 俺が助け舟を出そうとした瞬間、姫子がゆっくりと口を開いた。


「ひより」


 姫子は顎に手を当て、まるで新種の生物を観察するかのような目でひよりを見つめている。

 そして、何の悪気も配慮もなく、直球の言葉を投げかけた。


「あなたって陽キャだと思ってたけど、オタクだったの?」


 グサッ。

 見えない槍が突き刺さる音が聞こえた気がした。


 ひよりの顔色が、青から白、そして土気色へと変わっていく。


「ちが……うんすよ……」


 ひよりが震える唇で呟く。


「私が……そんな……オタクだなんて……そんな気持ち悪い女なわけ……ないじゃないですか……ッ!!」


「あ、おい!」


 ひよりは鞄をひったくるように掴むと、脱兎のごとく生徒会室から駆け出した。

 バタン!! と大きな音を立てて扉が閉まる。


 あとに残されたのは、なんとも言えない気まずい空気と、状況を理解できていない姫子だけだった。


「どうしたのあの子? なんであんな顔をするの? ただ事実を確認しただけなのに」


 姫子が心底不思議そうに首を傾げる。

 この完璧超人お嬢様には「隠れオタク」という概念も、それをバラされた時の羞恥心も理解できないらしい。


「いや、姫子ちゃん……それはちょっと……」


 夕映先輩が苦笑しながら頬をかく。

 透もオロオロと扉の方を見つめている。


 俺は閉ざされた扉を見つめ、深いため息をついた。

 まさか、あのひよりがゴリゴリのオタクだったとは。

 しかも、「気持ち悪い女」なんて言って逃げ出すほど、それを隠したがっていたなんて。


(これは……また一波乱ありそうだな)


 強くなると誓ったばかりの俺の前に、新たな難題が立ち塞がっていた。

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