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誰も間違っていない世界で  作者: 抹茶
第1章 選ばれる夜

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第6話 割り込み

灰は、止まらなかった。


 地面を這うように広がり、井戸の縁や家の影、広場の中央で同時に形を作り始める。数が増えているわけではない。ただ、分かれているだけだ。


「……面倒なことするな」


 小さく吐き捨てる。だが、やることは変わらない。


 順番があるなら、そこに割り込めばいい。完全じゃない以上、崩せる余地はある。


 俺は広場の中央に立った。意図的に、一人になる。


 周囲がざわめく。


「何してる!」


「離れろ!」


 声が飛ぶが、無視する。理解はしている。だが、それで守れる保証はない。


 なら、別の方法を取る。


 剣は抜かない。構えもしない。ただ、立つ。


 ――選ばれやすい条件を満たす。


 一人で、中央にいる。それだけだ。


 灰が、わずかに動いた。流れが変わる。別方向へ向かっていたものが、こちらへ寄る。


「……来い」


 低く呟く。挑発ではない。ただの確認だ。


 選ぶ基準があるなら、反応するはずだ。


 灰が足元に集まり、白い粉が溜まる。空気が重くなり、呼吸が浅くなる。


 それでも動かない。動けば意味がない。


 影が形を取る。一つ、そしてもう一つ。輪郭を揺らしながら、こちらへ向かってくる。


 距離が縮まる。音はない。ただ近づいてくる。


「……よし」


 小さく息を吐く。引き寄せている。


 完全な無差別ではない。条件は機能している。


 なら――


 その瞬間、背後で叫び声が上がった。


 視線がわずかに揺れる。ほんの一瞬。それだけで十分だった。


 灰の流れが分かれる。一つはそのまま俺へ、もう一つは別方向へ逸れる。


「……チッ」


 舌打ちする。集中が切れた。優先順位が分散した。


 完全に引きつけることはできていない。


 影の一つが、目前で止まる。輪郭が揺れ、手のようなものが伸びる。


 来る。さっきと同じ、内側を削られるような冷たい侵入。


 だが、今度は引かない。踏みとどまり、目を逸らさない。


「……来いよ」


 低く言うと、影がわずかに揺れた。確かに反応している。


 そのとき、もう一つの影が広場の端で止まった。逃げ遅れた老人の前だ。


 足が動きかける。だが、止める。ここで動けば両方失う。割り込む意味が消える。


 守るか、試すか。どちらも正しい。どちらも間違っていない。


 だからこそ――選ぶしかない。


 俺は動かなかった。目の前の影から目を逸らさず、歯を食いしばる。


 背後で何かが崩れる音がした。理解する。結果が出た。老人は助からない。


 だが、目の前の影が止まる。揺れ、形が崩れかけ、灰がわずかに逆流する。


「……そうか」


 集中と優先順位。取りに来る側にも負荷がある。分散すれば弱くなり、一点に集めれば強くなる。


 つまり、引きつけ続ければ他への干渉は減る。


 完全ではない。だが、軽減はできる。


 影がゆっくりと離れ、消える。灰が地面に落ち、残るのは冷たい空気だけだった。


 広場の向こうで誰かが泣き崩れる。見ない。見る必要はない。結果は分かっている。


「……不完全だな」


 止めきれない。だが変えられる。ゼロにはできないが、減らすことはできる。


 それで十分だ。


 ゆっくりと息を吐く。肺が重い。だが、まだ動ける。


 夜は、まだ終わっていない。

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