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朝起きたら超絶美少女になっていた俺ですが、男嫌いだった毒舌妹の様子がおかしくて貞操の危機です。  作者: たまやん


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第12話 勇者ひよりの(無謀な)冒険

「よし、じゃあある程度意見もまとまったし今日はここまでだな。お疲れ様」


 放課後の生徒会室。

 机の上に広げられた資料をトントンと揃えながら、俺は会議の終了を宣言した。

 窓の外はすっかり茜色に染まり、グラウンドからは運動部の掛け声が遠く聞こえてくる。

 生徒会長としての公務を終えた充実感に浸りながら、俺はふぅと息を吐いた。


「お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様です、先輩」

「お疲れ様ぁ、翔くん」


 元気よく伸びをする書記の天道ひより、丁寧に頭を下げる庶務の水無瀬透、そしておっとりと微笑む副会長の桐生夕映先輩。

 各々が帰り支度を始めようと鞄に手を伸ばした、その時だった。


「ねえねえ、透くん! 透くんってさ、会長に憧れて生徒会に入ったんだよね?」


 ひよりが唐突に話題を振った。

 矛先を向けられた透は、ビクリと肩を震わせてから、はにかむように頬を掻く。


「え、そ、そうだね。僕って昔っから女の子と間違われてばかりでさ、気も弱くておとなしいから……会長みたいに自信満々で男らしくて優しい人になりたくて、会長のそばで働いてみたいって思ったんだ」


 そう語る透の瞳はキラキラと輝いている。

 いやあ、改めて面と向かって言われると照れるな。俺も満更でもない気分になり、つい鼻の下を擦ってしまう。

 やはり持つべきものは、俺のカリスマ性を理解してくれる可愛い後輩だ。

 今度家に誘って一緒に遊ぶか。


 だが、ひよりの狙いはそこではなかったらしい。

 彼女はバン! と机に両手をついて前のめりになり、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。


「ってことはさ! 会長が女の子になった今、男の子としては透くんって会長と付き合いたい感じ!?」


 一瞬、時が止まった。

 俺と透はポカンと口を開け、数秒の静寂の後――。


「「えええええええ!?」」


 生徒会室に、俺たちのハモった絶叫が響き渡った。


「なっなな何を言ってるの天道さん! あくまで僕の会長への思いは憧れと尊敬であって、そんな恐れ多いものじゃないよぉ!」


 顔を真っ赤にして両手をブンブン振る透。その姿は小動物のようで庇護欲をそそるが、今はそれどころじゃない。

 俺も全力で否定しようと口を開きかけたが、ひよりが俺をビシッと指差して遮った。


「えー? じゃあさ、会長の顔をよーく見て! ほら!」

「えぇ? 俺も巻き込まれる感じ?」


 強引なひよりのペースに乗せられ、俺と透は至近距離で見つめ合う形になってしまう。

 透の大きな瞳が、困惑の色をたたえて俺を映している。


(そういえば、透の顔をこんなにちゃんと観察したことはなかったな……)


 ふと、そんな感想が頭をよぎる。

 透き通るような白い肌、長いまつ毛、形の良い唇。なんていうか、普通に美人だ。

 こいつ本当に男なのか? 実は自分を男だと思い込んでる女の子なんじゃないか……?

 気がつけば俺は、品定めをするように真剣な眼差しで透を見つめてしまっていた。


「ほーら透くん? 会長の顔をよーく見てね。可愛いでしょ?」

「う、うん……」


 悪魔の囁きが続く。透の視線が、俺の目から鼻、そして唇へと吸い寄せられていくのが分かった。


「今の会長って、アイドルでもここまで可愛い子そうそういないよね? そんな人が君が憧れて尊敬する人なんだよね?」

「そ、そうだね」

「想像してみて。会長を優しく抱き寄せて、この唇にキスするところを」


 ひよりの言葉がトリガーとなり、俺の脳内にも最悪な映像が再生される。

 透が俺の肩を抱き、顔を近づけ、そして……。


「あ、あわわわわわ」


 透が顔を茹で上がったタコのように真っ赤にして、口元を手で覆った。

 おい、こいつ今ガッツリ想像したな!?


「な、何を想像させるんだお前は!?」


 俺はガタッと椅子を蹴る勢いで立ち上がり、ひよりに抗議した。

 顔が熱い。これじゃあ俺までその気になってるみたいじゃないか!

 何が悲しくて男の俺が、慕ってくれている後輩の男とキスする姿を想像しなければいけないんだ!

 いや、透のやつ可愛い女の子にしか見えないから一瞬(あれ? 有りじゃね?)とか思っちまったけど無し無し!

 無しったら無し!

 俺はブンブンと首を振って邪念を振り払う。


「あっはははは! ふたりとも顔真っ赤っすよ!? なんすかなんすか~? やっぱりアリよりのアリなんじゃないっすか~?」


 腹を抱えて爆笑するひより。このトリックスターめ、後で覚えてろよ。

 そう毒づこうとした瞬間――。


 ゴッッ!!


