第6話 割り込み
灰は、止まらなかった。
地面を這うように広がり、井戸の縁や家の影、広場の中央で同時に形を作り始める。数が増えているわけではない。ただ、分かれているだけだ。
「……面倒なことするな」
小さく吐き捨てる。だが、やることは変わらない。
順番があるなら、そこに割り込めばいい。完全じゃない以上、崩せる余地はある。
俺は広場の中央に立った。意図的に、一人になる。
周囲がざわめく。
「何してる!」
「離れろ!」
声が飛ぶが、無視する。理解はしている。だが、それで守れる保証はない。
なら、別の方法を取る。
剣は抜かない。構えもしない。ただ、立つ。
――選ばれやすい条件を満たす。
一人で、中央にいる。それだけだ。
灰が、わずかに動いた。流れが変わる。別方向へ向かっていたものが、こちらへ寄る。
「……来い」
低く呟く。挑発ではない。ただの確認だ。
選ぶ基準があるなら、反応するはずだ。
灰が足元に集まり、白い粉が溜まる。空気が重くなり、呼吸が浅くなる。
それでも動かない。動けば意味がない。
影が形を取る。一つ、そしてもう一つ。輪郭を揺らしながら、こちらへ向かってくる。
距離が縮まる。音はない。ただ近づいてくる。
「……よし」
小さく息を吐く。引き寄せている。
完全な無差別ではない。条件は機能している。
なら――
その瞬間、背後で叫び声が上がった。
視線がわずかに揺れる。ほんの一瞬。それだけで十分だった。
灰の流れが分かれる。一つはそのまま俺へ、もう一つは別方向へ逸れる。
「……チッ」
舌打ちする。集中が切れた。優先順位が分散した。
完全に引きつけることはできていない。
影の一つが、目前で止まる。輪郭が揺れ、手のようなものが伸びる。
来る。さっきと同じ、内側を削られるような冷たい侵入。
だが、今度は引かない。踏みとどまり、目を逸らさない。
「……来いよ」
低く言うと、影がわずかに揺れた。確かに反応している。
そのとき、もう一つの影が広場の端で止まった。逃げ遅れた老人の前だ。
足が動きかける。だが、止める。ここで動けば両方失う。割り込む意味が消える。
守るか、試すか。どちらも正しい。どちらも間違っていない。
だからこそ――選ぶしかない。
俺は動かなかった。目の前の影から目を逸らさず、歯を食いしばる。
背後で何かが崩れる音がした。理解する。結果が出た。老人は助からない。
だが、目の前の影が止まる。揺れ、形が崩れかけ、灰がわずかに逆流する。
「……そうか」
集中と優先順位。取りに来る側にも負荷がある。分散すれば弱くなり、一点に集めれば強くなる。
つまり、引きつけ続ければ他への干渉は減る。
完全ではない。だが、軽減はできる。
影がゆっくりと離れ、消える。灰が地面に落ち、残るのは冷たい空気だけだった。
広場の向こうで誰かが泣き崩れる。見ない。見る必要はない。結果は分かっている。
「……不完全だな」
止めきれない。だが変えられる。ゼロにはできないが、減らすことはできる。
それで十分だ。
ゆっくりと息を吐く。肺が重い。だが、まだ動ける。
夜は、まだ終わっていない。