 鈍く、重い音が響いた。


「いったああああああああ!?」


 ひよりが悲鳴を上げて椅子から転げ落ちる。

 彼女がいた場所の背後には、いつの間にかうちの妹、姫子が仁王立ちしていた。

 その拳からは、湯気が出そうなほどの怒りのオーラが立ち昇っている。


「痛い! 痛いっすよ姫子先輩!? そんな思いっきり叩かないでくださいよ! 暴力反対!」


 頭を押さえて涙目で抗議するひよりを、姫子は氷点下の視線で見下ろした。


「くだらないこと言ってないで早く帰りなさい」


 姫子は男嫌いだ。特に不潔な男や、下品な男には容赦がない。

 だが透に関しては、その大人しくて中性的な雰囲気からか、男というカテゴリから除外した比較的マシな対応をしている……はずだ。

 きっと、純粋な透がひよりの下世話な話に巻き込まれたことに腹を立てたんだろう。

 うんうん、さすが俺の妹、正義感が強い。


 俺が一人で納得して頷いていると、ひよりがまた余計な口を開いた。


「嫉妬っすか? まったくそんなに他の人とくっつくのが嫌ならもっと素直になったほうが良いっすよ? 大体、兄妹でなんて拗らせすぎなん――」


 ブツブツと喋っていたひよりの両肩を、姫子がガシッと掴む。

 そしてゆっくりと、鼻と鼻がくっつくほどの距離まで顔を近づけた。


「それ以上余計なことを口走ったら、どうなるんでしょうね? 知りたいですか?」


 満面の笑み。

 だがその瞳の奥には、一切の光がない。完全なる殺意の波動だ。


 ひよりは「ゴクリ」と分かりやすく生唾を飲み込んだ。

 だが、この元気っ子はただでは転ばない。


「ぼ、ぼぼぼ暴力には屈しないっすよ!? 私の目は誤魔化せないっす! わかってるんすよ! 姫子先輩の気持ちを! なんならここで今、先輩の秘めてる思いを暴露してぎゃああー!」


 最後まで言い切ることは叶わなかった。

 哀れ、暴君に立ち向かっていた勇者ひよりは、首根っこを掴んだ姫子に引きずられながら、ズルズルと生徒会室の外へと連行されていった。

 廊下の奥から「たすけてー!」という悲痛な叫びが聞こえてくるが、俺たちには祈ることしかできない。


 嵐のような二人が去った後、生徒会室には微妙な空気が残された。


「さ、さて。俺達も帰ろうぜ!」


 俺は努めて明るい声を出して、空気を変えようと試みる。


「うふふ。あの二人、本当に仲良しよねぇ~。私もあのくらい仲良くしてほしいなぁ~」


 夕映先輩がのんびりとした口調で笑った。

 えぇ……そう見えちゃう? あれが仲良し? もしかして夕映先輩の中では、プロレスごっこ的な何かに見えているのだろうか。

 相変わらずの天然っぷりに戸惑いながらも、俺は話を合わせることにした。


「そ、そうですね。何ていうか、お互い遠慮のない関係? ですね!」

「ええ、微笑ましいわ」


 どこがだ、と内心でツッコミを入れつつ、俺は透の方を振り返る。


「透、お前も早く帰ろうぜ!」


 透はまだ顔を赤くしたままで、チラチラと俺の顔を見つめていた。

 その視線はどこか熱っぽく、そして焦点が合っていないような……。


「そ、そうですね! 先輩の唇、すごく柔らかそうです!」

「は? え?」


 俺の口から情けない声が漏れた。

 透? お前今なんて言った?


 こいつ、まだひよりに言われたことをシミュレーションしてやがったのか!?

 しかも結論として「柔らかそう」って感想に至ったのか!?


 透はハッと我に返り、自分が口走った言葉の意味を理解したらしい。


「は、はわわ……!」


 小刻みに震え出したかと思うと、彼は頭を抱えて叫んだ。


「僕はなんて恐れ多い想像をー!」


 そのまま脱兎のごとく生徒会室を飛び出していく透。

 バタン! と激しく扉が閉まり、再び静寂が訪れる。


「…………」


 残されたのは、俺と夕映先輩だけ。

 カオスだ。今日の生徒会はあまりにもカオスすぎる。

 俺の威厳とか、リーダーシップとか、そういうものが音を立てて崩れていく気がする。


「うーん」


 不意に、夕映先輩が可愛らしく唸った。

 彼女は全く別の、もっと平和な次元に生きているようだ。


「今日は帰りにコンビニの盛りすぎチャレンジのスイーツを買って帰ろうかな。翔くんは何が良いと思う?」


 小首を傾げ、唇に人差し指を当てる夕映先輩。

 その無邪気な問いかけに、俺は肩の力が抜けるのを感じた。


「あ、あはは。俺はスイーツよりカツが倍になってるカツカレーが食べたいっすね……」


 今の俺に必要なのは、甘いお菓子じゃない。

 この疲れた心と体を満たしてくれる、ガッツリとした男飯だ。

 たとえ今の体が、カロリーを過剰に吸収するわがままボディだとしても。

 俺は遠い目をしながら、カオスな惨状からそっと目を背けるのだった。

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